アレクセイ・ナワリヌイ
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| アレクセイ・ナワリヌイ Алексей Навальный Alexei Navalny | |
|---|---|
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2018年撮影 | |
| 生年月日 | 1976年6月4日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2024年2月16日(47歳没) |
| 死没地 |
ヤマロ・ネネツ自治管区 ハルプ |
| 出身校 |
ロシア諸民族友好大学 ロシア連邦政府付属財政大学 イェール大学(ワールドフェロー) |
| 前職 | 弁護士 |
| 所属政党 |
未来のロシア(2013–2021) 無所属(2007–2013) ヤブロコ(2000–2007) |
| 配偶者 | ユリア・ナワリナヤ(2000年結婚) |
| 子女 | 2 |
| サイン |
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| 公式サイト |
[navalny |
アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイ(ロシア語: Алексе́й Анато́льевич Нава́льный、IPA: [ɐlʲɪkˈsʲej ɐnɐˈtolʲjɪvʲɪtɕ nɐˈvalʲnɨj]、1976年6月4日 – 2024年2月16日)は、ロシアの弁護士、反汚職活動家、政権批判派の政治指導者であり、政治犯として収監されていた人物である[1]。2011年に反汚職基金(Фонд борьбы с коррупцией, ФБК・FBK)を設立し、ロシア政府高官らの汚職を告発する調査活動で国際的に知られた[2][3]。アムネスティ・インターナショナルにより「良心の囚人」として再認定され[4]、2021年には人権擁護活動を理由として欧州議会のサハロフ賞を受賞した[5]。また、米国のイェール大学のワールドフェロー(2010年)であった[6][7]。
ロシア語読みではアレクセイ・アナトーリエヴィチ・ナヴァーリヌイで、姓はナワルニー、ナバリヌイ[8]、ナヴァリヌィなどとも表記される[9]。
SNSを通じて、ナワリヌイとそのチームはロシアにおける汚職に関する資料を発信し、抗議活動を組織するとともに選挙運動を展開した。2011年のインタビューでは、ロシアの与党「統一ロシア」を「詐欺師と泥棒の党(Партия жуликов и воров)」と表現し、この呼称は広く知られるようになった。ナワリヌイおよび彼が設立した反汚職基金は、政府高官やその関係者による汚職疑惑を扱った調査報告を多数公表している。
2013年および2014年に横領罪で執行猶予付きの有罪判決を受けたが、これらの刑事事件はいずれも政治裁判として政治的動機によるものと広く受け止められ、将来の選挙出馬を阻止する目的があったと指摘されている。2013年の2013年モスクワ市長選挙では得票率27.2%で第2位となったが[10]、2018年ロシア大統領選挙への出馬は認められなかった[11]。
2020年8月、ナワリヌイは神経剤ノビチョクによる毒殺未遂事件で重篤な状態となり入院し、その後ドイツ・ベルリンに医療搬送された。約1か月後に退院し、この毒殺未遂についてウラジーミル・プーチン大統領の関与を主張した。調査では、ロシア連邦保安庁(FSB)の関係者が関与した可能性が指摘された[12]。
2021年1月、ナワリヌイはロシアに帰国したが、ドイツ滞在中に仮釈放条件に違反したとする容疑で直ちに拘束された。これを受け、ロシア各地で大規模な抗議活動が発生した。翌月、執行猶予中であった刑は実刑に切り替えられ、関連組織は「過激派組織」に指定され解体された[13]。
2022年3月には、横領および法廷侮辱の罪で新たに有罪判決を受け、9年の刑を言い渡された。この裁判については、アムネスティ・インターナショナルなどから不公正であるとの批判がなされた。控訴が棄却された後、同年6月に厳重警備の刑務所へ移送された。さらに2023年8月には、過激主義罪により19年の刑が追加された[14]。
2023年12月、ナワリヌイは約3週間にわたり所在不明となった後、北極圏に位置するヤマロ・ネネツ自治管区の矯正施設に収容されていることが確認された[15]。
2024年2月16日、ロシア刑務当局は、ナワリヌイが北極圏の刑務所で死亡したと発表した。この死を受け、ロシア国内外で抗議活動が発生し、多くの西側諸国政府や国際機関がロシア政府の関与や責任を指摘する声明を出した[16]。2026年2月14日にはイギリス、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデンが共同で、ナワリヌイはロシア政府によって毒殺されたとする分析結果を発表し、ロシアを非難する声明を発表した[17][18][19]。
生い立ち
[編集]アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイは1976年6月4日、当時ソビエト連邦構成共和国であったロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のモスクワ州オディンツォフスキー地区に属する農村ブトィン(Бутынь)で生まれた[20]。母リュドミラ・ナワリナ(1954年生)はモスクワ市ゼレノグラード出身のロシア人であり、父アナトーリー・ナワリヌイ(1947年生)は、チェルノブイリ原子力発電所事故による放射能汚染のため移転された、ベラルーシ=ウクライナ国境付近の村ザリッシャ(Залісся)の出身である[21]。ナワリヌイ自身は、ロシアとウクライナ双方の出自を持つと述べている[22]。
幼少期はカルーガ州の都市オブニンスクで育ち、8歳頃まで夏季には父方の祖父母のもとでウクライナ語環境に身を置き、同言語に堪能となった[23]。両親は1994年以降、ヴォログダ州コビャコヴォ村で籠製品工場を経営している[21]。
学歴
[編集]1993年にカリニネツ中等学校を卒業後、1998年にロシア諸民族友好大学を卒業し、法学の学位を取得した[24]。その後、ロシア連邦政府付属財政大学で証券取引および金融市場を学び、2001年に修了した[25]。
2010年には、ガルリ・カスパロフ、エフゲニヤ・アルバーツ、セルゲイ・グリエフの推薦を受け、米国イェール大学のワールドフェロー・プログラムに選抜され、政治学および国際関係を学んだ[26][27]。
法曹経歴
[編集]1998年以降、ナワリヌイはロシア国内の複数の企業で企業法務を専門とする弁護士として活動した[28]。
2009年には弁護士資格を取得し、キーロフ州弁護士会に登録された(登録番号43/547)。2010年にモスクワへ移住したことに伴い、同州弁護士会を離れ、モスクワ市弁護士会に登録された(登録番号77/9991)[29]。
2013年11月、キロフレス事件の有罪判決が確定したことを受け、モスクワ市弁護士会はナワリヌイの弁護士資格を剥奪した[30]。
政治活動
[編集]ヤブロコ
[編集]2000年、ロシア下院(国家院)選挙における阻止条項のしきい値を引き上げる新法が発表されたことを受け、ナワリヌイはロシア統一民主党ヤブロコに入党した。ナワリヌイ自身によれば、この法律はヤブロコおよび右派勢力同盟に不利な内容であり、両組織の「熱心な支持者ではなかった」ものの、入党を決めたとしている[31]。2001年には同党の党員として名簿に記載された[31]。
2002年、ナワリヌイはヤブロコ・モスクワ支部の地域評議会議員に選出された[32]。2003年12月に実施された2003年ロシア下院選挙において、同党モスクワ支部の選挙運動責任者を務めた。2004年4月にはヤブロコ・モスクワ支部の事務局長(チーフ・オブ・スタッフ)に就任し、2007年2月まで在任した。同年には同支部の副代表にも就任している。2006年から2007年にかけては、党の連邦評議会のメンバーを務めた[33]。
2005年8月、ナワリヌイは同年後半に実施された2005年モスクワ市議会選挙を前に設置された、モスクワ中央行政管区の社会評議会のメンバーに選出された。同選挙では候補者としても立候補している。11月には、若手政治家が立法イニシアチブに参加することを目的とした「青年公共議会」の設立発起人の一人となった[33]。
同じく2005年、ナワリヌイは「DA! ― 民主的選択(ДА! — Демократическая альтернатива)」と呼ばれる青年向け社会運動を立ち上げた[注釈 1]。この運動はヤブロコや他の政党とは公式な関係を持たなかった。同運動の中で、ナワリヌイは複数のプロジェクトに関与し、特に同運動が主催した政治討論会の企画者の一人として活動した。これらの討論会は短期間でメディアの注目を集めた[33]。
また、国営モスクワ放送局TVセンターを通じてテレビ討論番組の企画・運営にも携わり、初回の2回は高視聴率を記録したが、番組は突如打ち切られた。ナワリヌイは、特定の人物をテレビに出演させないよう当局が介入したためであると主張している[33]。
2006年末、ナワリヌイはモスクワ市政府に対し、民族主義的集会である2006年ロシア行進の実施を許可するよう求める要請を行った。ただし同時に、ヤブロコは「あらゆる民族的・人種的憎悪およびいかなる排外主義も非難する」立場であることを明確にし、警察に対しては「いかなるファシズム的、ナチス的、排外主義的表現」にも対抗するよう呼びかけた[注釈 2]。
2007年12月の2007年ロシア下院選挙において、ヤブロコは得票率1.6%にとどまり、国家院への議席獲得に失敗した。選挙後に開かれた党執行部会合において、ナワリヌイは選挙敗北の責任を理由に党改革と指導部刷新を提案し、党の一連の方針や行動を厳しく批判した。ナワリヌイは、党首およびすべての副党首の即時辞任、ならびに執行部の少なくとも70%の再選を求めた[33][35]。
ナワリヌイはこの会合で、次のように発言したとされる。 「ヤブロコはこの選挙で完全に失敗した。これは開票の問題ではない。選挙は不正で不公正だった。しかし、仮に公正な選挙であったとしても、我々はさらに少ない得票しか得られなかっただろう。なぜなら、公正な選挙とはグリゴリー・アレクセーエヴィチ一人のための生放送ではないからだ。誰もが参加できなければならない。つまり、より人気のあるガルリ・カスパロフやウラジーミル・ルイシコフも同じ放送に出演すべきだったし、資金力を持つミハイル・カシヤノフも選挙に参加していたはずだ。……私は、ヤブロコがセクトのような存在になったことで崩壊したと考えている。我々は他者に民主主義を要求するが、自らは民主的であろうとしない。そして結果が悪ければ悪いほど、指導部の地位は強化されるのだ」[35]。
同じ会合において、ナワリヌイは民族主義的立場を有していたこと、およびロシア行進への参加を理由として、ヤブロコから除名された[36][37][38]。
一方、ロシアの反体制政治家イリヤ・ヤシンは、ナワリヌイの除名理由について、党指導者グリゴリー・ヤブリンスキーに対する権威への挑戦が主因であったと述べている[39]。
2011年下院選挙と抗議運動
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2011年12月、下院選挙の実施後、不正選挙であったとの疑惑が提起されると[40]、モスクワでは約6,000人が選挙結果に抗議する集会に参加した。警察は約300人を拘束し、その中にはナワリヌイも含まれていた。ナワリヌイは12月5日に逮捕された[41][42]。
支持者の間で先行きが不透明な状況が続いた後、ナワリヌイは裁判に出廷し、「公務員の命令に従わなかった」として、最長15日間の拘留刑を言い渡された。ラジオ局エホー・モスクヴィの編集長であるアレクセイ・ヴェネディクトフは、この逮捕について「政治的な誤りだ。ナワリヌイを投獄することで、彼はオンライン上の指導者からオフラインの指導者へと変貌する」と評した[43][44]。
ナワリヌイは、イリヤ・ヤシンや、急進的なロシア共産主義系青年団体赤色青年同盟の事実上の指導者であったセルゲイ・ウダリツォフなど、他の活動家と同じ拘置施設に収容された。ウダリツォフは、拘禁条件に抗議してハンガーストライキを行った[45]。
2011年12月20日に釈放された後、ナワリヌイは、ウラジーミル・プーチンに対抗してロシア国民が団結するよう呼びかけた。ナワリヌイは、2012年3月4日に実施される大統領選挙において、プーチンが勝利を主張しようとするだろうと述べた[46]。
釈放後、ナワリヌイは記者団に対し、ロシア大統領府が公正な選挙を認めない以上、自身が大統領選に立候補することは無意味であると述べた。一方で、もし自由で公正な選挙が実施されるのであれば、「立候補する用意はある」とも語った[46]。
12月24日には、推定5万人が参加した大規模な抗議集会の先頭に立った。この集会は、選挙直後に行われた前回の抗議行動を大きく上回る規模であった。ナワリヌイは演説の中で、「今すぐクレムリンを占拠できるだけの人々が集まっているのが見える」と発言した[47]。
2012年3月、ウラジーミル・プーチンが大統領に選出された後、ナワリヌイはモスクワのプーシキン広場で行われた反プーチン集会の主導に関わった。この集会には約1万4,000人から2万人が参加したとされる。集会後、ナワリヌイは当局によって数時間拘束されたが、その後釈放された[48]。
