バレンタイン歩兵戦車

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バレンタイン歩兵戦車 Mk.II/IV
Velentain@kubinka
バレンタイン Mk.II
ロシア・クビンカ戦車博物館の展示車両
性能諸元
全長 5.4 m
全幅 2.6 m
全高 2.2 m
重量 16t
懸架方式 ヴィッカース・スローモーション方式
速度 24 km/h整地
12 km/h(不整地
主砲 2ポンド砲
副武装 ベサ同軸機銃
装甲 砲塔
全周 65mm 上面前部 20mm
上面後部 15mm
車体
前面上・下部 60mm 前面傾斜部 30mm
側面 60mm 側面傾斜部 30mm
後面傾斜部 17mmn 後面 60mm
機関室上面 10mm 底面前部 20mm
底面中部 7mm 底面後部 17mm
エンジン AEC A190ディーゼル 131馬力(Mk.II)
GMCモデル6006 138馬力(Mk.IV)
乗員 3名
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歩兵戦車 Mk.III バレンタインは、第二次世界大戦時のイギリス戦車である。

概要[編集]

バレンタイン歩兵戦車は、A10巡航戦車を元に開発された。ヴィッカース・アームストロング社が私案として設計し(このため"A"コードは付加されていない)、英陸軍省により1938年2月に承認された。A10巡航戦車の車台部品を流用するため、車重を16tに制限する必要があり、歩兵戦車に準じた厚さ60mm以上の装甲を備えるには、車体を小型化する必要があった。このため最初のモックアップではキューポラ付きの3名用砲塔が備えられていたが、それでは装甲厚を減らさないと重量制限に収まらず、一時は武装を15mmベサ機銃に変更することも検討された。結局二度目のモックアップでは小型の2名用砲塔に変更され、この段階ではまだ装甲が50mmから45mmと薄いままの予定だったが、1939年4月半ば陸軍省はヴィッカース社に、装甲厚60mm以上にすることを条件に当初100輌、後に300輌を量産する許可を出した。試作車を作らずいきなりの量産化であったが、既にA10にダミーウエイトを載せた車輌での試験を行っていたこともあり、1940年5月にロールアウトした最初の量産車は試験で満足のいく性能を発揮した。本車はマチルダ戦車よりは装甲が薄くエンジン出力も弱く、同程度の速度であったが、低コストで、かつ大量生産に適していた。

バレンタインという名前が付けられた経緯については、いくつかの説が存在する。もっともポピュラーなものは、陸軍省に設計が提出されたのがバレンタインデー2月14日)だったというものだが、いくつかのソースは提出日が2月10日だったと主張している。他の説では、A10戦車やその他のヴィッカース製戦車の開発に尽力したサー・ジョン・バレンタイン・カーデン(Sir John Valentine Carden)から取られたというものがある。この他に、Valentine は Vickers-Armstrong Ltd Elswick & Newcastle-upon-Tyne. の頭文字を取ったものだという説がある。

バレンタイン歩兵戦車は1944年4月まで生産され続け、歩兵戦車だけでなく戦車としても、イギリスでもっとも量産されたものとなった。その数は、イギリス国内で6,855輌(ヴィッカース、MCCW (Metropolitan-Cammell Carriage and Wagon), BRC&W (Birmingham Railway Carriage and Wagon) )、カナダ国内で1,420輌である。これらのうちイギリス製の2,394輌とカナダ製の1,388輌(残りの32輌は訓練用に保存)がレンドリースの形でソビエト軍に輸出された。

戦歴[編集]

トリポリ占領後、海岸近くに集まるイギリス軍戦車群(1942年)

この戦車の初陣はクルセーダー作戦であり、これが半年後に北アフリカ戦線からほぼ姿を消すこととなる、マチルダII歩兵戦車からの装備更新の契機となった。その後も同戦線において広く運用され、初期の頃から防御力と信頼性が評価されていた。

