コンテンツにスキップ

平成筑豊鉄道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Suikotei (会話 | 投稿記録) による 2012年5月29日 (火) 12:45個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (基礎情報・株主の修正)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

平成筑豊鉄道株式会社
Heisei Chikuho Railway Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 平筑(へいちく)、平成線(へいせいせん)
本社所在地 日本の旗 日本
822-1201
福岡県田川郡福智町金田1145の2
設立 1989年4月26日
業種 陸運業
法人番号 3290801016659 ウィキデータを編集
事業内容 鉄道事業
代表者 代表取締役社長 伊藤信勝
資本金 273,000千円(2011年3月31日時点)
純資産 167,189千円(2011年3月31日時点)
総資産 432,643千円(2011年3月31日時点)
従業員数 61人(臨時社員8名除く)(2008年7月1日時点)
決算期 3月31日
主要株主 福岡県 27.47%
田川市 14.84%
直方市 6.59%
行橋市 6.59%
その他(#株主を参照)
外部リンク www.heichiku.net/
テンプレートを表示

平成筑豊鉄道株式会社(へいせいちくほうてつどう)は、福岡県で鉄道事業を営んでいる、福岡県および沿線自治体が出資する第三セクター方式の鉄道会社である。

概要

福岡県の筑豊地区で九州旅客鉄道(JR九州)から継承した旧国鉄特定地方交通線伊田線糸田線田川線の各線を営業しているほか、2009年4月からは、北九州市からの委託で同市門司区において特定目的鉄道として門司港レトロ観光線(愛称:北九州銀行レトロライン)のトロッコ列車を運行している[1][2][3][4]

門司港レトロ観光線を除く伊田線・糸田線・田川線は各線とも単行のディーゼルカー主体で運行される典型的なローカル線だが、運転本数、駅数ともJR時代(実質的には国鉄時代)の約2倍に増やすなどの積極的な経営を行っており、沿線の学校に通っている学生や田川市立病院に通院する高齢者など、いわゆる交通弱者にとっては非常に重要な交通機関となっている。

利用者に運営に参加してもらい地域との連携を高めるため、線路の枕木のオーナーになってもらう「まくらぎオーナー」制度を実施した[5]。会員制で、オーナー会員になると名前や好きな言葉の入ったプレートが新しい枕木に取り付けられる。会費は枕木の交換費用の一部に充てられる。地域と連携し、わが町の鉄道という意識を高めるこの事業は、鉄道を活性化させる事例の一つとして注目される。2008年には列車内のつり革のオーナーになってもらう「つり革オーナー」が募集された。

また、新たな収入源確保のため、2008年7月からラッピング広告の形で車両5両の命名権(ネーミングライツ)を販売している。また同年9月1日から11月28日まで全35駅のうち田川市立病院駅、源じいの森駅を除く33駅の駅名愛称命名権の募集を行い、14駅に関して応募があり、2009年4月1日より16駅において愛称が付けられている。なお、個人に対する販売は行っていない[6][7][8]

福岡県知事が会長、田川市長が社長を務めるという取り決めがある模様で、2011年8月現在の社長は伊藤信勝、会長は小川洋。小川は知事就任に伴い2011年ほぼ自動的に会長の座に就き、門司港レトロ観光線の累計乗客が50万人に達した際は会長としてセレモニーに参加した。

社名の由来

社名は1988年昭和63年)に一般公募し、翌1989年(昭和64年)1月7日が社名決定日だった。社名の最終候補に残ったのは「新筑豊」「向陽」「あけぼの」「サンライン」の4つ。いずれの候補にも「新たなスタート」という共通した意味合いがある。

しかし、1月7日に昭和天皇崩御で新元号「平成」が発表されるや否や、急遽「平成筑豊鉄道株式会社」に決定した。「新たなスタート」と「新時代の幕開け」で縁起を担いでいる。平成を社名に冠した会社の先駆者的存在である。

会社名自体は「平成筑豊鉄道」だが、車両側面(ドア横)の社名表示は「平成ちくほう鉄道」と書かれている。この筑豊を平仮名で「ちくほう」とする表記は同社パンフレット等にも多く見られる。また、同社がJR九州との業務連絡に用いる正式略称は「平鉄」、または(JR九州の「九州会社」という略称に対して)「平成会社」と定められている。

歴史

  • 1989年(平成元年)4月26日 - 設立。
  • 1989年(平成元年)10月1日 - 九州旅客鉄道(JR九州)伊田線・糸田線・田川線を転換し開業。および日本貨物鉄道(JR貨物)より伊田線直方 - 金田間のセメント貨物輸送を継承。
  • 2003年(平成15年)7月1日 - まくらぎオーナー募集開始。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 伊田線直方 - 金田間のセメント貨物輸送廃止に伴い、貨物営業廃止。
  • 2008年(平成20年)2月5日 - つり革オーナー募集開始。
  • 2009年(平成21年)4月1日
    • ネーミングライツにより、伊田線・糸田線・田川線の16駅に愛称(副駅名)を付与[9]
    • 運賃改定を実施。普通運賃を一律40円値上げ。
    • ワンマン運転方式を変更(これまでは駅に整理券発行機が備え付けられていたが、設備の老朽化や悪戯が相次いだため、利用客が駅で整理券を取って乗車する方式から、整理券を車内で発行する方式に変更)
  • 2009年(平成21年)4月26日 - 門司港レトロ観光線開業。

路線

車両

伊田線・糸田線・田川線用

転換開業時に富士重工業製のLE-DC100形・200形・300形を新製したが、老朽化により2007年から新潟トランシス製のNDC400形を新製増備し、置き換えが進められている。500形は400形をベースにしたイベント対応車両。

門司港レトロ観光線用

DB10形とトラ700形

株主

特記事項

  • 2006年(平成18年)7月、10月、2007年6月、2008年7月、2009年7月に1か月の定期乗車券などが当たる懸賞つき定期乗車券を発売した。
  • 2007年(平成19年)のテレビドラマ『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』の第一話のラストシーンでは田川線の油須原駅が登場した。なお、当初は映画版のロケも行われる予定で、撮影用にJR九州からキハ58系気動車をリースするなどの準備を進めていたが、諸般の事情で見送られた。
  • 同社が開業後、駅の増設などを行った結果、沿線を走っていた現在の西鉄バス筑豊の乗客が大幅に減少し、バス路線の廃止が相次いだ。

脚注

外部リンク