2012年5月8日、プーチンの大統領就任式の翌日、ナワリヌイはセルゲイ・ウダリツォフとともに、チスチエ・プルーディで行われた反プーチン集会の後に逮捕され、両者ともに15日間の拘留処分を受けた[49]。アムネスティ・インターナショナルは、この2人を良心の囚人に指定した[50]。
6月11日、モスクワ検察当局はナワリヌイの自宅、事務所、および親族の1人のアパートに対して、約12時間に及ぶ家宅捜索を実施した[51]。その後まもなく、親政権派のブロガーによって、ナワリヌイの個人的な電子メールの一部がインターネット上に公開された[52]。
新党
[編集]2012年6月26日、ナワリヌイの同志らが電子民主主義(eデモクラシー)を基盤とする新たな政党を設立することが発表された。ナワリヌイ自身は、当面このプロジェクトに参加する予定はないと述べた[53]。
7月31日、彼らは将来の政党「人民同盟(Народный альянс)」の組織委員会を登録するための書類を提出した[54]。同党は自らを中道政党と位置づけており、当時の党指導者の一人でありナワリヌイの盟友でもあるウラジーミル・アシュルコフは、この立場はより多くの有権者の支持を得るためのものだと説明した。
ナワリヌイは、政党という概念自体が「時代遅れ」であると述べ、自身が参加すれば党の維持がより困難になると付け加えた。一方で、彼はこの政党に「祝福」を与え、党の運営について指導部と協議した。党側は、将来的にはナワリヌイが党員になることを望んでいると述べた[55]。
2012年12月15日、ナワリヌイは同党への支持を表明し、「人民同盟は私の政党だ」と述べたが、進行中の刑事事件を理由に、改めて党への正式加入を拒否した[56]。
2013年4月10日、同党は正式な政党登録のための書類を提出した[57]。しかし4月30日、同党の登録手続きは停止された[58]。
同年7月5日、同党は最終的に登録を拒否された。日刊紙『イズベスチヤ』によれば、党大会において全ての創設者が出席していなかったにもかかわらず、提出書類には彼らの署名が含まれていたことが理由とされた[59]。これに対しナワリヌイは、ツイッターで「全砲門、一斉射撃だ」と反応した[60]。
2013年9月15日、モスクワ市長選挙の後、ナワリヌイは同党に参加し、場合によっては党首に就任する意向を表明した[61]。同年11月17日、ナワリヌイは同党の党首に選出された[62]。
2014年1月8日、ナワリヌイの政党は2度目となる政党登録申請書類を提出した[63]。しかし1月20日、同党の登録手続きは再び停止された[64]。これはロシアの法律により、同一名称を持つ政党が複数存在することが認められていないためであった[65]。
2014年2月8日、同党は党名を「進歩党(Партия прогресса)」へと変更した[66]。同年2月25日、進歩党は正式に登録され[67]、この時点でロシア連邦の半数以上の連邦構成主体において地域支部を設立するため、6か月の猶予期間が与えられた[注釈 3]。
2014年9月26日、進歩党は43の地域支部を登録したと発表した[69]。
『イズベスチヤ』紙が伝えた司法省関係者(匿名)によれば、6か月の期限後に完了した地域支部の登録は考慮されないとされ、「いくつかの地域では訴訟が進行中ではあるが、主要な期限はすでに終了しているため、係争中であっても他地域で新たな支部を登録することはできない」と述べた[69]。これに対し、ナワリヌイは自身のブログで次のように反論した。「我々の答えは単純だ。地域支部登録の6か月期限は、登録拒否や登録停止に対する不服申し立てが係属している間、法的に暫定的に延長される」[69]。
2015年2月1日、進歩党は党大会を開催し、ナワリヌイは同党が2016年の選挙に向けて準備を進めていると表明した。彼は「反体制派が活動していない辺境地域でも、我々はためらわずに活動する。クリミアでさえ活動可能だ」と述べ、全国規模での活動継続を宣言した。候補者は予備選挙によって選出される予定であるとしつつも、当局によって候補者が選挙から排除される可能性があることも認めた[70]。
2015年4月17日、進歩党は他の民主系政党との連携を開始し、選挙連合の形成を発表した[71]。
しかし2015年4月28日、ロシア司法省は、進歩党が正式登録後6か月以内に必要数の地域支部を登録できなかったとして、同党の登録を取り消した[72]。
これに対し、進歩党側のクライネフは、政党の解散は最高裁判所のみが決定できると主張し、さらに地域支部登録を巡るすべての訴訟が未終結である点を挙げ、この決定を「二重に違法である」と批判した。彼はまた、同党が欧州人権裁判所に提訴する方針を示し、最終的に政党登録が回復され、選挙への参加が認められるとの見通しを表明した[73]。
翌日、進歩党は司法省の決定に対し、正式に不服申し立てを行った[74]。
2013年モスクワ市長選挙への立候補
[編集]| 時期 | ソビャーニン | ナワリヌイ | 参照 |
|---|---|---|---|
| 8月29日–9月2日 | 60.1% | 21.9% | [75] |
| 8月22日–28日 | 63.9% | 19.8% | [76] |
| 8月15日–21日 | 62.5% | 20.3% | [77] |
| 8月8日–14日 | 63.5% | 19.9% | [78] |
| 8月1日–7日 | 74.6% | 15.0% | [78] |
| 7月25日–31日 | 76.2% | 16.7% | [79] |
| 7月18日–24日 | 76.6% | 15.7% | [80] |
| 7月11日–16日 | 76.2% | 14.4% | [81] |
| 7月4日–10日 | 78.5% | 10.7% | [81] |
| 6月27日–7月3日 | 77.9% | 10.8% | [81] |


2013年5月30日、モスクワ市長のセルゲイ・ソビャーニンは、任命制の市長と比べて、選挙で選ばれた市長の方が都市にとって有利であると主張した[82]。 そして6月4日、彼は大統領ウラジーミル・プーチンと会談し、早期選挙の実施を要請すると発表した。その際、モスクワ市民は、知事選挙がモスクワ市および周辺のモスクワ州で同時に実施されるべきであることに同意するだろうと述べた[83]。 6月6日、この要請は承認され[84]、 翌日、モスクワ市議会は、2013年モスクワ市長選挙を9月8日、全国統一投票日に実施すると決定した[85]。
6月3日、ナワリヌイは同職に立候補する意向を表明した[86]。 正式な候補者となるためには、モスクワ市民7万人分の署名を集めるか、もしくは登録済み政党によって候補として推薦される必要があり、その後、110の異なる選挙区(モスクワ全146区の4分の3)から、地方自治体議員110人分の署名を集めなければならなかった。 ナワリヌイは政党による推薦を選び、RPR–PARNASによって推薦されることになった[87]。
正式に登録された6人の候補者のうち、必要な数の署名を自力で集めることができたのは2人(ソビャーニンと共産党のイワン・メルニコフ)のみであり、残る4人は、要件を満たすために、ソビャーニンの勧告に従って地方自治体評議会(Совет муниципальных образований)から一定数の署名を与えられた(ナワリヌイは49筆の署名を受け取り、他の候補者はそれぞれ70、70、82筆を受け取った)[88][89]。
7月17日、ナワリヌイはモスクワ市長選挙の6人の候補者のうちの1人として登録された[90]。 7月18日、彼は2012年に提起されていた横領および詐欺の罪により、懲役5年の刑を言い渡された。 判決から数時間後、彼は選挙戦から撤退し、選挙のボイコットを呼びかけた[91]。
その日のうちに、検察当局は、判決がまだ法的効力を持っていないこと、また彼がこれまで渡航制限を順守していたことを理由に、ナワリヌイを保釈し、渡航制限を解除するよう要請した。 ナワリヌイは市長選挙の候補者であり、投獄は有権者への平等なアクセスの原則に反するためであるとされた[92]。
控訴を待つ間に釈放され、モスクワに戻った後、彼は選挙戦にとどまることを誓った[93]。
The Washington Post は、彼の釈放は、選挙およびソビャーニンをより正当なものに見せるために、クレムリンによって命じられた可能性があると推測している[94]。
ナワリヌイの選挙運動は資金調達において成功した。選挙日現在で、彼の選挙基金の総額103.4百万ルーブル($NaN)[注釈 4]のうち、97.3百万($NaN)はロシア全土の個人から拠出されたものであった[96]。このような金額はロシアでは前例がない[97]。
この選挙運動は、前例のない規模の選挙運動組織によって高い注目を集めた。この組織には約2万人のボランティアが関与し、ビラ配布やバナー掲示に加え、市内各地で1日に複数回の選挙集会を行った[98]。彼らはこの選挙運動の主要な原動力であった[99]。
The New Yorkerは、この選挙運動の結果を、7月19日のナワリヌイの釈放、資金調達キャンペーン、そしてナワリヌイ自身の人格とともに「奇跡」と評した[100]。
この選挙運動はテレビでの報道が非常に少なく、看板広告も使用しなかった。ナワリヌイの強力な選挙運動(およびソビャーニンの弱い選挙運動[98])により、ナワリヌイの得票率は時間とともに上昇し、ソビャーニンの得票率は低下した。選挙運動の終盤、ナワリヌイは、いずれの候補者も50%以上の票を獲得しなかった場合に実施される決選投票が「紙一重のところまで迫っている」と述べた[101]。
最大手の社会学調査機関は、ソビャーニンが58〜64%の得票で選挙に勝利すると予測していた。ナワリヌイの得票率は15〜20%、投票率は45〜52%になると見込まれていた(レバダ・センターは唯一、予測を発表しなかったが、8月28日時点で保有していたデータは他の調査機関と同様の傾向を示していた)[102]。
最終的な開票結果では、ナワリヌイは27%を獲得し、2011年の下院選挙で第2位から第5位の結果を得た政党が擁立した候補者の合計得票数を上回った。ナワリヌイは、所得水準と教育水準が高いモスクワ中心部および南西部で特に強い支持を得た[94]。ソビャーニンは51%を獲得して当選した。投票率は32%であった[103]。
調査機関は、この乖離について、ソビャーニン支持層が「勝利は確実」と考えて投票に行かなかったためだと説明した。ナワリヌイ陣営は、ソビャーニンの得票率を49〜51%、ナワリヌイを24〜26%と予測していた[102]。
多くの専門家は、この選挙は公正であり、国内で実施された他の選挙と比べて不正の件数は大幅に少なく、それらの不正も結果に与えた影響は小さかったと述べた[104][105]。
政治コンジャンクチャー・センターの主任専門家であるドミトリー・アビザロフは、投票率が低かったこと自体も選挙の公正さを示すさらなる証拠であり、これは得票率が人為的に水増しされていなかったことを意味すると付け加えた[104]。
一方で、GOLOS協会の共同議長であるアンドレイ・ブージンは、社会保障省の機関が、当初は投票する意思のなかった人々を在宅投票者の名簿に追加していたと指摘した。こうした在宅投票者は、実際に投票した有権者の約5%を占めており、この措置がなければソビャーニンが50%を獲得できたかどうか疑問が生じると述べた[105]。
また、「人民選挙委員会」プロジェクトの代表であり、選挙監視員のデータに基づいて独自集計を行ったドミトリー・オレシキン(同プロジェクトによるソビャーニンの得票率は50%)は、決選投票までわずか2%差であった以上、すべての詳細が厳密に検証されることになると述べる一方で、法的に「何かを証明することは不可能だ」と付け加えた。[106]
9月9日、選挙翌日、ナワリヌイは集計結果を公然と非難し、「我々はこの結果を認めない。これは捏造だ」と述べた。ソビャーニン市長の事務所は、票の再集計を行うという提案を拒否した。[107]
9月12日、ナワリヌイは選挙結果の無効化を求めてモスクワ市裁判所に提訴したが、同裁判所はこの主張を退けた。ナワリヌイはさらにこの決定をロシア連邦最高裁判所に上訴したが、同裁判所は選挙結果は合法であるとの判断を下した。[108]
RPR-PARNASと民主連合
[編集]モスクワ市長選挙後、ナワリヌイはRPR-PARNASの第4共同議長の地位を提案された。[109]
2014年11月14日、RPR-PARNASに残っていた2人の共同議長であるボリス・ネムツォフとロシア元首相のミハイル・カシヤノフは、「ヨーロッパ的選択」を支持する広範な政治勢力の連合を結成するのに適切な時期が来たと表明した。ナワリヌイの進歩党は、その潜在的な参加勢力の一つと見なされていた[110]。
しかし2015年2月27日、ネムツォフは銃撃され死亡した。暗殺前、ネムツォフはナワリヌイとホドルコフスキーがRPR-PARNASの共同議長となる構想を含む連合プロジェクトに取り組んでいた。ナワリヌイは、政党の合併は官僚的困難を引き起こし、署名収集なしで連邦選挙に参加する政党の正当性に疑問を生じさせると述べた[111]。
しかし、ネムツォフの殺害は作業を加速させ、4月17日、ナワリヌイは進歩党、RPR-PARNAS、その他近い立場の政党の間で広範な協議が行われ、その結果、両党指導部の間で新たな選挙ブロックを形成することで合意したと発表した[71]。 その後まもなく、この合意はさらに4つの政党によって署名され、ホドルコフスキーのオープン・ロシア財団の支持も得た。[112]
選挙ブロックはロシアの現行法制度([いつ?])には存在しないため、この構想は単一政党であるRPR-PARNASを通じて実現される予定であった。同党は全国選挙への参加資格を有しているだけでなく、ネムツォフが以前に地域議会で獲得した議席により、2016年9月に予定されていた国家院選挙に参加するための市民署名収集も当時([いつ?])不要であった。RPR-PARNASが擁立する候補者は、予備選挙によって選ばれる予定であった[113]。
