クロムウェル巡航戦車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
巡航戦車Mk.VIII クロムウェルMk.IV
Puckapunyal-Cromwell-2.jpg
画像は6ポンド砲搭載のクロムウェルMk.II
性能諸元
全長 6.35 m
全幅 2.91 m
全高 2.49 m
重量 27.5 t
懸架方式 クリスティー方式
速度 64 km/h
行動距離 278km
主砲 40口径75mmQF砲
副武装 7.92mm BESA機関銃×2
装甲 砲塔前面 64+12.7mm
砲塔側面 51+12.7mm
砲塔後面 44+12.7mm
砲塔上面 20mm
車体前面上部 64mm
車体前面傾斜部 25mm
車体前面下部 57mm
車体側面上部前半 32+14mm
車体側面下部前半 29+14mm
車体側面上部後半 32~25mm
車体側面下部後半 25+14mm
車体後部 32~14mm
車体上面 14mm
車体底面前半 8+6.35mm
(スペースドアーマー)
車体底面後半 6.35mm
エンジン ロールスロイス・ミーティア
600PS
乗員 5 名(車長、砲手、装填手、無線手、操縦手)
テンプレートを表示

巡航戦車 Mk.VIII クロムウェル(じゅんこうせんしゃ- 、Tank, Cruiser, Mk VIII, Cromwell (A27M))は、1943年に開発されたイギリス巡航戦車。名称はオリバー・クロムウェルに由来する。

概要[編集]

クルセーダー巡航戦車の後継車として、ヴァクソール自動車のA23[1]ナッフィールド・オーガニゼーションのA24[2]、そしてレイランド・モータースのA27の、三つの新型戦車が提案された。最も有力視されたのはA27で、これはスピットファイア戦闘機などに搭載されていたロールス・ロイス社製のマーリン・エンジンを陸上用に改造した、ミーティア・エンジンを搭載する予定の物だった。しかし戦闘機用エンジンが優先されていた時期でもあり、またナッフィールド社が自社製のリバティーエンジンの搭載に固執したせいもあって、A27の車体構造に手直しされたA24が暫定型として生産されることとなった。しかし以前の巡行戦車より重量の増えたクルセーダーの段階でトラブルを多発するようになったこのエンジンでは、より重量の増えたA24の機動性や機械的信頼性を落とす結果となり、大半が訓練に用いられただけで終わってしまった。

一方、本命であるA27でも、当時の戦車用エンジンとしては構造が複雑なミーティアの搭載に苦労しており、同様にリバティー・エンジンを搭載したA27Lを1942年11月から生産することとなった。これもA24がベースとなっており、ウィルソン遊星歯車式からメリット・ブラウン方式に変速・操向機が変更されており、エンジン室周りも改造され、後からミーティア・エンジンへの換装も可能であった[3]。そして本来予定していたミーティア・エンジンを搭載したA27Mの生産は遅れ、1943年1月から開始された。当初、A24は「クロムウェルMk.I」、A27Lは「クロムウェルMk.II」、A27Mは「クロムウェルMk.III」と呼ばれていたが、後にA24は巡航戦車Mk.VII「キャヴァリエ」、A27Lは巡航戦車Mk.VIII「セントー」、A27Mは巡航戦車Mk.VIII「クロムウェル」と呼ばれることになった。セントーは主に訓練用として使われ、ノルマンディー上陸作戦イギリス海兵隊が装備していた95mm榴弾砲搭載のCS型(火力支援型)[4]と、同じ車体を用いた砲兵観測車や対空戦車が実戦参加したに止まった。

クロムウェルが量産された頃には、アメリカから供与されたM4中戦車が機甲師団の主力となっていたため、本車は主に機甲偵察連隊などに配備され実戦投入された。主砲は75mm砲が予定されていたが当初供給不足で、Mk.IからMk.IIIまではクルセーダーから継承した6ポンド砲だったが、Mk.IV、Mk.V、Mk.VII、Mk.VIIIは、6ポンド砲用の砲架に搭載する、アメリカから供給される砲弾を用いる国産の75mmQF砲に換装し、Mk.VIはCS型で95mm榴弾砲を搭載していた。

装甲はMk.IからMk.VIまでが最大76mm[5]で、増加装甲が施されたMk.VII、Mk.VIIIが最大101mmとなっており、特にMk.VII、Mk.VIIIはイギリス巡航戦車としてはかなりの重装甲を備えていた。

最高速度はリバティー・エンジン搭載のキャヴァリエが39km/h、セントーが43km/hとクルセーダーと大差ないレベルであったが、ミーティア・エンジン搭載のクロムウェルは51~64km/hにも達し、「第二次世界大戦中最速の戦車」と言われるほどの快速ぶりを誇っていた。

ノルマンディー上陸作戦後のヴィレル・ボカージュの戦いで、ティーガーI一両にクロムウェル一個大隊(15両)が全滅させられたエピソードは有名である。第二次大戦後は朝鮮戦争にも投入され、中華人民共和国義勇軍に鹵獲されたクロムウェルが、初の実戦参加となったセンチュリオンと交戦したというエピソードもあった。

第一次中東戦争では、建国当時のイスラエル軍により、パレスチナ駐留のイギリス軍からクロムウェル戦車2両が盗み出され、貴重な装甲戦力として使用された(ユダヤ人女性がイギリス軍戦車兵をバーに誘い、酒に酔って寝ている間に戦車を盗み出した)。現在もイスラエルラトルン戦車博物館には、クロムウェル戦車が展示されている。

クロムウェルは、後のチャレンジャー巡航戦車コメット巡航戦車のベース車両となった。また、余剰化したクロムウェル巡航戦車をベースに、センチュリオンMk.3にも搭載された20ポンド戦車砲を搭載したチャリオティア駆逐戦車が製造された。

バリエーション[編集]

Mk.I
6ポンド砲搭載型。
Mk.II
履帯の幅が394mmに拡大され、車体の銃が撤去されている。
Mk.III
セントーのエンジンをミーティア・エンジンに換装したタイプで、武装は6ポンド砲のまま。
Mk.IV,Mk.V
主砲を75mm砲に換装。
Mk.VI
95mm榴弾砲搭載のCS(クローズサポート、火力支援)型。
Mk.VII,Mk.VIII
75mm砲搭載車に装甲を増設したもので、前面装甲は合計101mmとなった。

脚注・出典[編集]

  1. ^ チャーチル歩兵戦車を小型化したような巡行戦車
  2. ^ クルセーダー巡行戦車の改良型
  3. ^ しかし実際にそれが行われた車輌は殆ど無かったとする資料もある
  4. ^ 本来はエンジンを撤去して弾薬庫とした、上陸用舟艇に載せて射撃する砲台代わりとなるはずであったが、乗員の反対もあって、上陸しての実戦参加となった
  5. ^ 当時のイギリスの工場によっては厚い装甲を溶接できる職人が不足していたため、まず12.7mm厚の薄い装甲を溶接し、それに64mm厚の装甲をボルト留めするという手段で組み立てられている。

関連項目[編集]