セクストン自走砲

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セクストン自走砲
Sexton.JPG
ワルシャワの陸軍博物館に展示されている、ポーランド第11機甲師団に配備されたセクストン。
性能諸元
全長 6.12 m
全幅 2.71 m
全高 2.44 m
重量 25.86 t
速度 40 km/h
行動距離 200 km
主砲 QF 25ポンド砲 弾薬105発
副武装 ブレン軽機関銃 × 2
装甲 32 mm
エンジン コンチネンタル R-975
4ストローク星型9気筒空冷ガソリン
400馬力
乗員 6名
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セクストン(25pdr SP, tracked, Sexton)は、第二次世界大戦中のイギリスで開発された自走砲アメリカ合衆国戦車の車体を用い、イギリス軍向けにカナダで製造された。ほかにも連合軍に所属する国に配備された。

セクストンはイギリス軍の用いたQF 25ポンド砲に機動力を与えるために開発された。1943年からは、M3中戦車の車体を流用した105mm自走砲に変えて装備された。これらの車輛は、1942年から一時的処置として装備されていた、バレンタイン歩兵戦車の車体を流用して作られたビショップ自走砲に代わるものであった。

概要[編集]

1942年、アメリカでは北アフリカで戦う数個のイギリス軍部隊むけに、M7プリースト自走砲の生産と供給を行った。イギリス軍砲兵隊はM7プリーストの機動性能が戦車並みであることに満足したが、プリーストはアメリカ製のM101 105mm榴弾砲を用いたため、イギリス軍の用いるQF 25ポンド砲の弾薬が使えず、補給上に問題があった。このため、アメリカではQF 25ポンド砲を搭載した車輛を試作したが、初回の射撃試験で試作車の砲架が壊れ、計画が遅延した。[1]

一方、カナダ軍の弾薬補給を担当していた技術設計部門では、独自に25ポンド砲を搭載する自走砲を設計していた。1942年の6月23日にはM3リーのカナダ生産版であるラム巡航戦車に搭載が完了した。試験後、カナダ政府は124輌の生産を命じた。試作車はイギリスへ運輸されて試験を受けた。この試験の結果、本車の性能は満足すべきものであることが確かめられた。そこで1943年5月、本車はセクストンと命名され、同年夏にはイギリス政府がカナダへ300輌を発注した。生産車両にはラム巡航戦車M3中戦車のカナダでの派生型)の車体と、グリズリー巡航戦車M4中戦車のカナダでの派生型)の車体が用いられた。セクストンIはラム巡航戦車の車体を、セクストンIIはグリズリー巡航戦車の車体を用いている。イギリス政府は、合計で2,026両のセクストンIIを生産するよう求めた。

1943年から1945年にかけて、カナダのモントリオール・ロコモティブ・ワークスは計2,150輌のセクストンを製造し、これらはカナダ軍とイギリス軍に配備された。

セクストンは1943年の9月から実戦投入され、初陣はイタリアの第8軍で用いられた。[1]さらにフランス侵攻戦で活躍し、ノルマンディー上陸作戦以降、ヨーロッパ北西の作戦で投入された。

Dデイ上陸作戦時、揚陸艦の中のいくつかのセクストンは、洋上における砲撃の正確さがわからなかったものの、海岸に接近した時に火力支援を命じられた。[1]

セクストンの出自は混乱していたが、信頼性のある兵器とパーツを組み合わせ、有効なデザインを持つ兵器であった。イギリス軍は1956年までセクストンを用いた。

ドイツ軍が直接射撃に自走砲を投入したのと異なり、イギリス軍とカナダ軍では、自走砲を間接射撃にのみ用いた。セクストンは前線から適切に距離を置いて配置され、観測班を用いて敵部隊に砲火を誘導した。

派生型[編集]

セクストンI
初期生産の125輌。ラム巡航戦車の車体を用いて製造された。
セクストンII
補助発電機とバッテリーを搭載するための箱が後部機関室上に追加された。グリズリー巡航戦車の車体を用いて製造された。
セクストンGPO(Gun Position Officer)
砲兵用の指揮車輌。砲を撤去し無線装備と指揮用のスペースを確保、砲兵の砲撃を統制した。

登場作品[編集]

World of Tanks
イギリス自走砲Sexton I、Sexton IIとして登場。

脚注[編集]

  1. ^ a b c Livesey, Jack (2007). Armoured Fighting Vehicles of World Wars I and II. Southwater. pp. 106–107. ISBN 9781844763702. 

外部リンク[編集]