同連合は、当初目標としていた4つの地域において、登録に必要な市民の署名を十分に集めたと主張した。しかしそのうち1地域では、署名および個人情報の一部が悪意ある収集者によって改ざんされたと連合側が発表した[114]。 他の地域では、地域選挙管理委員会によって署名が却下された[115][116][117]。
ノヴォシビルスク州では、一部の選挙事務所職員がハンガーストライキを開始したが、ホドルコフスキー、ナワリヌイ、カシヤノフが公に中止を勧告したことを受け、開始から約2週間後に中止された[118]。
その後、ロシア中央選挙管理委員会に対して苦情申し立てが行われ、その結果、係争中であった3地域のうち1地域、コストロマ州において、同連合は地域選挙の参加者として登録された。Gazeta.ruの「クレムリンに近い」関係者によれば、大統領府は連合の勝算を非常に低いと見ていたものの警戒しており、PARNASが「慰めの1点」を取れるよう、1地域での登録回復が行われたという[119]。
公式選挙結果によれば、同連合の得票率は2%にとどまり、5%の阻止条項を超えるには至らなかった。党側は選挙の敗北を認めた[120]。
2018年大統領選挙
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世論での支持拡大を背景に、ナワリヌイは2016年12月13日、大統領選挙への立候補を表明した[121][122]。
しかし2017年2月8日、キーロフ州レーニンスキー地区裁判所は、2013年の判決を再度言い渡した(この事件は、ECHRがロシアによる公正な裁判を受ける権利の侵害を認定したキーロフレス事件に関する判断を受け、最高裁判所が原判決を破棄し、別の裁判官による再審理を命じた後のものである)。同裁判所は、ナワリヌイに対し執行猶予付き5年の刑を再度言い渡した[123]。
この判決が発効し有効なままであった場合、ナワリヌイが将来公式に候補者として登録されることを妨げる可能性があった。ナワリヌイは、この判決がECHRの判断に明確に反するとして、無効化を求めて争うと表明した。さらに、彼は自身の大統領選挙キャンペーンは裁判所の判断とは無関係に継続されると発表した。
彼はロシア憲法第32条を引用し、被選挙権を剥奪されるのは「裁判所により行為能力がないと認定された者」と「裁判所の判決により拘禁施設に収容されている者」の2種類のみであると述べた。
フリーダム・ハウスおよび『エコノミスト』によれば、ナワリヌイは2018年選挙においてウラジーミル・プーチンに対抗し得る最も有力な候補であった[124][125]。
ナワリヌイは3月、ロシア各地の都市で一連の反汚職集会を組織した。この呼びかけには、ロシア国内95都市および海外4都市(ロンドン、プラハ、バーゼル、ボン)が応じた[126]。

2017年4月27日、ナワリヌイは反汚職基金の事務所の外で、正体不明の襲撃者に攻撃された。襲撃者は、被害者の目に損傷を与える可能性があるゼリョンカ攻撃において、ブリリアントグリーン染料(他の成分と混合されていた可能性がある)を彼の顔に噴射した。彼はその年の春の初めにも、すでに一度攻撃を受けていた。
2度目の攻撃では、緑色の消毒剤が明らかに腐食性の化学物質と混合されており、その結果、彼の右目に化学熱傷を負わせた[127]。 報道によれば、彼は右目の視力の80%を失ったとされる[128][129]。
ナワリヌイは、この攻撃をクレムリンが組織したものだと非難した[130][131]。
ナワリヌイは、25日間の拘留を経て、2017年7月27日に釈放された。それ以前に、彼は抗議活動に参加したとしてモスクワで逮捕され、違法な抗議行動を組織した罪により、30日間の拘禁刑を言い渡されていた[132]。
2017年10月2日、ナワリヌイは、国家当局の承認を受けていない抗議活動への参加を呼びかけたとして、20日間の拘禁刑を言い渡された[133]。

2017年12月、ロシア中央選挙管理委員会は、ナワリヌイの汚職有罪判決を理由に、2018年大統領選挙への立候補を認めない決定を下した。欧州連合は、ナワリヌイの排除は選挙の正当性に「深刻な疑念」を投げかけるものだと述べた。ナワリヌイは、彼の排除は数百万人のロシア国民が投票権を奪われることを意味するとして、2018年大統領選挙のボイコットを呼びかけた[134]。
ナワリヌイは1月3日、ロシア最高裁判所の判断に対して上訴を行ったが[135]、数日後の1月6日、ロシア最高裁判所はその上訴を却下した[136]。
ナワリヌイは2018年1月28日、大統領選挙のボイコットを呼びかけるための抗議行動を主導した。抗議当日、ナワリヌイは拘束されたが、裁判を待つ間として同日中に釈放された。OVD-Infoによると、全国で257人が拘束された。ロシアの報道によれば、警察はナワリヌイが無許可のデモを呼びかけた容疑で起訴される可能性が高いと述べた[137]。
ナワリヌイの側近2人は、無許可の反政府集会への参加を呼びかけたとして、短期間の拘禁刑を言い渡された。ナワリヌイは2018年2月5日、政府が抗議行動中に警察官に暴行を加えたとして自分を告発していると述べた[138]。
ナワリヌイは、プーチンの大統領就任式に先立つ5月5日の抗議行動において拘束された約1,600人のうちの1人であり、警察への不服従の容疑で起訴された[139]。 5月15日、彼は30日間の拘禁刑を言い渡された[140]。
2018年9月25日に釈放された直後、ナワリヌイは再び拘束され、違法なデモを組織したとして有罪判決を受け、さらに20日間の拘禁刑を言い渡された[141]。
2019年モスクワ市議会選挙
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2019年モスクワ市議会選挙において、ナワリヌイは無所属候補者を支持したが、その多くは選挙への参加を認められず、これが大規模な街頭抗議行動につながった。2019年7月、ナワリヌイはまず10日間拘束され、その直後にほぼ間を置かず30日間拘束された。7月28日の夜、彼は目と皮膚に重篤な損傷を負い、病院に搬送された。病院では「アレルギー」と診断されたが、この診断については、2017年に抗議者とされる人物による化学攻撃の後にナワリヌイを治療した経験を持つ眼科医のアナスタシア・ワシリエワが異議を唱えた[142]。 ワシリエワはこの診断に疑問を呈し、ナワリヌイの症状は「特定されていない化学物質の有害な影響」による可能性があると示唆した[143]。
2019年7月29日、病院の動機に疑問を呈していた主治医の反対にもかかわらず、ナワリヌイは病院から退院させられ、再び拘置所に戻された[142][144]。 病院付近にいたナワリヌイ支持者および記者は警察に攻撃され、多くが拘束された[143]。 これに対応して、ナワリヌイはスマート投票プロジェクトを開始した[145]。
2020年憲法改正国民投票
[編集]ナワリヌイは、7月1日に実施された憲法改正に関する国民投票に反対する運動を行い、これを「クーデター」および「憲法違反」と呼んだ[146]。 また、これらの改正はプーチン大統領を「終身大統領」にすることを可能にすると述べた[147][148]。 結果が発表された後、彼はそれを「巨大な嘘」であり、世論を反映していないと非難した[149]。 改正内容には、第4期大統領任期終了後も、さらに2期(2036年まで)大統領職に就くことを可能にする条項が含まれている[146]。
反汚職調査
[編集]2008年、ナワリヌイはロシアの主要な石油・ガス企業5社(ロスネフチ、ガスプロム、ガスプロム・ネフチ、ルクオイル、スルグトネフチェガス)に対し、いわゆる「アクティビスト株主」として関与することを試み、財務情報の透明性向上を目的に30万ルーブルを投資した[31]。 こうした情報開示は法律上義務付けられているが、これらの企業の上級経営陣が資金流用に関与し、透明性の確保に抵抗しているとの指摘もある[150]。
2010年11月、ナワリヌイはトランスネフチの監査に関する機密文書を公開した[151]。自身のブログによれば、東シベリア・太平洋石油パイプライン建設の過程で、トランスネフチ幹部によって約40億米ドルが不正に流用されたと主張している[152][153]。
同年12月には、政府調達における汚職慣行を告発することを目的としたプロジェクトRosPilの立ち上げを発表した[154]。 同プロジェクトは、政府調達に関する法令に基づき、すべての入札公告および落札結果がオンラインで公開される仕組みを活用し、不正の摘発を試みるものであった。
「RosPil」という名称は、国家資金の横領を意味する俗語「распил(ラスピル)」に由来する言葉遊びであり[155]、国家予算の不正流用を示唆する意味が込められている[156]。
2011年5月、ナワリヌイは「RosYama(ロス・ヤーマ、直訳すると『ロシアの穴』)」を立ち上げた。このプロジェクトは、道路の穴(ポットホール)を市民が報告し、行政による対応状況を追跡できる仕組みを提供するものであった[157]。
同年8月、ナワリヌイはハンガリー政府とロシア政府の間で行われた不動産取引に関する文書を公開した[158][159]。 それによると、ハンガリー政府はモスクワにある旧大使館建物を2,100万米ドルで、ヴィクトル・ヴェクセルベルクが所有するオフショア企業に売却し、その企業は直後に同物件を1億1,600万米ドルでロシア政府に転売したとされる。物件の実際の市場価値は約5,200万米ドルと推定されていた。文書上の不整合は、関係者間の共謀を示唆するものとされた[160]。 この取引に関与したとされるハンガリー側の政府関係者3人は、2011年2月に拘束された[161]。
2012年2月、ナワリヌイは、ロシア連邦政府からラムザン・カディロフ率いるチェチェン共和国内務省に支出されている連邦予算が、「完全に不透明かつ詐欺的な方法で使用されている」と結論づけた[163]。
同年5月、ナワリヌイは当時副首相であったイーゴリ・シュワロフを汚職で非難した。ナワリヌイによれば、ロマン・アブラモヴィチおよびアリシェル・ウスマノフが所有する企業が、シュワロフの関連会社に数千万米ドルを送金しており、これによりシュワロフはウスマノフによる英国の鉄鋼会社コーラス買収の利益を分配されたとされる。ナワリヌイはこれらの送金を示すとする文書の写しを自身のブログに公開した[164]。
これに対し、ウスマノフおよびシュワロフは、ナワリヌイが公開した文書自体は正当なものであると認めつつも、当該取引はロシア法に違反するものではないと主張した。シュワロフは「私は利益相反に関する規則と原則を一貫して順守してきた。法律家にとって、これは神聖なものである」と述べている[165]。
同年7月、ナワリヌイは、ロシア連邦捜査委員会委員長のアレクサンドル・バストルィキンが、チェコに未申告の事業を所有していることを示すとされる文書を自身のブログに公開した。この公開は、前月に自身が拘束された際に電子メールが流出したことへの「反撃」であると、フィナンシャル・タイムズは評している[52]。

2018年8月、ナワリヌイは、ロシア国家親衛隊(ロシア国家親衛隊)長官のヴィクトル・ゾロトフが、調達契約を通じて少なくとも2,900万米ドルを横領したと主張した。ゾロトフに対するこれらの告発の直後、ナワリヌイは2018年1月に行われた抗議活動を組織したとして収監された。
その後、2018年9月11日、ゾロトフは動画メッセージを公開し、ナワリヌイに対して決闘を挑むとともに、「上等で、肉汁たっぷりのミンチにしてやる」と発言した[167]。この発言は国内外で広く報じられた[168]。
メドヴェージェフ
[編集]2017年3月、ナワリヌイは調査報告書『彼はあなたのディモンではない』を公開し、当時の首相ドミートリー・メドヴェージェフが汚職に関与していると告発した。当局側はこの告発を事実上無視するか、「有罪判決を受けた人物による主張であり、コメントに値しない」として退けた。
同年3月26日、ナワリヌイはロシア各地の都市で反汚職集会を組織した。一部の都市では当局の許可を得て実施されたが、モスクワやサンクトペテルブルクを含む他の都市では認可されなかった。モスクワ警察は約500人が拘束されたと発表したが、人権団体OVD-Infoによれば、モスクワだけでナワリヌイ本人を含む1,030人が拘束されたとされる[169][170]。
3月27日、ナワリヌイは無許可集会を組織したとして最低額である2万ルーブルの罰金を科され、さらに公務執行妨害の罪で15日間の拘禁刑を言い渡された[171]。
プーチン
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2021年1月19日、ロシア帰国後に当局に拘束されてから2日後、ナワリヌイおよび反汚職基金は、ウラジーミル・プーチン大統領が不正に得られた資金を用いて、クラスノダール地方のゲレンジーク近郊に自身のための巨大な私有地(通称「プーチンの宮殿」)を建設したとする調査報告を公開した。ナワリヌイはこれを「世界最大の賄賂」と表現した。
この邸宅については、プロジェクトに関与していた実業家セルゲイ・コレスニコフが2010年に詳細を明らかにしており、当時すでに報道されていた。ナワリヌイによれば、この敷地はモナコの約39倍の広さを持ち、宮殿周辺約70平方キロメートルの土地を連邦保安庁(FSB)が管理しているとされ、建設費は総額1,000億ルーブル(約13億5,000万米ドル)を超えると主張された[173]。
