高慢と偏見

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『高慢と偏見』初版の扉頁

高慢と偏見』(こうまんとへんけん、Pride and Prejudice)は、ジェーン・オースティン長編小説。『自負と偏見』『自尊と偏見』という題の訳もある。

作品の影響[編集]

1796年から1797年の間にFirst Impressionsという題名で書かれ、1813年1月28日に現在の題で出版された。

17~18世紀のイギリスの片田舎を舞台として、女性の結婚事情と、誤解と偏見から起こる恋のすれ違いを描いた恋愛小説。精緻を極めた人物描写と軽妙なストーリー展開で、オースティンの著作の中でも傑作と名高い。

作家モームは、『世界の十大小説 上巻』の中で、本作を2冊目に挙げ、「大した事件が起こるわけでもないのに、ページをめくる手が止まらなくなる」と評価(西川正身訳、新版岩波文庫)。日本でも夏目漱石が冒頭の書き出しを激賞している。また、ヘレン・フィールディングの『ブリジット・ジョーンズの日記』に大きな影響を与えたといわれる。

作中の登場人物の女性らは、一見頼りないが、実は鋭い観察眼で男を見抜く能力に長けている。その点が、小説として多くの読者を惹きつけ支持される理由でもある。

タイトルの“Pride and Prejudice”は、ファニー・バーニー (Fanny Burneyの長編小説『セシリア (Ceciliaの最終章に登場するフレーズ“The whole of this unfortunate business,... has been the result of PRIDE and PREJUDICE.”から採られていると言われている。

概要[編集]

18世紀イギリス、女性が自立できる職業はほとんどなく、良い結婚相手を見付けることが女性の幸せとされた。相続財産や持参金が少ない女性が良い結婚相手を見付けることは難しく、結婚できなければ生涯、一族の居候の独身女性として過ごさなければならないため、結婚は現代よりずっと切実な問題だった。

物語は田舎町ロンボーン (Longbourn) に独身の資産家ビングリーがやって来た所から始まる。ベネット家の次女エリザベスとビングリーの友人ダーシーが誤解と偏見に邪魔され、葛藤しながらも惹かれあう様子を軸に、それぞれの結婚等を巡っててんやわんやの大騒動を繰り広げる人々の姿を皮肉をこめて描きだしている。

社会背景[編集]

本作品が執筆された1800年前後は、ヨーロッパではナポレオン戦争が起こっており、イギリスも深く影響を受けていたはずであるが、本作品では政治的な言及はほとんどなく、十年一日の如き田舎のジェントリ社会が描かれている。

当時のイギリスの上流階級は大きく貴族院に議席を持ち爵位を持つ貴族とそれ以外の大地主階級(ジェントリ)に分けられるが、ジェントリ階級の中でも歴史的血統、親族の質、財産などにより格の上下が意識されていた。通常の社交上の儀礼では同等とされていたが、結婚など現実問題においては、そのような格差が重要となってくる。

本作品の登場人物はほとんどがジェントリ階級か、その出身であるが、爵位こそないが古くからの名家で伯爵家と姻戚関係があり年収1万ポンドの財産が有るダーシー家、さほど名家ではないが富裕な親戚が多く年収5000ポンドの財産を持つビングリー家、普通のジェントリだが中流階級の親族を持ち年収2000ポンド程度のベネット家では総合的にかなりの格差が存在している。

当時は財産の大部分は長子が継ぎ、それ以外の男子、女子にはごく一部が相続財産や持参金として分け与えられた。富裕で子供の少ない家においては、その一部の財産でもかなりの額ではあるが、裕福でなく子沢山の家ではとても階級を維持できる額を与えることはできなかった。

ジェントリは生活のために労働をしないことを誇りとしており、職業を持つ中流階級は資産が多くても低く見られていた。このため、相続財産の少ない男子は軍人牧師役人などになったが、最もてっとり早いのは裕福な財産を相続した女性と結婚することであり、相続財産の少ない男子、女子はいずれも裕福な結婚相手を血眼になって探すことになる。

財産のうち土地、屋敷などの不動産は分散を避けるために相続条件を指定した限嗣相続になっていることが多い。ベネット家では不動産は男子限定の限嗣相続となっている上、それ以外の財産はほとんどないため、娘たちはわずかな持参金で結婚を目指さなければならなかった。

あらすじ[編集]

