みなもと太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
みなもと 太郎
本名 浦 源太郎
(うら げんたろう)
生誕 (1947-03-02) 1947年3月2日(70歳)
日本の旗 日本京都府
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1967年 -
代表作 風雲児たち
受賞 2004年:第 8回「手塚治虫文化賞・特別賞」を受賞。(『風雲児たち』)
テンプレートを表示

みなもと 太郎(みなもと たろう、本名:浦 源太郎(うら げんたろう)、1947年3月2日[1] - )は、日本漫画家京都府[1]京都市北区出身。代表作は『風雲児たち』『ホモホモ7』。ペンネームは本名のファーストネームを読み替えたもの。

来歴[編集]

京都市北区に生まれる。京都市立日吉ヶ丘高校美術課程を卒業後[1]、呉服商の悉皆屋勤務を経て東京へ転居。学生時代には京都で映画の仕出しのアルバイトで時代劇や『アゴン[注 1]等に出演。1967年9月、『別冊りぼん秋の号』に掲載された『兄貴かんぱい』でメジャーデビュー[1]

1970年、『週刊少年マガジン』(講談社)で連載が始まった前衛的ギャグ漫画ホモホモ7』が高い人気を得る。1979年、『コミックトム』(潮出版社)連載『風雲児たち』で歴史漫画家としての作風を確立し、以降、歴史漫画を主に執筆する。

デビュー当初から商業誌で活躍するかたわら、創作集団「作画グループ」のメンバーとして、作品を発表し続けている。

人物[編集]

絵柄は基本的には典型的なギャグ漫画家らしいディフォルメ、かつ単純化されたものであるが、劇画調や少女漫画調、アニメ絵調の作画もでき、それらを同一漫画内で描き分ける。特に女性登場人物については少女漫画調に描くのが普通であり「女性を描く際は男性よりも10倍時間をかける」との事である。また、男性キャラについては、外見が同一のキャラクターが複数作品に登場する、みなもと太郎いわく「スターシステム」と呼ばれる手法を採用している。具体的には、『レ・ミゼラブル』のマリウスと『風雲児たち』の吉田松陰や『ホモホモ7』の主人公と坂本龍馬などがその例である。

「おたく文化は世界に通じる」との持論から、50歳を過ぎてコミックマーケットに参加。アニメ絵のきわどい女性イラストを雑誌に載せたり自費出版するなどしている。

彼が惚れ込んでいた漫画家・あすなひろし作品の再評価と普及に力を注いでいる。ながやす巧のファンでもあり、ながやすの画業45周年を記念した作品集には解説を寄稿し、ながやすの執筆する『壬生義士伝』では新選組隊士に「源太郎」の名前が出るシーンがある。

『人類み〜んな「十界論」』(第三文明社)では、創価学会員である事を語り、同著含む複数の著書に教義を解説する漫画を書いている。

和田誠の映画の名ゼリフについての作品『お楽しみはこれからだ 映画の名セリフ』をもじった「お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ」を『月刊マンガ少年』(朝日ソノラマ)に連載した。

2004年第8回「手塚治虫文化賞・特別賞」を受賞。受賞内容は『歴史マンガの新境地開拓とマンガ文化への貢献に対して』のものであり、代表作『風雲児たち』の業績を評価された故の受賞である。2010年には『風雲児たち 幕末編』で第14回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。

VOW』の常連投稿人としても知られる。

歌手の加橋かつみとは幼馴染。

祖父に漆原松吉という人物がおり、明石元二郎の部下として様々な諜報活動に従事し、若かりし頃の甘粕正彦を部下に持ち、親交を持つなどしていたらしいが、詳しい資料等はなく、みなもと太郎の母も高齢のため取材出来ず、真偽は不明となっている。のちに、この事を題材とした『松吉伝』を執筆している。

作品リスト[編集]

漫画[編集]

イラスト[編集]

評論[編集]

アニメ[編集]

出演[編集]

関連人物[編集]

坂本ハヤト
弟子。コミックマーケットの参加にあたっては、みなもとの方が坂本に色々と教わっている。

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 放送では出演シーンはすべてカットとなっている[2]
  2. ^ 本作は「風雲児外伝6」となる[1]
  3. ^ この二人は同性愛的な独自の世界を展開するため、ストーリーが斜め上になる。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 『冗談新選組』(イースト・プレス)著者紹介より。
  2. ^ 『挑戦者たち 増補改訂版』P.42。
  3. ^ 大江戸ロケット”. マッドハウス. 2016年5月22日閲覧。
  4. ^ 正月時代劇『風雲児たち』クランクインしました。実は...この方も登場します。”. NHK (2017年11月10日). 2017年11月11日閲覧。

外部リンク[編集]