早坂好恵
プロフィール | |
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愛称 | よえ、よえちゃん |
生年月日 | 1975年9月25日 |
現年齢 | 48歳 |
出身地 | 日本・沖縄県那覇市 |
血液型 | A |
公称サイズ(時期不明) | |
身長 / 体重 | 155 cm / ― kg |
スリーサイズ | 82 - 58 - 82 cm |
靴のサイズ | 23.0 cm |
活動 | |
デビュー | 1990年 |
ジャンル | タレント |
他の活動 | 実業家、歌手、女優 |
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早坂 好恵(はやさか よしえ、1975年9月25日 - )は、日本のタレントである。本名、脇田 好江(旧姓:平田)。沖縄県那覇市出身。堀越高等学校卒業。所属事務所は田辺エージェンシー→大阪テレビタレントビューロー(TTB)。
来歴・人物
琉球舞踊の家元[1] の父と高校教師の母[2] の間に、男と女の双子として生まれる。9歳から「沖縄アクターズスクール」に在籍[1] し、同校在籍中から地元のテレビ番組である「沖縄クラブハートキャッチTV」に出演していた里中茶美、奥永知子とともにポニーキャニオンの「HeBeE」プロジェクトに参加した。1989年、14歳で単身上京し田辺エージェンシーに所属[1]。翌1990年に15歳でアイドルとしてデビュー[3] 以降、7枚のシングルと2枚のオリジナルアルバムをリリースした。デビュー当時のキャッチフレーズはバクダン小娘。
『THE夜もヒッパレ』では、広瀬香美の歌を原曲のキーで歌いこなすほどの実力を有していた。また、同級生で同期デビューの西野妙子や芸人のジミー大西と大親友だった。
バラエティ番組では『森田一義アワー 笑っていいとも!』にレギュラー出演。日本テレビ系列の『マジカル頭脳パワー!!』にも準レギュラーとして出演していた。その他、数多くのバラエティ番組に出演し、1990年代を中心にバラドルとしての活躍が目立った。
『Dr.スランプ』の大ファンであり、1997年1月6日に生放送されたNHK-BS2「BSマンガ夜話」にDr.スランプファンのひとりとしてゲスト出演している。
かねてよりプロレスファン(ジャンボ鶴田のファン)を公言しており、諸団体の会場に出没し、神取忍vs.北斗晶戦(1993年4月2日、横浜アリーナ)も浅草キッドとともにプライベートで観戦したという。また、かつては田上明のファンでもあり、全日本プロレス中継ではゲストとして田上のタイトルマッチの副音声を担当したこともあった。
2003年、知人を通じて当時大阪プロレスのレスラーだったスペル・デルフィンと交際を開始し[4]、2003年12月に結婚。2004年1月に大阪プロレスへ「第一号のタレント」として移籍した。
2007年12月5日、第一子となる女児を出産。その後、沖縄プロレスをやりたいという夫・デルフィンの意向で、2008年に生まれ故郷の沖縄へ移住し、タレント活動を休業。同地で子育てに専念していた[3] が、2009年にタレント活動を再開した。
2011年4月1日付で、関西国際空港旅客ターミナルビル2階ブルーシールアイスクリーム関西国際空港店のオーナー兼店長に就任した。
ディスコグラフィー
シングル
- 絶対!Part2(1990年10月24日)
- (c/w) かたくなかたくな
- キミに本命申し上げます(1991年2月21日)
- (c/w) 黄昏にようこそ
- 逆転タイフーン(1991年5月22日)
- (c/w) はらほろひれはれ
- ハレルヤ(1991年8月21日)
- (c/w) ばきゅん!
- ガンバロウ(1992年4月17日)
- (c/w) ギャグ
- キミは大丈夫(1992年10月21日)
- (c/w) ビビディ・バビディ・ブー
- カモン! カラオケ(1994年6月16日)
- (c/w) サプライズ!
アルバム
- ぎゃふん(1991年3月21日)
- 絶対!Part2
- 恋はあはは
- 神様ほしい
- オカドチガイ
- 黄昏にようこそ
- 底ぬけ脱線ガール
- ぎゃふん
- 発恋
- 早坂好恵劇場 ”好恵の『てんこもりだよ人生は』”
- 絶対!
- HAYASAKA(1992年11月20日)
- 逆風タイフーン
- ちゃんと
- ナカヨシ
- 天使のバカヤロー
- 恋愛用語の基礎知識
- どつぼ
- ドンパチ
- ガンバロウ
- 星降る砂浜
- キミは大丈夫
- Myこれ!クション 早坂好恵ベスト(2002年9月19日)
- 絶対!Part2
- かたくなかたくな
- キミに本命申し上げます
- 黄昏にようこそ
- 逆転タイフーン
- はらほれひれはれ
- ハレルヤ
- ばきゅん!