調査動画では、ドローンによる空撮映像のほか、請負業者から提供されたとされる宮殿内部の詳細な設計図が示され、2011年にインターネット上に流出した内部写真と比較された。さらに、これらの設計図を基にしたコンピュータグラフィックスによる内装再現映像も公開された[174]。
周囲は突破不可能なフェンスで囲まれ、独自の港湾、独自の警備体制、教会、独自の通行許可制度、飛行禁止空域、さらには専用の検問所まで備えている。これは事実上、ロシア国内に存在する「別の国家」である[174]。—アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイ
この調査では、プーチンの側近グループが関与したとされる精緻な汚職スキームについても詳述されており、それによってプーチンが邸宅建設のために数十億ドル規模の資金を隠匿することが可能になっていたとナワリヌイ側は主張した。また、ナワリヌイのチームは、プーチンの愛人とされるスヴェトラーナ・クリヴォノギフおよびアリーナ・カバエワに関する既存報道についても裏付けを取ることができたとしている[174][175][176][177]。
ナワリヌイの調査動画はYouTube上で公開から24時間以内に2,000万回以上再生され、1週間後には9,200万回を超えた。これに対し、クレムリン報道官のドミトリー・ペスコフは記者会見で、この調査を「詐欺」だと非難し、市民に対して「こうした詐欺師に金を送る前によく考えるべきだ」と述べた[178]。
プーチンはこの宮殿の所有を否定し、プーチンの幼少期からの友人で柔道仲間でもあるオリガルヒのアルカディ・ロテンベルグが、自身が所有者であると主張した[179][180]。
刑事事件
[編集]「キーロフレース(Кировлес)」事件
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事件
[編集]2012年7月30日、ロシア連邦捜査委員会は、ナワリヌイを横領(業務上横領)容疑で起訴した。捜査当局は、ナワリヌイが2009年にキーロフ州の国有企業「キーロフレス」から木材を盗む計画に共謀し、当時キーロフ州知事ニキータ・ベリフの顧問として関与したと主張した[181]。 同件については以前にも捜査が行われたが、証拠不十分として打ち切られていたとも報じられている[182]。 ナワリヌイは身柄を拘束されたのち「身柄保証(誓約書)」で釈放されたが、モスクワを離れないよう命じられた[183]。
ナワリヌイはこの容疑について「奇妙で根拠がない」と述べた[184]。 また当局の狙いは「抗議運動と西側世論の反応を見ているのだ」といった趣旨の発言をしたと報じられている[183]。 支持者らは捜査委員会の庁舎前で抗議行動を行った[181]。
その後も法的圧力が強まる中、ナワリヌイは反汚職団体での活動や選挙期間中の活動への「政治的報復」だとして訴えつつ、反体制の活動を継続したとされる[185]。 係争中でありながらモスクワでの反政府デモにも参加し、この時期にモスクワを訪れていたカザフスタンの演出家・反体制活動家ボラト・アタバエフとも面会し、汚職と権威主義への対抗策について議論したとされる[186]。
2013年4月、法律事務所ローブ&ローブ(Loeb & Loeb LLP)は、捜査委員会による обвинение(起訴内容)を分析した文書「An Analysis of the Russian Federation's prosecutions of Alexei Navalny」を公表し、ロシアの法制度が政治的対立者を「嫌がらせ、孤立、沈黙させる」ために悪用されていると結論づけた[187]。 また、同趣旨の状況認識に触れる報道もある[188]。
有罪判決と釈放
[編集]キーロフレス事件の公判は、2013年4月17日にキーロフで始まった[189]。 同年7月18日、ナワリヌイは横領罪で懲役5年の実刑判決を言い渡された[190]。 裁判所は、国有企業から約1,600万ルーブル相当(約50万ドル)の木材を不正に流用したと認定した[191]。
判決文は、量刑を除いて検察側の求刑内容とほぼ同一であり、検察は懲役6年を求刑していたが、裁判所は5年とした[192]。

判決当日の夜、検察当局は、上級審で確定するまでは判決は無効であるとして、ナワリヌイおよび共犯とされたオフィツェロフに対する拘禁を不服として控訴した。翌朝、この主張は認められ、両名は7月19日に釈放され、上級審の審理を待つこととなった[193]。 この検察の対応について、一部の専門家は「前例のない措置」と評した[194]。
執行猶予
[編集]2013年10月16日、キーロフの裁判所はナワリヌイに対する懲役刑を執行猶予付きとする判断を下したが、この有罪判決は将来の政治活動、とりわけ選挙出馬において重大な障害となり続けた[195]。
判決の再審
[編集]2016年2月23日、欧州人権裁判所(ECHR)は、ロシア当局がナワリヌイの公正な裁判を受ける権利を侵害したと判断し、ロシア政府に対して訴訟費用および損害賠償として5万6,000ユーロを支払うよう命じた[196]。
これを受け、2016年11月16日、ロシア連邦最高裁判所は2013年の有罪判決を破棄し、審理をキーロフのレニンスキー地区裁判所に差し戻した[197]。
しかし2017年2月8日、同地区裁判所は再び2013年と同様の判断を下し、ナワリヌイに対して懲役5年の執行猶予付き判決を言い渡した[123]。
ナワリヌイは、この再判決は欧州人権裁判所の判断に明確に反するとして、同裁判所に対し改めて判決の無効を求める方針を表明した[198]。 その後、欧州人権裁判所はナワリヌイの申し立てを正式に受理した[199]。
イヴ・ロシェ事件と自宅軟禁
[編集]事件
[編集]2008年から2012年にかけて、ナワリヌイの弟であるオレグ・ナワリヌイは、フランスの化粧品会社イヴ・ロシェの東欧子会社「イヴ・ロシェ・ヴォストーク」に対し、ナワリヌイが設立した配送会社グラヴポドピスカ(Glavpodpiska)を配送業務の委託先として認定することを提案した。2008年8月5日、両者は契約を締結した。契約を履行するため、グラヴポドピスカは業務の一部を下請け業者であるアヴトサガ(AvtoSAGA)およびマルチプロファイル・プロセッシング社(MPC)に再委託した。
2012年11月および12月、ロシア連邦捜査委員会はイヴ・ロシェ・ヴォストークの関係者に対する事情聴取を行った。同年12月10日、同社の代表取締役ブルーノ・ルプローは、グラヴポドピスカが同社に損害を与えた可能性について調査を求める申立書を捜査委員会に提出し、これを受けて刑事事件が立件された[200]。
検察側は、グラヴポドピスカが配送業務を請け負った後、より低額で他社に再委託し、その差額を不正に取得したと主張した。不正取得額は、イヴ・ロシェ・ヴォストークから2,670万ルーブル、MPCから440万ルーブルとされた。これらの資金は、実体のない会社を経由し、ナワリヌイの両親が運営する柳細工会社「コビャコフスカヤ柳編み工場」へ虚偽の名目で送金され、資金洗浄が行われたとされた[201][202]。
ナワリヌイ兄弟はいずれも容疑を否認した。弁護団は、捜査当局が通常の企業活動の説明に「犯罪的意図をもって」といった文言を付加したと主張した。オレグ・ナワリヌイの弁護士によれば、グラヴポドピスカは単に資金を受領しただけではなく、輸送手段の手配、注文の執行、製品の集荷および配送業者への引き渡しを管理し、納期や品質について顧客に対して責任を負っていたという[200]。
証人の多くは損害の存在を確認できなかったと証言し、唯一MPCのCEOセルゲイ・シュストフのみが、捜査官から損害があったと聞かされ、それを監査なしに信じたと述べた。兄弟およびその弁護団は、アレクセイ・ナワリヌイがグラヴポドピスカの業務運営に関与していなかったと主張し、証人全員が裁判前にナワリヌイ本人と面識がなかったと証言した[200]。
自宅軟禁と制限
[編集]渡航制限違反の疑いを理由として、ナワリヌイは2014年2月28日、自宅軟禁処分を受け、家族、弁護士、捜査当局以外との接触を禁じられた[203][204]。
ナワリヌイはこの措置を政治的動機によるものと主張し、欧州人権裁判所(ECHR)に提訴した。2014年7月7日、彼は申し立てが受理され、優先審理の対象となったことを明らかにし、裁判所はロシア政府に対して質問書への回答を求めた[205]。
自宅軟禁の条件にはインターネット利用の禁止も含まれていたが、処分発表後もナワリヌイのSNSアカウントでは新たな投稿が行われた。3月5日の投稿では、これらのアカウントは反汚職基金のメンバーおよび妻のユリア・ナワリナヤによって管理されていると説明された。3月13日には、連邦通信・情報技術・マスメディア監督庁(ロスコムナドゾル)が、「刑事事件の被疑者に対する保釈決定の規定に違反している」として、ナワリヌイのLiveJournalブログをロシア国内で遮断した[206]。
その後、自宅軟禁の条件は段階的に緩和された。2014年8月21日、ナワリヌイは共犯者との連絡を許可された[207]。 同日、法廷に居合わせた記者は、イヴ・ロシェ事件の証人を除く人物との接触が認められたと証言した[208]。
10月10日には、別の裁判所が報道機関への発言を認め、事件についてコメントすることが許可されたが、自宅軟禁延長回避の申立ては却下された[209]。 12月19日には、当局および国際裁判所への書簡送付が認められたが、軟禁延長の回避要請は再び退けられた[210]。
判決
[編集]判決は2014年12月30日に言い渡された。裁判所は、ナワリヌイ兄弟がマルチプロファイル・プロセッシング社(MPC)およびイヴ・ロシェ・ヴォストークに対する詐欺および資金洗浄の罪に問われ、ロシア刑法第159.4条第2項および第3項、第174.1条第2項(a)(b)に基づき有罪と認定された[211]。
アレクセイ・ナワリヌイには懲役3年6か月の執行猶予付き判決が言い渡され、弟のオレグ・ナワリヌイには懲役3年6か月の実刑判決が下され、判決直後に身柄を拘束された[212]。 両者にはそれぞれ50万ルーブルの罰金と、MPCに対する400万ルーブル超の損害賠償が命じられた[213]。
判決当日の夜、モスクワ中心部には数千人規模の抗議集会が発生した。ナワリヌイは自宅軟禁を破って集会に参加し、直ちに警察に拘束され、自宅へ連れ戻された[214]。
ナワリヌイ兄弟はいずれも欧州人権裁判所に提訴し、オレグの申立ては優先審理の対象として受理された。アレクセイの申立ては、同事件に関連する既存の訴訟の一部として審理され、ロシア政府に追加意見の提出が求められた[215]。 国内の控訴審では有罪判決が維持されたが、アレクセイについては罰金支払い義務のみが免除された。検察側・被告側の双方がこの判断に不満を示した[213]。
賠償
[編集]「イヴ・ロシェ事件」の判決後、ナワリヌイは440万ルーブルの損害賠償金の支払いを命じられた。ナワリヌイはこの事件を「でっち上げ(フレームアップ)」であると主張したが、弟オレグの仮釈放に影響する可能性があるとして、賠償金は支払う意向を示した[216]。
2015年10月7日、ナワリヌイの弁護人は、被告が自発的に290万ルーブルを支払ったうえで、残額について分割払いを申請したと発表した[217]。 この申請は認められたものの、支払猶予期間は申請された5か月から2か月に短縮された[218]。 なお、支払い済みとされた90万ルーブル(ナワリヌイの銀行口座から差し押さえられた金額)は、手続き上の遅延により、当局にはまだ届いていないと検察側は説明した[219]。
同月後半、キーロフレス社は、2012~2013年の裁判では請求していなかった1610万ルーブルの損害賠償を求め、ナワリヌイを提訴した。ナワリヌイは、この訴訟は予想外であったと述べた。10月23日、裁判所は3人の被告全員に対して同額の支払いを命じた[220]。
裁判所は、当時すでに1470万ルーブルが支払われていたとする被告側の主張を退け、最高裁判所総会決定を根拠として判決および支払額の正当性を認めた[221]。
ナワリヌイは、この金額を支払う能力はないと述べ、この訴訟を当局による「資金を枯渇させる戦略」であると批判した[220]。
中毒事件と回復
[編集]2020年8月20日、ナワリヌイはトムスクからモスクワへ向かう航空機内で体調を崩し、機体が緊急着陸したオムスクの救急病院(Emergency City Clinical Hospital No. 1、Городская клиническая больница скорой медицинской помощи №1)に入院した。機内での容体変化は突発的かつ激烈であり、公開された映像では、ナワリヌイが大声で叫ぶ中、乗務員が彼のもとへ駆け寄る様子が確認されている[222]。 後に彼は、叫んでいたのは痛みのためではなく、自分が死にかけていることを理解したためだったと述べた[223]。
ナワリヌイの報道官であるキラ・ヤルミシュはその後、ナワリヌイがオムスクの病院で昏睡状態にあり、人工呼吸器を装着していると述べた。さらに彼女は、その日の朝に起床して以降、ナワリヌイが摂取したのは空港で購入した紅茶1杯のみだったとも述べた。当初は飲み物に何かが混入されたのではないかと疑われ、医師らは「高温の飲料に混入された毒素は急速に吸収される」と説明した。病院側は、状態は安定しているが重篤であると発表した。スタッフは当初、ナワリヌイが毒物を盛られた可能性が高いことを認めていたが、ナワリヌイの病室の外に多数の警察関係者が現れた後、医療スタッフは発言を控えるようになった。オムスク病院の副院長は後に記者団に対し、中毒は検討されている「多数のシナリオの一つ」にすぎないと述べた[222]。
