チャド・トレーシー

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チャド・トレーシー
Chad Tracy
ワシントン・ナショナルズ時代
(2012年3月15日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ノースカロライナ州シャーロット
生年月日 (1980-05-22) 1980年5月22日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手一塁手
プロ入り 2001年 MLBドラフト7巡目
初出場 MLB / 2004年4月21日
NPB / 2011年4月12日
最終出場 NPB / 2011年6月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
獲得メダル
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
パンアメリカン競技大会
2011 野球

チャド・オースティン・トレーシーChad Austin Tracy, 1980年5月22日 - )は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州シャーロット出身の元プロ野球選手内野手)。

広島東洋カープではチャッド・トレーシーの登録名でプレーした。

経歴[編集]

プロ入りとダイヤモンドバックス時代[編集]

2001年のMLBドラフト7巡目でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名を受け、4日後の6月9日に選手契約を結んだ。この年はSS-A級のヤキマとA級のサウスベンドでプレー。

2002年はAA級エルパソでプレー。

2003年は、AAA級ツーソンで133試合に出場し、打率.324・169安打(リーグ最多)を記録し[1]、球団傘下の最優秀マイナー選手に選出された[2]

2004年もAAA級ツーソンで開幕を迎えたが、ロベルト・アロマー故障者リスト入りで4月21日にメジャー昇格を果たし[3]、同日の対ミルウォーキー・ブルワーズ戦で代打としてメジャーデビューを果たした。143試合に出場して規定打席に到達。打率.285・8本塁打・53打点を記録。新人王の投票では、1票も入らなかったが、トップス・ルーキー・オールスターチームの三塁手に選出された[4][5]

2005年は、一塁手として開幕をメジャーで迎えたが、6月下旬にショーン・グリーン右翼手から中堅手へのコンバートに伴い、トレーシーは右翼手として出場することになった[6]。145試合に出場し、打率.308(リーグ7位)・長打率.553(リーグ10位)を記録。

2006年は、自己最多の154試合に出場し、打数・得点・安打・二塁打・打点・盗塁・四球の各部門で自己ベストを更新。一方で、三振が前年の78から129まで増加し、自己ワースト記録を更新。

2007年はひざの故障で戦線離脱[7]すると、その後も思うようにプレーできず一足先にシーズン終了を待たずに出場登録から外れた。

2008年は前年の故障の影響もあり、5月初旬になってからマイナーリーグで戦列復帰すると、5月下旬にようやくメジャー復帰を果たしたが、故障前のような打撃を取り戻すことができなかった。

2009年シーズン終了後、フリーエージェントとなった。

カブス時代[編集]

2010年1月27日にシカゴ・カブスとマイナー契約に合意[5]。開幕前にメジャー昇格し28試合に出場するが、6月25日にカブスを戦力外となる[8]

ヤンキース時代[編集]

2010年7月9日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び[9]AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースでプレーするが、7月31日に放出された[10]

マーリンズ時代[編集]

2010年8月5日にフロリダ・マーリンズと契約し[10]、41試合に出場。

広島時代[編集]

2010年オフには広島東洋カープと契約を結んだ。

2011年、広島では打線の中軸に起用されていたが、股関節痛のため6月にアメリカに帰国。その後復帰することなく40試合の出場で打率.235、1本塁打、19打点、OPS.629の成績に終わって9月26日に自由契約となった[11]

オフの10月に開催されたグアダラハラパンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表に選出された[12]

ナショナルズ時代[編集]

2011年12月20日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。

2012年は主に代打で起用され、代打としては53試合で打率.261という成績を残し、ナショナルズの初優勝に貢献した。数字以上に、大事な場面での活躍が高評価され、年俸75万ドルから100万ドルという代打要員としては異例のアップを勝ち取った。

2013年10月31日にFAとなった。

エンゼルス傘下時代[編集]

2014年1月29日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとマイナー契約を結んだ[13]が、3月23日に放出された。

4月26日に、現役引退を表明した。

プレースタイル[編集]

ポジションは主に三塁手一塁手で、他に外野手としてのプレー経験がある。

打撃ではスイングがコンパクトでコース的な穴もない上[14]、速球に強くコースに逆らわずにライナーで弾き返すことができるが、逆方向のスタンドまでコンスタントに運ぶパワーはない[15]

右投手に対しては通算打率.294、OPS.826と結果を残しているが、左投手は通算打率.216、OPS.613と苦にしており、2007年以降は左投手が先発の試合はスタメンを外されていた[15]