- ガンバロウ
- ギャグ
- キミは大丈夫
- ビビディ・バビディ・ブー
- カモン!カラオケ
- サプライズ!
- 底ぬけ脱線ガール
- 絶対!
ビデオ
- 「ビデオの好恵第1巻」〜マレーシアふたたび〜(1990年9月5日)
- 「ビデオの好恵第2巻」〜ばきゅん!〜(1991年9月4日)
出演
テレビ番組(バラエティ・情報番組)
- 鶴ちゃんのプッツン5(日本テレビ)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1991年 - 1992年、フジテレビ)
- 笑っていいとも!年忘れ特大号(1991年12月、フジテレビ)
- たけし・逸見の平成教育委員会(1992年、フジテレビ)
- クイズ!年の差なんて(フジテレビ)
- タモリのボキャブラ天国(1992年 - 、フジテレビ)準レギュラーパネラー
- ダウトをさがせ!(1993年、毎日放送)
- パッパラ!パラダイス 朝から早坂(1994年 - 1997年、テレビ朝日)
- なんでもランキング バトランQ(1995年、テレビ朝日)レギュラー
- 明石家マンション物語(1999年 - 2000年、フジテレビ)
- マジカル頭脳パワー!!(1992年 - 1996年、日本テレビ)準レギュラーパネラー
- 人類学ウラ講座〜超ゴリオシズム宣言〜(1996年 - 1997年、朝日放送)
- 生でGONG!X2(2002年 - 2003年、FIGHTING TV サムライ)キャスター
- ためしてガッテン(NHK総合) - 山瀬まみの代役
- THE夜もヒッパレ(日本テレビ) - つのだ☆ひろとのユニット名を自ら「マンピーズ」と名付ける。
- タイガースとファイターズのキャンプ60分!!(2009年・2010年1月31日 - 2月中旬、GAORA)
- クイズダービー(TBS)番組末期準レギュラー - 2010年のCSの再放送では11勝13敗が確認されているが、詳細な正解率については不明である。
- ひるカフェ(2012年4月6日-2013年9月27日、サンテレビ)
- おちゃのこSaiSai(2013年2月6日-、J:COM関西エリア)水曜日レギュラー
他、バラエティ番組等へのゲスト出演・単発のバラエティ番組等出演多数。
テレビ番組(ドラマ・時代劇)
ラジオ番組
- 伊勢自動車道開通記念特番(1993年3月29日、FM三重)
- 高田文夫のラジオビバリー昼ズ(1996年 - 1998年、ニッポン放送)パーソナリティー[6]
映画
- 豚の報い(1999年)
- いずれの森か青き海(2003年)
舞台・ミュージカル
- 熱帯祝祭劇 マウイ(1995年)
- ザッツ・ジャパニーズ・ミュージカル'98(1998年)
- バリフー最後の夜(1999年)
- ザッツ・ジャパニーズ・ミュージカル2000(2000年)
CM
- カルビー はちみつ&りんご
- 江崎グリコ キスミント
- 江崎グリコ ジャイアントカプリコ・カプリコスティック
脚注
- ^ a b c “【アラサー女子記者が行く・アイドルから母、経営者へ(2)】徹夜のまま登校、授業抜け「いいとも」出演(1/3ページ)”. MSN産経west (産経新聞). (2012年6月20日) 2014年5月29日閲覧。
- ^ “【アラサー女子記者が行く・アイドルから母、経営者へ(2)】 徹夜のまま登校、授業抜け「いいとも」出演(2/3ページ)”. MSN産経west (産経新聞). (2012年6月20日) 2014年5月29日閲覧。
- ^ a b “【アラサー女子記者が行く・アイドルから母、経営者へ(1)】ひらめく勘で挑戦 「早坂好恵と気付かぬお客さまも」(1/3ページ)”. MSN産経west (産経新聞). (2012年6月20日) 2014年5月29日閲覧。
- ^ “【アラサー女子記者が行く・アイドルから母、経営者へ(3)】愛のプレゼンに“勘”で結婚 睡眠3時間…子育て、仕事を楽しむ日々(1/4ページ)”. MSN産経west (産経新聞). (2012年6月21日) 2014年5月29日閲覧。
- ^ 2002年にフジテレビで放映予定だったが、諸事情によりフジテレビでの放映が8話に短縮されたため、2005年5月10日に時代劇専門チャンネルで後日放映された。
- ^ 高田文夫とともにレギュラーパーソナリティーを務めた。1996年1月から1996年3月までは火曜日、1996年4月から1998年9月までは月・火・水曜日を担当した。