インペリアルビル

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インペリアルビル
Imperial building, Yokohama.jpg
インペリアルビルの位置(横浜市内)
インペリアルビル
情報
用途 貸事務所
旧用途 アパートメントホテル
設計者 川崎鉄三
施工 白井工務店
建築主 上田要蔵
構造形式 鉄筋コンクリート構造、一部木造
階数 地上5階
戸数 24
竣工 1930年
所在地 231-0023
神奈川県横浜市中区山下町25番地
座標 北緯35度26分44.6秒 東経139度38分48.8秒 / 北緯35.445722度 東経139.646889度 / 35.445722; 139.646889 (インペリアルビル)座標: 北緯35度26分44.6秒 東経139度38分48.8秒 / 北緯35.445722度 東経139.646889度 / 35.445722; 139.646889 (インペリアルビル)
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インペリアルビルは、横浜市中区山下町に建つモダニズム建築である。

歴史[編集]

1930年昭和5年)に、外国人専用のアパートメントホテル(長期滞在型ホテル)として竣工。当初は「上田屋ビルディング第二号館」の名称であった(一号館はホテルニューグランドの裏手にあった)。施主が、ニューヨーク・タイムズ横浜支局員に「これからは外国人向けのアパートメントが必要である」と勧められたことから、長期滞在型の施設とされた。第二次世界大戦後は約10年間進駐軍に接収され[1]ホテルニューグランドにいるダグラス・マッカーサーを護衛するため将校クラスの軍人が詰めた。この時期に、屋上に増築が行われた。客室の設備の一部は米軍により本牧根岸の住宅に持ち去られたため、接収解除後は宿泊施設として営業できず、主に港湾関係の事業者に貸し出された[2]

建築[編集]

山下公園通りより1本内陸側の水町通りに面する。本ビルの設計は、関内地区を中心に大正から昭和初期の建築設計に携わった川崎鉄三で、ジャパンエキスプレスビル昭和ビルとともに現存する3棟の一つである。2011年平成23年)2月24日には、横浜市認定歴史的建造物に選定された[3]

水平連続窓のカーテンウォールが外観の特徴で[4]、トイレやバスルームを備えた居室が24室。連続窓の内側は、ガラス張りのベランダのような空間となっている。屋上にはテラスと噴水、1階にはフレンチレストランバー、売店があった。現在は通りに面してブティック薬局、クリーニング店が入居。以前の客室はテーラーやデザイン事務所、設計事務所などに貸し出されている[2]

1962年の映画『涙を、獅子のたて髪に』、2013年のテレビドラマ『クロコーチ』、2015年のテレビドラマ『花咲舞が黙ってない2』をはじめ数々の映像作品の撮影に使用された[2]

脚注[編集]

  1. ^ 『ハマの建築探検』p66-67
  2. ^ a b c 横浜を代表する近代建築、山下町のレトロモダンな「インペリアルビル」に突撃!!”. はまれぽ.com (2015年9月29日). 2017年6月28日閲覧。
  3. ^ “関内の近代建築1件を横浜市歴史的建造物として認定しました” (プレスリリース), 横浜市都市整備局企画部都市デザイン室, (2011年2月25日), http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/design/press/20110225/ 2017年6月28日閲覧。 
  4. ^ 【歴史的建造物アーカイブ】インペリアルビル”. THE YOKOHAMA STANDARD (2017年4月19日). 2017年6月28日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『横浜近代建築 関内・関外の歴史的建造物』日本建築家協会関東甲信越支部神奈川地域会まちづくり保存研究会、2012年11月29日、32頁。
  • NPO法人横浜シティガイド協会『ハマの建築探検』神奈川新聞社、2002年6月26日、66-67頁。ISBN 978-4-87645-315-3