しかし英軍戦車が共通して抱える弱点も持っていた。搭載している2ポンド砲は当時、マチルダII歩兵戦車やクルセーダー巡航戦車同様に榴弾が用意されていなかったため、敵歩兵や対戦車砲に対する攻撃力、すなわち着弾時における爆発力を欠き、対戦車砲型とともに時代遅れの装備となっていた(大戦後半にはまだ2ポンド砲を搭載していた装輪装甲車向けに、榴弾が開発されている)。車体幅の狭さからくる小さいターレット・リングと砲塔が、より威力のある砲への換装を困難にしており、後に6ポンド砲やOQF 75mm砲搭載型が開発されたが、その頃には既により高性能の戦車が戦場に配備されていた。

もう一つの弱点は、小さい乗員コンパートメントと、2人用の砲塔である。装填手が搭乗できるよう砲を前方に移動しスペースをとった3人用砲塔型が開発されたが、砲を大型のものに換装したバージョンでは、再び装填手のスペースが削られた。

1944年のヨーロッパ作戦戦域(ETO)では、前線の戦車型のバレンタインは完全にチャーチル歩兵戦車、またはアメリカ製のM4中戦車シャーマンに置き換えられ、僅かに同じシャーシを用いたアーチャー対戦車自走砲部隊の指揮戦車として少数のみが配備されていた。太平洋戦線においては、限られた数のバレンタインが1945年5月まで残された。

バレンタインはレンドリース用として、II~V、VII、IX、Xの各型合計3,332輌がソ連軍に対し引き渡された。モスクワ攻防戦の最中である1941年11月25日から参戦、最後は満州侵攻にも参加するなど、終戦まで使われ続けた。他のレンドリース車輌同様、独ソ戦の前期には主に南部地域において用いられたが、これはイラン方面から送り込まれるペルシャ補給線があったためである。特に、カフカス方面ではこれら外国製戦車が戦力の7割以上を占めていたという。

雪中でも小型軽量であることから良好に機動し、氷結した路面で履帯にアダプターを付ける必要があると指摘された程度で、問題なく運用できた。東部戦線では履帯の連結強度の弱さと、ボギー式サスペンションの被弾に対する弱さ、主砲に榴弾が用意されていないことが問題として報告されていた。武装に関しては、1941年末にソ連製の45mm戦車砲とDT機銃に換装する試験(ZIS-95)が行われたが、ソ連軍が危機にあった時期にそこまで手間をかけて改造する余裕も無かったのと、2インチ発煙弾発射器からロシア製50mm迫撃砲弾が発射可能だったため、結局実施されなかった。本車はその小さいサイズと機械的信頼性、装甲の質と強度によりソ連兵には好まれ、やはり評判の良かったMk.4ペリスコープも大戦中期以降のソ連軍戦車用にコピーされて使われている。後にイギリスは新たなレンドリース用戦車としてクロムウェル巡航戦車を提案したが、ソ連はこれを拒否、引き続きバレンタインの供与を希望している。

バリエーション[編集]