ドイツから医療用航空機が派遣され、ナワリヌイをロシアからベルリンのシャリテ病院(Charité)へ移送する計画が立てられた。当初、オムスクで治療にあたっていた医師らは、容体が重篤であるとして移送は不可能だと判断したが[224]、その後、移送を認めた[225][226]。 8月24日、ドイツの医師団は、ナワリヌイがコリンエステラーゼ阻害剤によって中毒を起こしていたことを確認したと発表した[227]。
ナワリヌイの反汚職財団(FBK)代表であるイワン・ジダノフは、今回の中毒事件は財団による調査活動のいずれかが原因である可能性があると述べた[228]。 9月2日、ドイツ政府は、ナワリヌイがノビチョク系神経剤によって毒殺未遂を受けたと発表した。この神経剤は、セルゲイ・スクリパリおよびその娘が毒殺未遂を受けた際に使用されたものと同系統である。各国の当局者は、毒性検査によって「疑いの余地のない証拠」を得たとして、ロシア政府に説明を求めた[229][230][231]。 9月7日、ドイツの医師団は、ナワリヌイが昏睡状態から回復したと発表した[232]。 9月15日、ナワリヌイの報道官は、ナワリヌイがロシアへ帰国する予定であると述べた[233]。
9月17日、ナワリヌイのチームは、ナワリヌイが滞在していたトムスクのホテルの客室から回収された空の水ボトルから、ナワリヌイを毒殺しようとした際に使用された神経剤の痕跡が検出されたと発表した。これは、ナワリヌイがホテルを出発する前に毒を盛られた可能性を示唆するものである[234]。 9月23日、ナワリヌイは容体が十分に回復したとしてベルリンの病院を退院した[235]。 10月6日、化学兵器禁止機関(OPCW)は、ナワリヌイの血液および尿の検体から、ノビチョク系統に属するコリンエステラーゼ阻害剤の存在を確認したと発表した[236][237][238]。
12月14日、調査報道メディア『The Insider』およびベリングキャットが、CNNおよび『デア・シュピーゲル』と協力して行った共同調査の結果を公表し、ロシアの連邦保安庁(FSB)の工作員がナワリヌイの毒殺未遂に関与していたことを示した[239][240][241]。 この調査では、化学物質を専門とするFSBの特別部隊の存在が明らかにされ、調査チームは通信記録や移動履歴のデータを用いて当該部隊の構成員を追跡した。調査によれば、ナワリヌイは3年にわたり同部隊の工作員による監視下に置かれており、過去にも毒殺未遂が試みられていた可能性があるとされた[242][243][244][245]。 スペイン紙『エル・パイス』のインタビューにおいて、ナワリヌイは次のように述べた。「彼(プーチン)の頭の中で何が起きているのかを正確に理解するのは難しい。……20年の権力は誰であっても堕落させ、狂わせる。彼は自分が何でもできると思っている」[246]。
2020年12月21日、ナワリヌイは、自らがロシアの治安当局者になりすまして電話をかけ、捜査報道メディアの一部によって化学兵器の専門家と特定されたコンスタンチン・クドリャフツェフと会話する様子を収めた動画を公開した。その通話の中で、毒物はナワリヌイの衣服、特に下着に塗布されていたこと、また、航空機の緊急着陸と滑走路上での救急隊による迅速な対応がなければ死亡していた可能性が高いことが明かされた[247]。
2021年1月、ベリングキャット、The Insider、およびデア・シュピーゲルは、ナワリヌイを追跡していた同一の部隊が、他の複数の死亡事件にも関与していた可能性があるとする調査結果を公表した。これには、2014年に死亡した活動家ティムール・クアシェフ、2015年に死亡したルスラン・マゴメドラギモフ、および2019年に死亡した政治家ニキータ・イサエフが含まれている[248]。
同年2月には、別の共同調査により、ロシアの反体制派政治家ウラジーミル・カラ=ムルザが、過去に毒殺されたと疑われている事案の前に、同じ部隊によって尾行されていたことが明らかになった[249]。
欧州連合、イギリス、およびアメリカ合衆国は、ナワリヌイ毒殺事件への対応として、ロシア政府高官に対する制裁措置を発動した[250][251][252][253]。
投獄
[編集]イヴ・ロシェ事件
[編集]2021年1月17日、ナワリヌイはドイツからロシアへ帰国し、ポベーダ航空のDP936便に搭乗した。同便は当初、モスクワのヴヌコヴォ空港に着陸する予定であったが、飛行中に進路を変更し、シェレメーチエヴォ国際空港に着陸した。旅券管理(出入国審査)の際、ナワリヌイは拘束された。ロシア連邦刑執行庁(FSIN)は拘束を確認し、裁判所の審理が行われるまで身柄を拘束すると発表した[254]。
帰国に先立ち、FSINは、ナワリヌイがロシアを出国したことで執行猶予の条件に違反したとして、モスクワ到着時に懲役刑を科される可能性があるとし、帰国次第「拘束する義務がある」と述べていた[255]。 ナワリヌイは2014年に、政治的動機によるものだと主張しているイヴ・ロシェ事件で執行猶予付き判決を受けており、2017年には欧州人権裁判所が同事件において不公正な有罪判決であったと判断している[256][257]。
アムネスティ・インターナショナルはナワリヌイを良心の囚人と認定し、ロシア当局に対して即時釈放を求めた[258]。 2021年2月、同団体はナワリヌイが過去に行ったとされる排外主義的発言に関する抗議が「殺到した」として、この認定を一時的に撤回した[259]。 しかし同年5月、アムネスティはこの決定を撤回し、「個人を『良心の囚人』と認定することは、その見解を支持または是認することを意味しない」とした上で、この認定の主目的は「ロシア当局に対し、彼の権利が速やかに認識され、実行される必要があることを強調すること」にあると説明した[260]。
2021年1月18日の裁判所決定により、仮釈放(執行猶予)条件に違反したとして、ナワリヌイは2月15日まで拘留されることが命じられた[261][262][255]。
ナワリヌイが拘束されていた警察署内には、即席の法廷が設置された。その後、執行猶予付き判決を実刑に切り替えるべきかどうかを判断するための、別の審理が行われることになっていた[263]。
ナワリヌイはこの手続きを「究極の無法状態」と表現し、支持者に対して街頭に出るよう呼びかけた[264]。
翌日、収監中であったナワリヌイと反汚職基金による調査が公開され、ウラジーミル・プーチン大統領が汚職に関与していると告発した[265]。
この調査報道とナワリヌイの拘束を受けて、2021年1月23日からロシア全土で大規模な抗議活動が始まった[266][267]。

2021年2月2日、モスクワの裁判所は、ナワリヌイに言い渡されていた3年6か月の執行猶予付き判決を実刑に変更し、自宅軟禁期間を差し引いた上で、2+1⁄2年以上を矯正労働コロニーで服役するよう命じた[268][269][270][271][272]。Template:Excessive citations inline
この判決は、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランスをはじめとする各国政府および欧州連合(EU)から非難された[270][273][274][275][276][277]。Template:Excessive citations inline
判決発表直後、ロシア各地の都市で抗議行動が行われ、警察による強硬な鎮圧が行われた[278]。
その後ナワリヌイは、名誉毀損罪に関する裁判にも出廷した。この裁判では、前年に2020年ロシア憲法改正を支持する広報動画に出演した第二次世界大戦の退役軍人を中傷したとして起訴された。事件は2020年6月、ナワリヌイが動画出演者を「腐敗した手先」「裏切り者」と呼んだことを受けて立件されたものである。
ナワリヌイは、この訴追を政治的動機によるものだと主張し、当局が自身の評判を貶めるために利用していると非難した。この罪は、有罪と認定された場合、最大2年の禁錮刑が科され得るが、弁護側は、問題とされた発言後に法改正が行われたため、拘禁刑は適用されないと主張した[279][280]。
欧州人権裁判所は2021年2月16日、ロシア政府に対し、ナワリヌイを即時釈放するよう命じる判断を下した。同裁判所は、この決定について「申立人の生命に対する危険の性質および程度を考慮して」下されたものであると述べた。ナワリヌイの弁護団は、同年1月20日の拘束後、釈放を求める「暫定措置」を裁判所に申請していた。
しかしロシア政府関係者は、この判断に従わない意向を示した。法務大臣コンスタンチン・チュイチェンコは、この措置を「主権国家の司法制度の運営に対する明白な介入」であり、「不合理かつ違法」であると批判し、「この決定には、裁判所が当該判断を下すことを正当化するいかなる事実認定や法的根拠も含まれていない」と主張した。また2020年12月には、ロシア憲法が国際機関の判断および国際条約に優先することを定める一連の法律が可決・署名されていた[281][282][283][284]。
数日後、モスクワの裁判所はナワリヌイの控訴を棄却し、実刑判決を支持したが、自宅軟禁期間を刑期に算入する判断を下し、刑期を6週間短縮した。また別の裁判では、第二次世界大戦の退役軍人に対する名誉毀損罪で有罪とされ、85万ルーブル($NaN)の罰金刑が科された[285]。

2021年2月28日、ナワリヌイが最近、ウラジーミル州にあるポクロフ矯正コロニーに移送されたことが報じられた。同施設には、Dmitry Demushkinやコンスタンチン・コトフも収監されていた[286][287][288]。
2021年3月初旬、欧州連合およびアメリカ合衆国は、ナワリヌイの毒殺未遂事件および投獄に対応する形で、ロシア政府高官に対する制裁を科した[253]。
2021年3月、ナワリヌイは正式な申立てにおいて、当局が彼を逃亡の危険がある人物と見なしているとして、睡眠剥奪による拷問を行っていると告発した。ナワリヌイは弁護士に対し、看守が夜間に8回、カメラに向かって彼が独房内にいることを確認するために起こすと述べた。ナワリヌイの弁護士は、彼が感覚喪失などの健康問題を抱えており、脊椎および脚に影響が出ていると述べた。また、刑務所当局は彼の健康状態は「満足できる」として、民間医師の診察要請を拒否しているという[289][290]。
2021年3月31日、ナワリヌイは適切な医療措置を求めてハンガーストライキを開始した[291]。
2021年4月6日、ナワリヌイの健康状態が著しく悪化する中、彼を訪問しようとしたナワリヌイの主治医アナスタシア・ワシリエワを含む6人の医師と、CNNの記者2人が刑務所外で拘束された[292][293]。
2021年4月7日、ナワリヌイの弁護士は、彼が椎間板ヘルニアを2か所発症し、手の感覚を失っていると主張し、これを受けてアメリカ政府から批判が出た[294][295]。
Agnès Callamard国際アムネスティ事務総長は、ウラジーミル・プーチンが刑務所内での拷問および非人道的待遇を通じて、アレクセイ・ナワリヌイを「ゆっくりと殺している」と非難した[296][297]。
ナワリヌイはまた、新聞を読むことや、学習目的で所持していたクルアーンを含む書籍の所持を許可されていないとも訴えた[298]。
翌日、ナワリヌイの娘は、ロシアの刑務所当局に対し父親を医師に診せるよう求めるツイートを投稿した[299]。 この投稿は、彼女が学生として在籍するスタンフォード大学から発信された。
また、J・K・ローリングやジュード・ロウなどの著名人も、ロシア当局に対しナワリヌイに適切な医療を提供するよう求める公開書簡に署名した[300][301][302]。
アメリカ合衆国大統領ジョー・バイデンは、ナワリヌイの扱いを「完全に不公正だ」と述べ、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジェイク・サリバンは、ナワリヌイが死亡した場合には「結果が伴う」とクレムリンに警告したと述べた[303]。
欧州連合(EU)の外交政策上級代表であるジョセップ・ボレルは、ナワリヌイの健康状態についてロシア政府に責任があるとの見解を示した。欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエンも、彼の健康状態に対する懸念を表明した[304]。
一方、ロシア当局は外国からのこうした懸念を退けた。クレムリンの報道官ドミトリー・ペスコフは、ナワリヌイの健康状態を監視しているのは大統領ではなく刑務所当局であると述べた[305]。
2021年4月19日、ロシア連邦刑務当局によると、ナワリヌイは刑務所から受刑者用病院へ移送された[306][304]。 移送の理由は「ビタミン療法」のためであるとされた[305]。
2021年4月23日、ナワリヌイは、医師の助言に従い、また自身の要求が部分的に満たされたと判断したことから、ハンガーストライキを終了すると発表した[307][308]。
June 2021年現在[update]、彼の新聞は依然として検閲されており、記事の一部が切り取られた状態で提供されていた[309]。
2021年4月26日、モスクワ検察庁は、FBK(反汚職財団)を含むナワリヌイの地域事務所ネットワークに対し、これらの組織を過激派組織に指定するかどうかについて裁判所の判断が下されるまでの間、すべての活動を停止するよう命じた。ヴォルコフは、この措置により、検察当局が財団を「過激派」と認定しようとする中で、同組織の多くの活動が制限されることになると説明した[310][311]。
2021年4月29日、ナワリヌイのチームは、5月に予定されている裁判所の判断により同ネットワークが過激派組織に指定される見通しであることを受け、政治ネットワークを解散すると発表した[312]。