肩は悪くない[16]が、守備には難がある。目測を誤って長打にするケースが多い上に、打球に対する反応が遅いため守備範囲も狭く、送球エラーも多い[14][17]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004 ARI 143 532 481 45 137 29 3 8 196 53 2 3 1 5 45 3 0 60 11 .285 .343 .407 .750
2005 145 553 503 73 155 34 4 27 278 72 3 1 1 6 35 4 8 78 10 .308 .359 .553 .911
2006 154 662 597 91 168 41 0 20 269 80 5 1 1 5 54 5 5 129 11 .281 .343 .451 .794
2007 76 260 227 30 60 18 2 7 103 35 0 0 0 3 29 4 1 43 8 .264 .346 .454 .800
2008 88 292 273 25 73 16 0 8 113 39 0 0 0 2 16 2 1 49 5 .267 .308 .414 .722
2009 98 288 257 29 61 15 0 8 100 39 1 0 0 4 26 7 1 38 3 .237 .306 .389 .695
2010 CHC 28 49 44 6 11 2 0 0 13 5 0 0 0 0 5 0 0 15 0 .250 .327 .295 .622
FLA 41 111 102 5 25 6 0 1 34 10 0 0 0 1 6 0 2 21 2 .245 .297 .333 .631
'10計 69 160 146 11 36 8 0 1 47 15 0 0 0 1 11 0 2 36 2 .247 .306 .322 .628
2011 広島 40 164 149 10 35 12 0 1 50 19 0 0 0 2 11 0 2 34 7 .235 .293 .336 .629
2012 WSH 73 105 93 7 25 7 0 3 41 14 0 0 0 1 10 3 1 15 1 .269 .343 .441 .784
2013 92 136 129 6 26 4 0 4 42 11 0 2 0 0 7 0 0 25 2 .202 .243 .326 .569
MLB:9年 938 2988 2706 317 741 172 9 86 1189 358 11 7 3 27 233 28 19 473 53 .274 .333 .439 .772
NPB:1年 40 164 149 10 35 12 0 1 50 19 0 0 0 2 11 0 2 34 7 .235 .293 .336 .629

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 18 (2004年 - 2009年、2012年 - 2013年)
  • 9 (2010年 - 同年途中)
  • 3 (2010年途中 - 同年終了)
  • 43 (2011年)

代表歴[編集]

  • 2011年パンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表

脚注[編集]

  1. ^ 2003 Pacific Coast League Batting Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2010年2月4日閲覧。
  2. ^ Baum, Bob (2003年12月3日). “Arizona's youth movement leaves many questions” (英語). Bowling Green Daily News (Associated Press): p. 9. https://news.google.com/newspapers?id=YgsbAAAAIBAJ&sjid=PkgEAAAAIBAJ&pg=6798,263713&dq 2010年2月4日閲覧。 
  3. ^ Associated Press (2004年4月21日). “Sheets hits Alomar in sixth inning” (英語). ESPN.com. 2009年2月4日閲覧。
  4. ^ Falkoff, Robert (2004年11月18日). “Tracy named to Topps Rookie team” (英語). MLB.com. 2010年2月4日閲覧。[リンク切れ]
  5. ^ a b Cubs, infielder Chad Tracy agree to Minor League contract” (英語). MLB.com (2010年1月27日). 2010年2月4日閲覧。
  6. ^ Gilbert, Steve (2005年7月28日). “Halsey, relievers shut down Cubs” (英語). MLB.com. 2010年2月4日閲覧。
  7. ^ Prospect Retrospective: Chad Tracy” (英語). SBnation (2014年4月29日). 2023年7月14日閲覧。
  8. ^ Muskat, Carrie (2010年6月25日). “Cubs activate Ramirez, designate Tracy” (英語). MLB.com. 2010年11月17日閲覧。
  9. ^ Gonzalez, Alden (2010年7月9日). “Yanks sign veteran corner infielder Tracy” (英語). MLB.com. 2010年11月17日閲覧。
  10. ^ a b Frisaro, Joe (2010年8月5日). “Marlins sign Tracy for infield depth” (英語). MLB.com. 2010年11月17日閲覧。[リンク切れ]
  11. ^ “トレーシー、自由契約に”. 中国新聞. (2011年9月27日). http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/Cw201109270044.html 2011年9月27日閲覧。 
  12. ^ 2011 Pan Am Team Roster USABaseball.com: The Official Site of USA Baseball (英語) (2011年12月23日) 2017年7月2日閲覧
  13. ^ Alden Gonzalez (2014年1月29日). “Angels improve depth by adding Tracy”. MLB.com. 2014年1月30日閲覧。[リンク切れ]
  14. ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』廣済堂出版、2007年、439頁頁。ISBN 978-4-331-51213-5 
  15. ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』廣済堂出版、2009年、429頁頁。ISBN 978-4-331-51370-5 
  16. ^ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』廣済堂出版、2006年、404頁頁。ISBN 978-4-331-51146-6 
  17. ^ 月刊スラッガー』2007年6月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-6、31頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]