バージョンの階層
バレンタイン I
ヴィッカース社タインサイド工場で50輌、メトロポリタン・キャメル社とバーミンガム・キャリッジ&ワゴン社で125輌ずつが量産された。当初履帯はA9やA10と同型の物だったが、強度的な問題が発生し、耐久性の高いマンガン鋼製356mm幅の物に変更された。AEC製A189ガソリンエンジン(135馬力)を搭載、オードナンスQF2ポンド砲と同軸機銃として7.92mmベサ機関銃を搭載、レイクマン式対空銃架に7.7mmブレン軽機関銃を装備することもできた。2人用の砲塔では、車長が装填手を兼ねることを強いられた。初期生産型には、後のタイプに見られる砲塔左側のピストルポートが付かない。
バレンタイン II
このモデルは700輌が製造された。基本的にバレンタイン Iと同じであるが、動力はAEC製A190ディーゼルエンジン(131馬力)に変更された。航続距離を伸ばすため、エンジン・コンパートメントの左側に外部燃料タンクが増設された。
バレンタイン III
砲塔リングの直径は大型化できなかったので、砲の取り付け位置を前進させ、後部の張り出し部も延長することで戦車長用のスペースを作り、新たに専門の装填手が搭乗できるようになった。これにより、車長の負荷が大幅に緩和され、指揮に専念できるようになった。しかし砲塔のサイズ自体はさほど変わっていないので窮屈ではあった。重量増加を軽減するため、側面の装甲が60mmから50mmに減らされた。
バレンタイン IV
IIのエンジン換装バージョンで、アメリカGMC製6004ディーゼルエンジンと、アメリカ製の変速機を搭載した。航続距離は短くなったが、エンジン音が静かになり、信頼性が向上した。
バレンタイン V
IIIのエンジン換装バージョンで、IV同様に6004エンジンと変速機を搭載したもの。
バレンタイン VI
IVのカナディアン・パシフィック社製バージョン。カナダ製とアメリカ製の部品が大幅に使われている。後期に製造されたものは、装甲傾斜がゆるやかになっている。
バレンタイン VII
同じくカナディアン・パシフィック社の生産型で、VIを基礎に操縦席前端の装甲が一体鋳造式に、また7.92mm ベサ同軸機銃を7.62mm ブローニングM1919機銃に変更したもの。
バレンタイン VII A
VIIに投棄可能な増設タンク、新しい履帯、防護付きヘッドライトを備えたもの。これらカナダ製バレンタインは大半がソ連向けのレンドリースに回されている。
バレンタイン VIII
IIIを6ポンド砲に換装したもの。砲の大型化のために同軸機銃と2インチ発煙弾発射器が廃止(外装型の4インチ発煙弾発射器に変更)され、内部スペースの減少により砲塔乗員が2名に戻った。さらに側面の装甲が削られ43mmとなった。
バレンタイン IX
Vを6ポンド砲搭載版にアップグレードしたもの。VIII同様、装甲が削られている。後期に生産された300輌は、GMC製6004の165馬力バージョンが搭載された。
バレンタイン X
新設計の砲塔を備え、165馬力のエンジンを搭載したもの。廃止されていた同軸機銃が防盾に張り出しを設けて再び搭載され、また車体が溶接組み立てに変更された。
バレンタイン XI
Xの主砲を、6ポンド砲と同じ砲架に搭載可能なオードナンスQF 75mm砲に換装し、GMC製6004の210馬力バージョンを搭載したもの。1943年3月、クロムウェルに搭載するための75mm砲の試験用にバレンタインが用いられ、これが成功しバレンタインにも搭載されることになった。既に75mm砲を搭載するシャーマン戦車やクロムウェル巡航戦車、チャーチル歩兵戦車が配備されていたため、自走砲部隊の指揮戦車としてのみ使用された。
バレンタイン DD
IIIとVIIIを水陸両用 (Duplex Drive) にしたもの。ノルマンディー上陸作戦に使用するシャーマンDDの乗員を訓練するために使用された。
バレンタイン OP / Command
指揮車バージョンとして、ダミーの砲身を付け、無線機を搭載したもの。
バレンタイン CDL
CDL は Canal Defense Light の略。砲塔がサーチライトに換装された。
バレンタイン・スコーピオン
地雷除去車。砲塔がなく、フレイル(Flail, 地雷を強制的に爆発させるための回転式チェーン)が取り付けられた。実戦では使用されなかった。
バレンタイン AMRA Mk Ib
地雷除去車。ローラーが取り付けられた。実戦では使用されなかった。
バレンタイン・スネーク
地雷除去車。
バレンタイン架橋車
バレンタイン IIの砲塔を撤去し、34フィート×9.5フィート(約10.4メートル×約2.9メートル)の、中央で折り畳まれるシザーズ式架橋と、その展開装置を搭載した架橋戦車。数十輌が生産され、イタリア戦線、ノルマンディー上陸以降の北西ヨーロッパ戦線、ビルマ戦線等で使用された。また1944年に25輌がソ連に供給され、うち20輌が満州侵攻で実戦投入された。

派生型[編集]

登場作品[編集]

ゲーム[編集]

War Thunder
イギリス軽戦車としてMk.I・Mk.IX・Mk.XIが登場。
World of Tanks
イギリス軽戦車として登場。また、45mm砲を装備し、ソ連軽戦車としても登場する。
コンバットチョロQ
イギリスタンクとして登場。また、アリーナのライトクラスの16番の敵として登場。

関連項目[編集]