アーニー・ヤング

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アーニー・ヤング
Ernie Young
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州シカゴ
生年月日 1969年7月8日(45歳)
身長
体重
183 cm
106 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1990年 MLBドラフト10巡目
初出場 MLB / 1994年5月17日
NPB / 2002年6月7日
最終出場 MLB / 2004年9月24日
NPB / 2002年9月15日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 2000年
オリンピック
男子 野球
2000 野球

アーニー・ヤングErnest Wesley "Ernie" Young , 1969年7月8日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州出身の元プロ野球選手外野手)。

来歴・人物[編集]

1990年ドラフト10巡目でオークランド・アスレチックスに入団。1994年メジャー初昇格。

1996年は141試合に出場し19本塁打を放つ活躍を見せた。中でも5月10日の対ミネソタ・ツインズ戦では1試合3本塁打の離れ業だった。

2000年シドニーオリンピックでは野球アメリカ合衆国代表としてロイ・オズワルトらと共に出場し、金メダルを獲得した。代表の4番打者として、チームの金メダル獲得に貢献した。対日本戦では松坂大輔からヒットを放っている。

アリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下の3Aツーソン・サイドワインダーズに在籍中の2002年シーズン途中、得点力不足に悩まされ最下位に沈んでいた横浜ベイスターズに入団。背番号25

6月7日の対ヤクルトスワローズ戦でいきなり4番・センターとして登場し、第3打席でケビン・ホッジスから初本塁打という衝撃のデビューを飾った。その後も巨体を生かしたパワフルな打撃ぶりを見せたが、打率は1割台と安定感を欠き、シーズン途中でウェーバー公示された。

2007年シーズン終了時までマイナーリーグでプレー。マイナー通算1516試合出場、打率.283(5359打数1516安打)、298本塁打、1042打点。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1994 OAK 11 31 30 2 2 1 0 0 3 3 0 0 0 0 1 0 0 8 1 .067 .097 .100 .197
1995 26 58 50 9 10 3 0 2 19 5 0 0 0 0 8 0 0 12 1 .200 .310 .380 .690
1996 141 528 462 72 112 19 4 19 196 65 7 5 3 4 52 1 7 118 13 .242 .326 .424 .750
1997 71 200 175 22 39 7 0 5 61 15 1 3 2 2 19 0 2 57 6 .223 .303 .349 .652
1998 KC 25 56 53 2 10 3 0 1 16 3 2 1 0 0 2 0 1 9 3 .189 .232 .302 .534
1999 ARI 6 15 11 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 3 0 1 2 0 .182 .400 .182 .582
2002 横浜 32 124 110 15 19 3 0 8 46 16 0 0 0 1 10 0 3 39 4 .173 .258 .418 .676
2003 DET 5 15 11 0 2 0 0 0 2 0 0 2 0 0 4 0 0 5 1 .182 .400 .182 .582
2004 CLE 3 5 4 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 0 2 0 .500 .600 .500 1.100
MLB:8年 288 908 796 108 179 33 4 27 301 90 10 11 5 6 90 1 11 213 25 .225 .310 .378 .688
NPB:1年 32 124 110 15 19 3 0 8 46 16 0 0 0 1 10 0 3 39 4 .173 .258 .418 .676

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 9(1994年 - 1995年)
  • 11(1996年 - 1997年)
  • 12(1998年)
  • 47(1999年)
  • 25(2002年)
  • 30(2003年)
  • 36(2004年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]