舞台は田舎町ロンボーン。女ばかり五人姉妹のベネット家では、父親のベネット氏が死ねば家も土地も遠縁の従兄弟の手へと渡ってしまう。ベネット氏は書斎で好きな読書と思索にふけって自分が楽しんでいられればいいと我関せずの態度だが、母親のベネット夫人は娘に金持ちの婿を取って片付けてしまおうと躍起になっていた。

そんな折、町に独身の青年資産家ビングリーが別荘を借りて越してきた。ベネット夫人は早速娘を引き合わせようと舞踏会の約束を取り付ける。美しい長女ジェーンとビングリーが印象悪からぬ出会いをする一方、次女エリザベスはビングリーの友人で気難し屋のダーシーが自分の事を軽んじる発言をするのを聞いてしまい、その高慢さに反感を抱く。その裏でダーシーはエリザベスの瞳に宿る知性の魅力に知らず惹かれ始めていたが、プライドの高さが災いして、格下の家のエリザベスと打ち解けられない。

同じ頃、町には軍隊が駐留していた。色男の青年士官ウィカムに下の妹達はすっかり夢中で、聡明なエリザベスも惹かれる。そんな中、ウィカムにダーシーの亡父の被保護者だった過去があり、彼が相続するはずだった分の遺産がダーシーに奪われたとウィカムに教えられ、エリザベスはダーシーへの反感をますます強める。

その後、ベネット家の財産相続権を持つ遠縁のコリンズ牧師が現れた。中身の無いおべっか使いのコリンズに誰もが辟易するが、彼が結婚相手を求めていると知った途端にベネット夫人は態度を一変。エリザベスを押し付けようとするものの、コリンズに我慢ならないエリザベスはきっぱり断ってしまう。結局コリンズはエリザベスの親友のシャーロットと結婚する。エリザベスは彼女に失望しかけるが、器量が悪く20代後半まで独身だったシャーロットにはやむを得ない選択だった。

急速に親密になっていたビングリーとジェーンだが、突然ビングリー達がロンドンに帰ってしまう。ジェーンは何も教えて貰えなかったことにショックを受けつつも、周囲に押されてロンドンまで追いかけるが、結局会えず終い。すっかり彼を諦めてしまう。一方その頃、エリザベスはシャーロットに招かれて彼女とコリンズの住むロージンズの地を訪れていた。コリンズの後見人を務める資産家・キャサリン夫人の館を訪問すると、そこには嫌いなダーシーの姿が。彼はキャサリン夫人の甥で、夫人からは娘の許婚にと望まれていた。しかもジェーンの邪魔をしてビングリーを帰したのが彼だと知って、エリザベスは言いようのない怒りを覚える。しかし、そこへ彼女への思いを抑えきれなくなったダーシーから突然求婚される。エリザベスは突然のことに驚くものの、相手の言葉の端々に表れる格下の家柄への高慢な態度、何よりもジェーンとウィカムの事を思って激しく拒絶する。

翌日、ダーシーからエリザベスの元に手紙が届いた。ジェーンがビングリーに気が無いと早とちりして別れさせてしまったこと(ジェーンの内気のためわからなかった)への謝罪、ダーシーの見下した態度が、ベネット夫人や妹達のあからさまに下品な振舞から出たものだったこと、そしてダーシーの家への恩を仇で返すウィカムの過去の悪行の暴露。どれも考えてみると思い当たる事ばかりで、エリザベスは自分がダーシーに偏見を持っていたことを知る。

コリンズ夫妻の元から戻って間もなく、エリザベスは善良な叔父叔母のガーディナー夫妻に誘われて再び旅行へ出かけた。その旅程にはダーシーの領地ペンバリーも含まれていた。罪の無い彼を侮辱してしまった恥ずかしさゆえ、主人不在という話を信じてお屋敷見学を承諾したエリザベスだったが、予定変更して早く帰ってきたダーシーと再会してしまう。そこでダーシーが身分の低い叔父夫婦にも紳士的に接したりしたのを見て、彼が高慢だった態度を改めて自分に歩み寄ってくれていることを感じる。

