逮捕

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逮捕(たいほ)とは、捜査機関または私人が被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止するため強制的に身柄を拘束する行為をいう。

逮捕の種類

現行法上、逮捕には次の3種類がある。

  • 通常逮捕
  • 緊急逮捕
  • 現行犯逮捕

通常逮捕

通常逮捕とは、事前に裁判官から発付された逮捕状に基づいて、被疑者を逮捕することである(憲法33条刑訴法199条1項)。これが逮捕の原則的な形態となる。

逮捕状の請求権者は、検察官又は司法警察員[1]である(刑訴法199条2項)。逮捕状の請求があったときは、裁判官が逮捕の理由(「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」。嫌疑の相当性)と逮捕の必要を審査して、逮捕状を発付するか(同条、刑事訴訟規則143条)、請求を却下するか判断する。ただし、法定刑の軽微な事件[2]については、被疑者が住居不定の場合又は正当な理由がなく任意出頭の求めに応じない場合に限る(刑訴法199条1項)。裁判官は、必要であれば、逮捕状の請求をした者の出頭を求めてその陳述を聴き、又はその者に対し書類その他の物の提示を求めることができる(刑訴規143条の2)。

逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない(刑訴法201条1項)。逮捕状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、被疑者に対し被疑事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる(同条2項・73条3項。緊急執行)。ただし、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない(同条2項・73条3項ただし書)。

明文規定はないものの、逮捕に際しては社会通念上逮捕のために必要かつ相当と認められる限度で実力行使が認められると解されている[3]。反抗を制圧し、手錠をかけ、腰縄をつけることなどがこれに当たる。このように、実力行使は警察比例の原則に基づいて認められるため、逮捕されたからといって必ずしも手錠がかけられるわけではない。一般には逮捕状を呈示し被疑事実と執行時刻を確認読み上げして連行する形が取られる。

緊急逮捕

現行犯逮捕

逮捕と人権

無罪推定の原則

逮捕された被疑者は、市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条2項にもあるように、刑事上の事実認定や法上の取り扱いにおいて無罪を推定されている立場である。

逮捕と大衆意識

犯罪を犯した疑いの強い者について、裁判官を納得させられる程度の疎明資料を捜査機関が揃えれば逮捕状が発付されるため、被疑者=犯人ではない。しかし、日本人の大衆意識としては、逮捕は有罪判決と同然、すなわち「逮捕(すること)=有罪(にすること)」が一般的であるとされ、被疑者が身柄を確保されることはしばしば「犯人逮捕」と呼称され[4]、「逮捕された時点で既に有罪が確定」したとしても同然として認識されているということができ、以下の理由から日本におけるこのイメージが根強く残っている。

  • 相当程度確実な証拠が得られなければ逮捕しないことが多いこと、現実に逮捕・起訴された場合の有罪率('起訴有罪率)の高さ(精密司法」を参照のこと)。検察官は、間違いなく公判維持・有罪にできると考える事件以外は、嫌疑不十分による不起訴(又は起訴猶予)の処分を行う。
  • 被疑者が心神喪失など精神面での障害がない成人であれば、ほぼ確実に実名報道される(精神科に通院中または通院歴がある者については、いじめ偏見の対象になりやすいため、実名を上げないことが多い)。後日冤罪などで無罪が確定したとしても、実名報道したメディアには謝罪する義務が一切課せられていない(2000年代からは報道が適切だったかを省みる「検証報道」が行われるようになっている)。
  • 被疑者としての氏名が世間に知られた以上、大きな社会的制裁を受けたのに等しい。村八分さえ起きている(名張毒ぶどう酒事件)。
  • マスメディアによる犯人視報道(メディアパニッシュメント)- 刑事裁判においては、裁判官に予断を抱かせるような証拠を提出すること自体が制限されているが(例:伝聞証拠の禁止)、メディアにおいてはそのような制約がないため、法廷では証拠能力が認められないような情報源に基いたものも含んだ被疑者・被告人の犯人視報道が野放しとなっている[5]
  • 犯罪を取り上げた映画テレビドラマ小説の影響(あらかじめ犯人が設定されていないと物語が成り立たない。また、特に刑事ドラマでは警察官を主人公としているため、あくまで警察官にとっての区切りの一つにすぎない。「犯人を逮捕した時点」で事件解決との筋立てとなっており、さらに「逮捕した瞬間で時効が停止」するという誤った認識で書かれることもあり、検察送致、裁判を省略しているため、誤解を生じやすい(警察官にとっても検察側証人として出廷しなければならないことがあるなど終着点ではない)。

身体検査

拘置所や留置場では被疑者が違法な物品を施設内にもちこまないように身体検査がおこなわれるが、その際、全裸にされたり肛門を検査されたりすることが屈辱的だとしてしばしば人権問題になることがある[6]

海外渡航等の制限

海外渡航の際に、逮捕歴の有無により外国への入国が認められなかったり、査証(ビザ)の免除が受けられないことがある。例えば米国ビザ免除プログラムは逮捕歴のある者には適用されないため、逮捕歴のある者は入国に先立って査証を取得する必要がある[7]