ヴォルコフによれば、各地の本部は「調査や選挙、市民キャンペーンや集会を扱う」独立した政治組織へと再編される予定であるという[313]。
同日、ナワリヌイの側近らは、市民の権利を侵害する非営利団体を設立したとする容疑で、ナワリヌイに対する新たな刑事事件が開始されたと発表した[314]。
翌30日には、Team 29の代表であり、過激派指定を巡る訴訟においてナワリヌイ陣営を弁護していた弁護士のイワン・パヴロフが、モスクワで拘束された[315]。
2021年4月30日、ロシアの金融監視当局は、ナワリヌイの地域選挙本部を「テロリストおよび過激派」のリストに追加した[316]。
5月20日、ロシア刑務所当局の責任者およびナワリヌイの盟友であるIvan Zhdanovは、ナワリヌイが「概ね回復した」と述べ、健康状態はおおむね良好であると報告した[317]。
6月7日、ナワリヌイはハンガーストライキの影響から完全に回復した後、刑務所に戻された[318]。
2021年6月9日、モスクワ市裁判所は、ナワリヌイの政治ネットワーク(本部および反汚職基金を含む)を過激派組織に指定し、解散させる決定を下した[319][320]。
モスクワ市裁判所の裁判官ヴィャチェスラフ・ポリガは、モスクワ市検察官デニス・ポポフによる行政訴訟を認め、防御側によるすべての申立てを却下したうえで、反汚職基金を過激派組織と認定し、同団体の解散および資産の没収を命じた。さらに、市民権保護基金についても同様の判断が下され、アレクセイ・ナワリヌイの地域本部の活動は禁止された(事件番号:3а-1573/2021)[321][322]。
本件の審理は、弁護士のイリヤ・ノヴィコフによれば、行政訴訟の本文を含む事件記録が国家機密として分類されていたことを理由に、非公開で行われた[323]。
弁護士のイワン・パヴロフによれば、ナワリヌイ本人は本件訴訟の当事者ではなく、裁判官は当事者としての参加を認めなかった。審理において検察側は、被告団体がロシアにおける政権交代を目指していること、抗議活動の参加者に対し行政罰および刑事罰の罰金を支払う支援を約束していたこと、ならびにヨーロッパ人権裁判所への申立てを行っていたことを理由に、これらの団体が過激派組織に該当すると主張した[324]。
2021年8月4日、モスクワの第一管轄控訴裁判所は第一審判決(事件番号:66а-3553/2021)を支持し、同日付で同判決は確定した[325]。
2021年12月28日、反汚職財団、市民権保護財団、およびアレクセイ・ナワリヌイを含む18名は、第二管轄破毀院に対し、過激派指定を不服として破毀申立てを行った[326]。
2022年3月25日、第二管轄破毀院はすべての申立てを棄却し、下級審の判決を支持した(事件番号:8а-5101/2022)[327]。
2021年10月、ナワリヌイは、ロシアの刑務所当局により「テロリスト」および「過激主義者」に指定されたと述べたが、逃亡の危険性はもはやないとされた[328]。
2022年1月、ロシア当局はナワリヌイおよび側近数名を公式の「テロリストおよび過激主義者」名簿に追加した[329][330]。
2022年6月28日、ナワリヌイは「過激主義者」および「テロリスト」との指定に対する控訴で敗訴した[331]。

追加の起訴
[編集]2022年2月、アレクセイ・ナワリヌイは、新たに詐欺および法廷侮辱の罪で起訴され、さらに10年から15年の禁錮刑を科される可能性があると報じられた[332][333]。
検察側は、ナワリヌイが自身の政治団体に寄付された資金約470万ドル(約350万ポンド)を横領し、さらに裁判官を侮辱したと主張した[334][333]。
この裁判は、ナワリヌイが服役していた矯正施設内に設けられた臨時の法廷で行われた[335]。
Amnesty Internationalは裁判資料を独自に分析し、これらの起訴は「恣意的」であり「政治的動機によるもの」であると結論づけた[336]。
2022年2月21日、検察側証人であるフョードル・ゴロジャンコは、公判においてナワリヌイに不利な証言を拒否し、捜査当局から「望まれる内容の証言をするよう圧力を受けていた」と述べた。また、ナワリヌイが犯罪を犯したとは考えていないと証言した[337]。
同年2月24日、公判中のナワリヌイは、その日に開始された2022年ロシアのウクライナ侵攻を非難し、自身の声明を裁判記録に含めるよう求めた。彼は、この侵攻は「膨大な数の犠牲者、破壊された将来、そしてロシア市民の貧困化の継続につながる」と述べた。また、この戦争は「国内に存在する問題から国民の注意をそらすためのものだ」と指摘した[338]。
2022年3月22日、ナワリヌイは法廷侮辱および横領の罪で有罪判決を受け、厳重警備の刑務所での9年の実刑判決を言い渡された。また、120万ルーブル(約1万3,000米ドル)の罰金の支払いも命じられた[339]。
アムネスティ・インターナショナルは、この裁判を「見せしめ(sham)」であると評した[340]。
2022年5月17日、ナワリヌイはこの判決に対して控訴を開始した。裁判所は、ナワリヌイが移送前に家族と面会するため審理の延期を求めたことを受け、審理を5月24日に再開すると発表した[341]。 2022年5月24日、モスクワ市裁判所は第一審判決を支持し、控訴を棄却した[342]。
2022年5月31日、ナワリヌイは、自身に対して新たに「過激主義」に関する容疑が正式に通知されたと述べ、この容疑により最大でさらに15年の禁錮刑に直面する可能性があると明らかにした[343]。
2022年6月中旬、ナワリヌイは厳重警備刑務所であるIK-6矯正コロニーへ移送された。同施設はウラジーミル州メレホヴォに所在する[344][345]。
2022年9月7日、ナワリヌイは、釈放直後に再び独房(懲罰房)に収容されたと述べ、これは1か月余りで4度目であると明らかにした。彼は、この処遇が刑務所内で労働組合を設立しようとしたことや、自身が制裁対象として挙げた「6000人リスト」に関連する活動への報復であると主張した[346]。[要検証]
翌9月8日、ナワリヌイは刑務所当局により弁護士との秘密交通権を剥奪されたと述べた。当局側は、ナワリヌイが収監中にもかかわらず犯罪行為を継続していると主張した[347]。
2022年10月4日、ナワリヌイの側近らは、ロシアによる動員および戦争に反対するため、彼の地域政治ネットワークを再始動させると発表した[348]。
2022年11月17日、ナワリヌイは、自身が「恒常的な独房拘禁(常時独房)」に置かれていると述べた。彼によれば、刑務所当局が挙げた懲罰理由には、収監者の間で労働組合を設立しようとしたことのほか、襟のボタンを留めていなかったこと、刑務所の中庭を十分に清掃しなかったこと、刑務官を父称ではなく軍階級で呼んだことなどが含まれていた[349]。
2023年1月10日、ロシア国内の医師400人以上が、ナワリヌイに対する刑務所当局の対応について「虐待をやめる」よう求める公開書簡に署名し、プーチン大統領に提出した。これは、ナワリヌイが独房拘禁中にインフルエンザを発症し、弁護士が基本的な医薬品を差し入れることを許可されていなかったことが明らかになったことを受けたものである[350]。
それから1か月も経たないうちに、ナワリヌイは、刑務所規則に違反した受刑者に対して科される、より厳格な拘禁形態である隔離型懲罰房に移送され、最長期間である6か月間の収容を命じられた[351][352]。
2023年8月4日、ナワリヌイは「過激主義活動の扇動」「過激主義活動への資金提供」「ナチス思想の正当化」などの罪に問われ、「特別体制」の矯正施設における追加の19年の刑を言い渡された。モスクワ市裁判所は、非公開審理の末、すべての起訴事実について有罪と判断した[353]。
判決前日の8月3日、ナワリヌイはソーシャルメディアへの投稿で、自身が「スターリン主義的な判決」を受けることを予期していると述べ、支持者に対し汚職との闘いを続けるよう呼びかけた[354]。
弁護団によれば、この判決により、ナワリヌイが釈放されるのは2038年12月になるとされた[355]。
2023年10月13日、ナワリヌイの弁護人であるワディム・コブゼフ、イーゴリ・セルグニン、アレクセイ・リプツェルの3名が、「過激主義組織への関与」の容疑で拘束された。これについてナワリヌイは、「ソ連時代と同じように、政治活動家だけでなく、その弁護士までもが迫害され、政治犯にされている」とコメントした[356]。
IK-3「特別体制」矯正コロニー
[編集]
2023年12月11日、ナワリヌイの側近らは、6日間にわたりナワリヌイと一切連絡が取れていないことを明らかにした。側近らの説明によれば、ナワリヌイは収監されていた矯正施設から連れ出され、その所在は不明となった。この「失踪」は、同年8月に追加で19年の刑を言い渡された後であり、また、プーチン大統領が出馬を表明した2024年ロシア大統領選挙の選挙戦開始時期と重なっていた。ナワリヌイの側近らは、彼がロシアの刑務所制度で最も厳しい区分である「特別体制」矯正コロニーへ移送される準備が進められているとみていた[357]。
ナワリヌイの最後に確認されていた所在は、ウラジーミル州にあるIK-6であり、同年12月15日、施設職員はナワリヌイが同施設を離れ、別の刑務所へ移送されていると述べた[358]。
2023年12月25日、ナワリヌイは、ヤマロ・ネネツ自治管区のハルプにあるIK-3「特別体制」矯正コロニー(通称「ポーラル・ウルフ」)に収容されていることが判明した[357][359][360]。
政治犯としての扱い
[編集]人権団体メモリアルの人権センターは、2021年にアレクセイ・ナワリヌイを政治犯であると認定した[363][364]。
また、欧州評議会議員会議もナワリヌイを政治犯とみなしている[365]。
2024年5月24日、ドイチェ・ヴェレ(DWニュース)は、2024年初頭にナワリヌイとエヴァン・ガーシュコヴィッチが、2019年8月にベルリンのティーアガルテンでジョージア国籍のチェチェン人で反プーチン活動家であったゼリムハン・ハンゴシュヴィリを殺害したとして有罪判決を受けていたワディム・クラシコフとの交換対象となる可能性があったと報じた[366]。なお、クラシコフは、2024年8月の冷戦後では最大のものとなる欧米・ロシア間のスパイ・政治犯等受刑者らの身柄交換で、ロシア側に収監されていた英米人ジャーナリストやロシア人政治犯ら計16人と交換に、他の7人の欧米側に収監されていた受刑者らとともに釈放された[367][368]。
死去と遺産
[編集]
2024年2月16日、ロシア連邦刑執行庁(FSIN)は、ナワリヌイが西シベリアのヤマロ・ネネツ自治管区にある刑務所で死亡したと発表した。発表によれば、同日朝の散歩後に体調不良を訴え、エカテリンブルク時間14時17分に死亡が確認されたとされる。刑務所側の声明では、「必要な蘇生措置はすべて実施されたが、効果はなかった。救急隊員が受刑者の死亡を確認した」とされた[369]。ナワリヌイの報道官であるキラ・ヤルミシュは翌17日、ナワリヌイの死亡を確認するとともに、遺体を家族に引き渡すよう要求した[370]。死去以前、ナワリヌイは刑務所内での不当な扱いにより、栄養失調などの症状を訴え、病院で治療を受けていたことが報じられていた[371]。ナワリヌイの遺体は、2024年2月24日に母親へ引き渡された[372]。2月27日には、ナワリヌイの弁護士であるワシーリー・ドゥブコフが、ロシア当局によるナワリヌイの弁護団および反汚職財団への締め付けの一環として、「公共秩序違反」を理由にモスクワで一時拘束された[373][374]。
2023年10月13日、ナワリヌイの弁護士3名(イーゴリ・セルグーニン、アレクセイ・リプツェル、ワジム・コブゼフ)が逮捕され、刑務所から外部へナワリヌイのメッセージを伝達したとして、「過激派共同体への参加」の罪で起訴された。この罪の法定刑は最長6年の禁錮刑である[375][376]。
ナワリヌイが毒殺未遂事件後にドイツ滞在中から執筆を開始していた回想録『Патриот』は、死後の2024年10月22日に妻ユリア・ナワリナヤによって刊行された[377][378]。ナワリヌイ自身は当初、「化学兵器による暗殺未遂事件を解明するスリラー風の自伝」を構想していたと述べていたが、最終的には「獄中日記」に近い内容となったと語っており、その作風はアレクサンドル・ソルジェニーツィンやウラジーミル・ブコフスキーの著作と比較されている[379]。2025年、同書はロシア司法省によって「過激派資料」に指定された[380]。
2026年2月14日、イギリス、スウェーデン、フランス、ドイツ、オランダ政府共同で、ナワリヌイはヤドクガエルの1種が持つ毒素であるエピバチジンから開発された毒物を使って殺害されたとする分析結果を公表し、ロシア政府を批判する声明を発表した。ナワリヌイの遺体から採取されたサンプルより毒物が検出され、このような物質を調達する手段、動機、機会を持っていたのはロシア政府だけだったと主張した[18][19][17]。
評価
[編集]政治活動
[編集]2010年10月、ナワリヌイは、新聞『コメルサント』および『ガゼータ・ルー』が実施したモスクワ市長選に関するオンライン世論調査で1位となった[381][382]。 彼は約3万票(45%)を獲得し、最も近い競争相手は「すべての候補者に反対」で約9,000票(14%)であった。これに続き、ロシアの元第一副首相であるボリス・ネムツォフが8,000票(12%)を獲得した。総投票数は約6万7,000票であった[383]。
2013年に行われたモスクワ市長選挙におけるナワリヌイの実際の選挙結果(2位)に対する反応は、賛否が分かれた。『ネザヴィシマヤ・ガゼータ』は「この投票キャンペーンは、ブロガーを政治家へと変えた」と述べた[99]。 また、2013年10月のレバダ・センターによる世論調査で、ナワリヌイがロシア国民の間で潜在的な大統領候補者のリストに入り、支持率5%を獲得したことを受け、政治エキスパート・グループ代表のコンスタンチン・カラチョフは、5%はナワリヌイの限界ではなく、特別な出来事が起こらない限り、彼は「大統領選挙における第2位の候補者」になり得ると述べた[384]。
一方で、『ワシントン・ポスト』はミラン・スヴォリクによるコラムを掲載し、この選挙は、ソビャーニンが「クリーンな勝利」を示すために公正に行われたものであり、そうすることで、街頭抗議に出る可能性のあった野党を士気低下させる意図があったと論じた[385]。
また、プーチン大統領の報道官であるドミトリー・ペスコフは、9月12日、「彼の一時的な結果は、彼の政治的力量を証明するものではなく、彼を真剣な政治家として示すものでもない」と述べた[386]。
プーチンは、ナワリヌイに言及する際、公の場で彼の名前を実際に発音することはなく、「ある紳士」などと呼んでいた[387][386]。 ジュリア・イオッフェは、これを野党政治家に対する弱さの表れと受け取った[388]。 また、ペスコフは後に、プーチンがナワリヌイの名前を発音しなかったのは、「[ナワリヌイに]自らの人気の一部を与えないため」であったと述べた[389]。
2015年7月、Bloombergは、「事情に通じた」情報源の話として、ロシアの高官がナワリヌイの名前に言及することについて、クレムリンから非公式な禁止が出されていると報じた[390]。 ペスコフは、そのような禁止が存在するとの見方を否定したが、その際にもナワリヌイの名前には言及しなかった[391]。
支持率
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2013年のレバダ・センターによる世論調査では、ロシア国民におけるナワリヌイの認知度は37%であった[392]。 ナワリヌイを認知している層のうち、14%が、彼の大統領選出馬を「確実に」または「おそらく」支持すると回答した[393]。
また、レバダ・センターは別の調査も実施し、2017年4月6日に公表された結果では、ロシア国民におけるナワリヌイの認知度は55%であった[394]。 ナワリヌイを認知している層のうち、4%が大統領選挙で彼に「必ず投票する」と回答し、14%が「おそらく投票する」と回答した[394]。
同じ調査機関が2020年8月に実施した別の世論調査では、回答者の4%が(政治家の一覧の中で)「最も信頼している政治家」としてナワリヌイを挙げており、これは前月の2%から増加した数値であった[395]。
2020年9月にレバダ・センターが実施した世論調査によると、ロシア人の20%がナワリヌイの活動を支持し、50%が支持せず、18%は彼のことを「聞いたことがない」と回答した[396]。 ナワリヌイを認知している層のうち、10%が彼に「敬意」を抱いていると答え、8%が好意を示し、15%が「彼について悪く言うことはできない」と回答した。31%は彼に対して「中立的」であり、14%は「良い点を挙げることができない」と答え、10%は彼を嫌っていると回答した[397][396]。
刑事事件
[編集]キロフレス裁判の最中およびその後、著名人の多くがナワリヌイへの支持を表明し、または裁判を非難した。最後のソ連指導者であるミハイル・ゴルバチョフは、これを「独立した裁判所が存在しないことの証拠だ」と述べた[398]。 元財務相であるアレクセイ・クドリンは、これは「処罰というよりも、彼を社会生活や選挙過程から隔離しようとする試みに見える」と述べた[399]。 また、小説家のボリス・アクーニンからも批判され[400]、 投獄中のロシアのオリガルヒであるミハイル・ホドルコフスキーは、これをソ連時代における政治的反対派への扱いと類似していると述べた[399]。
民族主義政党LDPRの党首であるウラジーミル・ジリノフスキーは、この判決を「我々の『第五列』に対する直接的な警告だ」と呼び、「これは、西側と結びつき、ロシアに反して活動するすべての者の運命になるだろう」と付け加えた[399]。 また、多くの政府関係者がこの判決を非難した。アメリカ合衆国国務省の副報道官マリー・ハーフは、米国は「野党指導者アレクセイ・ナワリヌイの有罪判決および量刑に非常に失望している」と述べた[401]。 欧州連合のキャサリン・アシュトン上級代表の報道官は、この裁判の結果が「ロシアにおける法の支配の状況について深刻な疑問を提起する」と述べた[399][402]。 ドイツの独露協力調整担当政府代表であるアンドレアス・ショッケンホフは、「我々にとって、これは多様性と多元主義を認めないロシアの権威主義的政策のさらなる証拠だ」と述べた[403]。 『ニューヨーク・タイムズ』は、この判決に対し、「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、実際には弱く不安定に見える」と論評した[398]。
イヴ・ロシェ事件の判決も、同様の反応を引き起こした。アレクセイ・ヴェネディクトフによれば、この判決は「不当」であり、オレグ・ナワリヌイは「人質」に取られた一方で、アレクセイ自身は、キロフレス裁判後の拘束措置変更によって引き起こされたプーチンの「激しい反応」を避けるため、投獄されなかったとされた[404]。 統一ロシアおよびロシア自由民主党(LDPR)から任命された複数の下院議員は、この判決をあまりに軽すぎると評価した[405]。 BBCロシア語サービスが取材した専門家たちは、それぞれが属する組織の一般的な政治的立場に近い反応を示した[406]。 同日、EU外交政策上級代表フェデリカ・モゲリーニの報道官は、この判決は政治的動機によるものである可能性が高いと述べた[214]。
ロシアにおけるナワリヌイに対する世論は、時期によって変化していた。レバダ・センターによると、2011年5月時点では、キロフレス事件が実際の法令違反によって引き起こされたと考えた人は20%であった一方、54%は、この事件の背景にあったのは彼の反汚職活動であると考えていた。2013年5月には、これらの見解を持つ人の割合はそれぞれ28%と47%となった。2013年9月には、それぞれ35%と45%であった。同センターは、これらの変化はメディアにおける対応する報道によって引き起こされたものであると指摘している[407]。
2014年9月までに、これらの割合はさらに変化し、それぞれ37%と38%となった[408]。 また同センターは、別の刑事事件における判決が不当であり、ナワリヌイは無罪であると考える人の割合が、2013年7月の13%から2015年1月には5%へと低下したと述べている。判決が厳しすぎると考える人の割合も、17%から9%へと減少した。一方、判決が妥当または軽すぎると考える人の割合は、2013年7月には26%であったが、2013年9月以降は35%を超えている[408]。
政治的立場
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腐敗
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2011年2月、ナワリヌイはラジオ局 finam.fm のインタビューにおいて、ロシアの主要政党である統一ロシアを「盗人と詐欺師の党」と呼んだ[409]。 2011年5月、ロシア政府はナワリヌイに対する刑事捜査を開始した。この捜査は、メディアでは広く「報復」と評され、ナワリヌイ自身も「治安機関による捏造」であると主張した[409][410][411]。 一方で、「盗人と詐欺師の党」という表現は、反体制派の間で広く用いられるスローガンとなった[412]。
非ロシア系民族
[編集]ナワリヌイのロシア・ナショナリズムに関する見解は、時期によって変化してきた。2011年、ナワリヌイは自身を「ナショナリスト的民主主義者(nationalist democrat)」であると述べている[413][414]。
ナワリヌイは2006年以降、さまざまなロシア民族主義団体が参加する行進である「ロシア・マーチ」に参加していた[415][416][417]。また、2011年のロシア・マーチでは共同主催者の一人を務めた[418][419][416]。
ナワリヌイはまた、北カフカスに属するチェチェン共和国などの共和国政府について、「腐敗しており非効率的である」として、連邦補助金の停止を主張した[415][420][421]。
2007年、ナワリヌイは移民政策を主要課題の一つとする政治運動「国民ロシア解放運動」(NAROD、意味は「人民」)を共同設立した[422]。同運動は、不法移民反対運動および大ロシアといった民族主義団体と連携していた[423]。
同年、ナワリヌイは移民に批判的な内容の動画を複数公開したと報じられている[424][425][426][427]。これらの動画の一つでは、移民の国外追放を主張していたとされる[428]。
また、銃所持の権利を擁護する内容の動画の中で、北カフカス地方の住民(イスラム教徒が多い地域)を「ゴキブリ」に例え、襲われたと想定して発砲する仕草を見せたとして、後年に強い批判を受けた[429][430][431][38]。
これらの過去の言動について、ナワリヌイの側近であるレオニード・ヴォルコフは、ナワリヌイ本人が後年になって2007年の動画を後悔していたと述べている[432]。
2013年、モスクワ市内の地区で発生した民族暴動(移民による殺人事件を契機としたもの)の後、ナワリヌイは反移民運動に一定の理解を示し、民族間の緊張や犯罪は国家の移民政策の失敗によって「不可避的に生じる」とコメントしたと報じられている[433][434]。
一方で、ナワリヌイは後年、「私の基本的な立場は、民族主義者とも対話し、彼らを教育する必要があるということだ。違法移民の問題は、移民を殴ることで解決するのではなく、他の民主的な手段によって解決されるべきだと説明することが非常に重要だ」と述べ、自身の姿勢を説明している[435]。
2016年以降、ナワリヌイは過去の移民問題に関する発言を前面に出さなくなったと指摘されている[436]。
2020年6月、ナワリヌイは人種差別に抗議するBlack Lives Matter(BLM)運動への支持を表明した[437][438]
同性婚
[編集]2017年、ナワリヌイの首席補佐官であるレオニード・ヴォルコフは、ナワリヌイのチームが同性婚の合法化を支持していると述べた[439]。
外交政策
[編集]ナワリヌイの外交政策に関する見解は、時期によって変化してきた[432]。2008年にはロシア・グルジア戦争を支持し、ロシア軍に対してグルジア参謀本部への攻撃を求め、グルジア人を「齧歯類」と呼び、さらにロシア国内のすべてのグルジア国民を国外追放すべきだと主張した[440][441][442]。
その後、ナワリヌイはグルジア人に対する侮辱的発言について謝罪したが、自身の原則的立場は変わっていないとも述べている[441]。また、2008年および2017年に、ロシアはモルドバの分離独立地域である沿ドニエストルの独立を承認すべきだと主張した[443]。
ウクライナ
[編集]2012年初頭、ナワリヌイはウクライナのテレビ番組で「ウクライナとベラルーシはロシアの自然な同盟国であり、ロシアの外交政策はウクライナおよびベラルーシとの統合に最大限向けられるべきだ……実際には、我々は一つの民族である」と述べた。一方で、ウクライナの独立や国民的アイデンティティそのものに反対しているわけではないとも発言した[444][22]。
同じ放送の中でナワリヌイは、「ウクライナをロシアに編入することを目的とした侵攻計画が至る所に存在するという陰謀論が見られる」としつつ、「クレムリンに座る4人がウクライナをロシアに加えるかどうかを決めているわけではない」とも述べた[22]。
2014年3月、ロシアのクリミア併合を受け、ナワリヌイはプーチンと関係のある高官や実業家に対する追加制裁を西側諸国に求め、自身の制裁対象者リストを提案した。彼は、それまでの米国および欧州連合による制裁について「嘲笑されている」と批判した[445]。
同年10月、ナワリヌイはクリミアの帰属問題について、新たで公正な住民投票によって決定されるべきだと主張した[446]。また、プーチン政権はドンバスにおける戦争への「資金援助」を停止すべきだとも述べた[446]。
ナワリヌイは、ウクライナにおけるウラジーミル・プーチンの政策を強く批判し、次のように述べている。「プーチンは『ロシア世界』について語るのが好きだが、実際にはそれを縮小させている。ベラルーシではサッカースタジアムで反プーチンの歌が歌われ、ウクライナでは単純に我々は嫌われている。現在のウクライナでは、極端な反ロシア的立場を取らない政治家は存在しない。反ロシアであることが成功の鍵になっており、それは我々自身の責任だ」[447]。
2018年、ウクライナ正教会が独立教会として承認され、これはウクライナにおける支配的宗教に対するロシアの霊的・世俗的支配が3世紀以上にわたって続いてきた状況の終焉と位置づけられた。この出来事についてナワリヌイはTwitterで、「何世紀もかけて築かれたものが、プーチンとその愚か者たちによって4年で破壊された……プーチンはロシア世界の敵だ」と述べた[448][449]。
2022年4月5日、ウクライナで発生した戦争犯罪に言及し、ナワリヌイは、ロシア国営メディアにおける「嘘の怪物的規模」は「想像を絶するものであり、残念ながら、代替的な情報にアクセスできない人々に対しては、その説得力も同様に想像を超えている」と述べた[450]。