逮捕の基準

逮捕の手段として最も一般的である通常逮捕は、裁判官の発付する令状(逮捕状)によってのみ執行することができる。いずれの逮捕も拘束時間は原則として警察で48時間・検察で24時間の最大72時間(検察官による逮捕の場合は48時間)である。

その後、必要に応じて上記時間内に勾留請求がなされ、裁判所がこれを認めればさらに10日間(延長されれば最大20日間)の勾留がなされる(マスコミ用語では「拘置」と呼ばれる)。

逮捕は逃亡および罪証隠滅の虞がある場合に行われるので、逆に言えばそれがなければ被疑者を逮捕する必要はない。その場合は任意調べの後に、起訴相当と考えられれば関係書類をまとめて検察庁に送り、移管する[8]。これで警察における捜査は終了。マスコミでは書類送検と呼ぶ(訴訟手続上、身柄の有無にかかわらず検察官送致という)。

殺人罪傷害致死罪といった人命に関わる犯罪の場合や、強盗覚せい剤取締法違反、また強姦強制わいせつ罪のような性犯罪はほぼ逮捕され、自動車を運転して事故を起こした場合(危険運転致死傷罪自動車運転過失致死傷道路交通法違反など)も逮捕されることが多い。

逮捕の目的

法上の目的は、罪証隠滅の恐れ、もしくは逃亡のおそれがある場合における被疑者の身柄の確保にあるが、捜査員の主観においては被疑者の取調べが主な目的であり、また、マスメディアで取り上げられるような著名な事件では、見せしめを狙った逮捕や、権力に逆らう人物を弾圧目的で逮捕する例も見られるといわれる。

再逮捕

再逮捕の定義

再逮捕(さいたいほ)とは、既に逮捕されている者を釈放した後に、または釈放することなく引き続き勾留した状態で再度逮捕することである。具体的な手続は逮捕状を示し、再逮捕する旨の告知で終わる。再逮捕の被疑事実は、前の逮捕の被疑事実と異なる場合と同一の場合とがある。

異なる被疑事実での再逮捕

マスコミ報道などでよく耳目にするのは、異なる被疑事実での再逮捕である。見出しでは単に「再逮捕」となっていても、本文では例えば「死体遺棄容疑で身柄拘束中の被疑者殺人容疑で再逮捕した」などと記されている。このような再逮捕は疑いなく合法であり、後述のようにマスコミによる法律用語の誤用とする指摘もある。

同一の被疑事実での再逮捕

同一の被疑事実での再逮捕は「再逮捕・再勾留禁止の原則」との関係で問題があるため、法律学においてはもっぱらこちらのケースの「再逮捕」が論議の対象となっている。そのため、法律学において単に「再逮捕」と言った場合は、この同一の被疑事実による再逮捕のみを意味することが多い。

逮捕には身柄拘束期間の上限が規定されているが、もしも同一の被疑事実での再逮捕を許したのならば、捜査機関は逮捕を繰り返すことで好きなだけ身柄拘束期間を延ばすことが可能となってしまい、この上限規定を無意味なものにしてしまう。そこで、同一の犯罪事実については、逮捕は1回しか許されないというのが、刑事訴訟における原則となっている(再逮捕・再勾留禁止の原則)。

ここで問題となるのは、同一の被疑事実か否かの判定方法である。また、釈放後に重大な新証拠の発見があった場合や逮捕後に被疑者が逃亡したような場合にも二度と逮捕できないとするのは不合理であるため、再逮捕・再勾留禁止の原則の例外が認められる条件が問題となる。

マスコミ用語と法律用語

マスコミが法律用語を誤用したり、あらたに法律用語のような言葉を作り出すのはよくあることで、この様な例としては、「更改」「容疑者」「被告」などが挙げられている。「再逮捕」についてもこのような例として挙げられることがあるが、マスコミだけでなく法実務の現場においても両方のケースが「再逮捕」と呼ばれているという指摘もある。

脚注

  1. ^ 警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。
  2. ^ 30万円(刑法暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、2万円)以下の罰金拘留又は科料に当たる罪に関する被疑事件。
  3. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 1975年4月3日 、昭和48(あ)722、『傷害被告事件』。
  4. ^ 近年では犯人逮捕の呼称が報道で用いられるのはハイジャック、立てこもりなど凶悪事件の現行犯等、逮捕された人物が疑う余地なく犯人であるケースに多くそれ以外の場合においては、犯人ではなく容疑者の呼称が多く用いられる。
  5. ^ そのため、後日に被疑者・被告人による名誉毀損損害賠償請求が認められるケースもある。
  6. ^ 日本弁護士連合会 (1993年). “日本国内における身体検査”. 問われる日本の人権. 日本弁護士連合会. 2009年3月5日閲覧。
  7. ^ 米国大使館 ビザ免除プログラム有罪判決の有無にかかわらず逮捕歴のある方、犯罪歴(…)がある方…に該当する旅行者は、ビザを取得しなければなりません。ビザを持たずに入国しようとする場合は入国を拒否されることがあります。」
  8. ^ 移管を受けた検察官が取調べの上「公訴提起をする程の事件でもない」と考えれば不起訴や起訴猶予処分にして終える事もある。これを「起訴便宜主義」という

関連項目