またナワリヌイは、ロシア国営メディアにおける「戦争扇動者」について、「編集長からトーク番組の司会者、ニュース編集者に至るまで、彼らは今すぐ制裁され、いずれ裁かれるべきであり、戦争犯罪人として扱われるべきだ」とツイートした[451]。
翌月、ナワリヌイはこの侵攻について、「嘘に基づいた愚かな戦争」であると非難した[452]。
ナワリヌイは、2022年ロシアの部分的動員を批判した[453][454]。
2022年9月21日の法廷審理において、ナワリヌイは次のように述べた。「一つだけ理解できないことがある。軍には100万人がいる。国家親衛隊(ロスグヴァルディア)には35万人、内務省にはさらに150万から200万人、連邦刑務執行局にも多数の人員がいる。なぜ一般市民を動員するのか」[455]。
さらに2日後の別の法廷審理では、次のように発言した。「あなた方のШИЗО(懲罰独房)で私の口を封じることはできない。これは私の国に対する犯罪だ。私はこれに関与しないし、沈黙もしない。私の声を聞くすべての人々も、沈黙しないことを願っている。なぜなら、今起きていることは、ШИЗОでの12日や112日などよりもはるかに恐ろしいからだ。これは歴史的犯罪であり、何十万人もの人々をこの犯罪に巻き込んでいる」[456][457]。
2023年2月20日、ナワリヌイは、ウラジーミル・プーチンが「地図上で国を大きく見せるためだけに、ロシア自身の未来を破壊している」と非難し、ロシアはウクライナ占領を終結させ、ソビエト連邦の崩壊後の1991年に確立された国境を承認すべきだと述べた。また、戦後にはウクライナへの賠償を行う必要があるとし、戦争犯罪について国際的な調査を求めた。その中で、「数万人の無実のウクライナ人が殺害され、さらに数百万人が苦痛と苦難に見舞われている」と述べた[458]。
2024年2月1日、ナワリヌイは側近らとともに、2024年ロシア大統領選挙の投票3日目にあたる日に、支持者らに対し、ウラジーミル・プーチンおよびウクライナ侵攻への抗議として、同時刻に投票所へ行きプーチン以外の候補に投票する行動を呼びかけた[459]。
シリア
[編集]2016年、ナワリヌイはシリア内戦へのロシアの軍事介入に反対する立場を示し、ロシアは対外戦争に関与するよりも、国内に存在する問題の解決を優先すべきだと述べた[460]。また、アサド政権について「軍事政権を代表する存在」であり、ロシアはこれを「救おうとすべきではない」と主張した。さらに、シーア派イスラム主義のイランおよびヒズボラと同じ側に立って戦争に介入することは、ロシア国内の多数派を占めるスンナ派ムスリム社会に怒りを引き起こしていると指摘した[461]。
表彰
[編集]
ナワリヌイは、ロシアの経済紙『ヴェードモスチ』によって「2009年の人物(個人部門)」に選出された[462][463]。また、証券市場を扱う評論誌『Stock in Focus』からも同年の人物に選ばれている[464]。
2010年4月22日には、雑誌『Finance』より「少数株主の権利擁護」に対する功績を評価され、同誌の賞を受賞した[465][466]。
2011年、米誌『フォーリン・ポリシー』は、ナワリヌイを「政府の透明性という新たな世界を形成した」人物として、ダニエル・ドムシャイト=ベルクおよびチュニジアのサミ・ベン・ガルビアとともに「FP グローバル・シンカー100人」に選出した[467]。同誌は2012年にもナワリヌイを再び選出している[468]。
2012年には、米誌『タイム』によって、世界で最も影響力のある人物100人(タイム100)の一人に選ばれ、同年のリストに掲載された唯一のロシア人となった[469]。 2013年には、英国誌『プロスペクト』が実施したオンライン投票において、「世界の思想家」ランキングで48位に選ばれた[470]。
2015年、アレクセイ・ナワリヌイと弟オレグ・ナワリヌイは、「欧州の記憶と良心のプラットフォーム賞(2015年)」の受賞者に選ばれた。同プラットフォームは声明において、次のように述べている。「本年、プラットフォームの加盟団体は、ロシア連邦において基本的な民主的価値および自由を擁護するための個人的勇気、闘争、犠牲を認め、ナワリヌイ兄弟に投票した。本賞の授与を通じて、プラットフォームは、政治犯であると考えるオレグ・ナワリヌイ氏、ならびに汚職を告発し、政治的多元主義を擁護し、ロシア連邦における権威主義体制の強化に反対してきたアレクセイ・ナワリヌイ氏に対する敬意と支持を表明するものである」[471]。
2017年6月、ナワリヌイは米誌『タイム』が発表した「インターネット上で最も影響力のある25人」に選出された[472]。 同年12月には、ロシアの経済紙『ヴェドモスチ』によって「2017年の政治家」に選出された[473][474]。
2019年には、『ヴェドモスチ』の読者投票により「2019年の政治家」に選ばれた[475]。
ナワリヌイは、ノルウェー国会議員複数名によって2021年のノーベル平和賞候補に推薦された[476][477]。 また、ナワリヌイの候補推薦を支持するノーベル委員会宛てのオンライン請願には、38,000人以上が署名した[478]。
2021年2月に投獄された後、ボリス・ネムツォフ自由財団はナワリヌイに対し、「ボリス・ネムツォフ勇気賞」を授与した[479]。 また、チェコのプラハでは、ロシア大使館正面に位置するボリス・ネムツォフ広場およびアンナ・ポリトコフスカヤ遊歩道の近くに、「アレクセイ・ナワリヌイ展望台」が設置された[480][481]。
2021年6月8日、ジュネーブ人権・民主主義サミットにおいて、ナワリヌイの娘が父に代わり「道徳的勇気賞」を受け取った。ナワリヌイはこの賞を政治犯に捧げた[482]。 同年9月、ナワリヌイは米誌『タイム』の「世界で最も影響力のある100人」に選出された。これは2012年に続き、2度目の選出であった[483]。
2021年9月、ナワリヌイはカジミェシュ・プワスキ財団から「自由の騎士賞」を授与された[484]。
2021年10月、ナワリヌイは欧州議会が毎年授与する人権賞であるサハロフ賞を受賞した[485]。 欧州議会議長のダヴィド・サッソーリは、同賞について「ナワリヌイはウラジーミル・プーチン政権の腐敗と休むことなく闘ってきた。その結果、自由を奪われ、命さえ危険にさらされた」と述べ、授賞理由を説明した[486]。
同年後半には、表現の自由を守る活動が評価され、ドイツの「M100メディア賞(M100 Media Award)」を受賞した[487]。
2022年には、米国市民的勇気賞(U.S. Prize for Civil Courage)を受賞した[488]。
2023年には、ナワリヌイの生涯を追ったドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』が、ダニエル・ローア監督のもと制作され、第76回英国アカデミー賞で最優秀ドキュメンタリー賞を、また第95回アカデミー賞で最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した[489][490][491]。
家族・私生活
[編集]ナワリヌイは、ユリア・ナワルナヤ(旧姓:ユリア・ボリソヴナ・アブロシモワ)と結婚しており、2人の子どもがいる[24]。長女のダリア(ダーシャ)は、2019年9月にスタンフォード大学で学部課程を開始した[492]。
1998年以降、ナワリヌイは主にモスクワ南東部のマリイノ地区にある3部屋のアパートに居住していた[493]。
当初は無神論者であったが、のちにロシア正教会の信徒となった。正教会に帰依したことで「大きく普遍的なものの一部になったと感じるようになった」と語っている[494]。
2021年1月17日、ドイツで毒殺未遂事件の治療を受けた後、ロシアへ帰国した直後に再び逮捕された[229]。当初はウラジーミル州のIK-2に収監され、その後、同州メレホヴォにある最高警備レベルのIK-6へ移送された[495][345][335]。
2021年5月、アムネスティ・インターナショナルは、ナワリヌイを良心の囚人に指定した。これは、同団体が、彼の収監が主として政治的信条に起因すると判断したことを意味する[260]。
評伝・受賞歴(本人についてのドキュメンタリー映画を含む)
[編集]- ロシアの経済新聞『ヴェドモスチ(«Ве́домости»)』紙が毎年選ぶ「今年の人」で、2009年の「今年の人」に選ばれている[499]。
- 2010年、米国イェール大学の「ワールドフェロー・プログラム(World Fellows Program)」でワールドフェローに選ばれている[500]。このプログラムは次世代リーダーの世界的ネットワークをつくり、国際的理解の幅を広げることを目的としたもので、イェール大学が旅費等を負担して招待、同大学で9月から12月までの3ヶ月間研修などを受けることのできるプログラムであり、毎年10人程が選抜される[501]。
- 2011年、英国放送協会(BBC)はナワリヌイを「過去5年の間ロシアに現れた反体制派の人物で、(ナワリヌイは)唯一重要な人物であると言えるだろう」と評した[502]。
- 2012年、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙はナワリヌイを「ウラジーミル・プーチンが最も恐れる男」と紹介し[503]、米国『タイム』誌が選ぶ2012年版「世界で最も影響力のある100人」には、ロシア人では只一人ナワリヌイが選ばれた[504]。
- 2021年、複数のノルウェーの国会議員からノーベル平和賞候補に推薦され[505][506]、これを支持する38000人を超える署名がノーベル委員会に寄せられた[507]。
- 2022年、人権や民主主義を守る活動の功績に贈られるサハロフ賞を受賞。欧州議会で行われた授賞式には、収監中の本人に代わりに長女が代理出席した[508]。
- 2023年、『ナワリヌイ (映画)』が英国アカデミー賞におけるドキュメンタリー賞と第95回アカデミー賞におけるアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した[509][510]。この映画は、毒殺未遂事件から、ベリングキャットと協力しての暗殺犯一味の特定・追及、空港での拘束を中心に、ナワリヌイと同志たちを追ったドキュメンタリー映画で、2022年公開された[511][512][513]。
著作・出版物
[編集]関連項目
[編集]- 2011年ロシア反政府運動
- プーチン宮殿 - ナワリヌイがその存在をYouTube上で暴露
- ジュリアン・アサンジ
- ゴンザーロ・リラ
- エドワード・スノーデン
- ジェフリー・エプスタイン
- 反汚職基金 ‐ アレクセイ・ナワリヌイが設立者。前身は、РосПил。
- 『プーチンのための宮殿・史上最大の賄賂の物語』 ‐ 反汚職基金によって不正の証拠として公開された動画。
- ИК-3 Харп - 北極圏ヤマロ・ネネツ自治管区にある刑務所。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ ロシア語の「да(ダ)」は「はい」を意味する。
- ↑ ナワリヌイは次のように主張したとされる。「我々の声明の前文には、ヤブロコ党がいかなる民族的・人種的対立およびいかなる排外主義にも断固として反対することが明確に記されている。しかしこの件においては、憲法が武器を持たず平和的に集会する権利を保障していることを踏まえると、発表された形でロシア行進を禁止することは、主催者をより望ましくない行動へと追い込みかねない。そのため我々は、モスクワ市政府に対し許可を求めているのである。」[34]
- ↑ ロシア連邦法第95号「政党に関する法律」第15条第7項に基づく[68]。
- ↑ 2013年9月8日にロシア中央銀行が設定した為替レートによる[95]。
出典
[編集]- ↑ “Protests, poisoning and prison: The life and death of Russian opposition leader Alexei Navalny”. Associated Press. 2024年2月16日. 2025年12月23日閲覧.
- ↑ “The Anti-Corruption Foundation”. Anti-Corruption Foundation. 2025年12月23日閲覧。
- ↑ “Alexei Navalny: Anti-corruption campaigner, opposition leader and political prisoner”. European Parliamentary Research Service (EPRS) (2024年2月16日). 2025年12月23日閲覧。
- ↑ “Statement on Alexei Navalny’s status as Prisoner of Conscience”. Amnesty International (2021年5月7日). 2025年12月23日閲覧。
- ↑ “Sakharov Prize 2021: Parliament honours Alexei Navalny”. European Parliament (2021年12月15日). 2025年12月23日閲覧。
- ↑ “Director's Statement on Alexey Navalny”. Yale World Fellows (2024年2月16日). 2025年12月23日閲覧。
- ↑ “Class of 2010 - Yale World Fellows”. Yale World Fellows. 2025年12月23日閲覧。
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