そこへ郷里から信じられない報せがもたらされた。末の妹のリディアとウィカムが駆け落ちしたのだ。家名に大きく傷がつく行為に、ベネット夫人は寝込んでしまう。ウィカムは高額の持参金を要求しており、すぐにベネット氏とガーディナー氏が探しに出かけた。その後、ベネット氏が一時帰郷した所へガーディナー氏から連絡が届く。ウィカム達はロンドンで見つかったが、ガーディナー夫妻が持参金を肩代わりし、その場で結婚式を挙げさせたという。唖然とする一同だったが、ベネット夫人だけは、丸く収まった上に娘が一人片付いたと大喜び。やがてウィカムとリディアが戻ってきて、二人はウィカムの次の駐留先で一緒に暮らすこととなった。 その後、エリザベスはリディアが二人きりの時に洩らした言葉から驚くべき事実を知る。今回の一件を収めたのはすべてダーシーで、持参金も彼が出したという事を。それでいて自身の名は伏せている。エリザベスは、 それは自分のためだからに違いないと感じ、改めてダーシーの深い愛を感じた。

やがてビングリーが戻ってきた。ジェーンとの仲を引き裂いたことに責任を感じたダーシーが促したのである。そこでビングリーはジェーンにプロポーズ、婚約する。

ビングリーの婚約から1週間経ったある日の朝、突如キャサリン夫人がベネット家を訪問する。どういうわけかエリザベスとダーシーが婚約したという噂が一部で広まっており、その真偽を問い質しに来たのだった。もちろんエリザベスは否定したが、キャサリン夫人がこれからもダーシーと深い仲にならないことを約束させようとすると、「未来のことはわからない」と突っぱねて追い返してしまう。

キャサリン夫人の干渉のせいで、かえってお互いが愛しあっていることに気づいた二人は、ベネット氏に婚約の意を告げに行った。賢い愛娘が嫌っていた男と一緒になるとはと訝しむベネット氏だったが、エリザベスから今までの事を聞き、誠実な人物だとわかると、娘の幸せを心から祝福する。現金なことに、ダーシーを忌み嫌っていたベネット夫人も、娘を貰ってくれると解ったとたん手放しで喜んだ。

登場人物[編集]

エリザベス・ベネット (Elizabeth Bennet)
主人公。五人姉妹の次女。知性と才気にあふれ、鋭い観察眼を持つ。愛称はリジー (Lizzy) 。
ジェーン (Jane Bennet)
五人姉妹の長女。温和でお人好しな美女。およそ人を疑った事のない純粋さの持ち主。
ビングリー (Mr. Bingley)
ネザフィールド・パーク館に引っ越してきた独身の資産家。誠実で優しい好青年。ハースト夫人 (Mrs. Hurst) という姉と妹数人がいる。
ダーシー (Fitzwilliam Darcy)
ビングリーの友人で、彼と共にネザフィールドに滞在。ビングリーより容姿も財産も優れているが、気難しさと誇り高さから鼻持ちならない男と誤解されがち。本来は非常に誠実である。
ベネット氏 (Mr. Bennet)
五人姉妹の父。深い見識を持つが、独り書斎で楽しむ時間があればいいという「ことなかれ主義」な人物で、娘の結婚には興味なし。妻に皮肉を言うのが日課。娘たちの中では賢いエリザベスを一番愛している。
ベネット夫人 (Mrs. Bennet)
五人姉妹の母。「厚顔無恥」という形容そのままの性格。おしゃべり好き。娘の玉の輿のために命を懸けていると言っても過言ではない(ただし、彼女なりに娘の幸せを願ってのことである)。無愛想で高慢なダーシーを嫌っている。
メアリー (Mary Bennet)
五人姉妹の三女。器量が良くないのを補うかの如く勉強して、教養を詰め込んでいる。そのせいか何かにつけ教養をひけらかしたり分別めいたことを口にしたがるが、中身はあまり実のあるほうではない。
キティ〔キャサリン〕 (Kitty〔Catherine〕 Bennet)
五人姉妹の四女。性格は明らかに母親似である。リディアに引きずられて、分別のない行動に出ることもしばしば。
リディア (Lydia Bennet)
五人姉妹の五女。16歳。やはり母親似の性格。行動力があり、後にとんでもない事件を起こす。
ウィカム (Mr. Wickham)
ブライトンに駐留する軍隊の青年士官。弁舌爽やかな色男で、ベネット家の下の娘たちはおろかエリザベスも一時は魅了される。ダーシーと浅からぬ因縁がある。
コリンズ (Mr. Collins)
ベネット家の親類にあたる牧師で、ベネット家の遺産相続人。そのとめどない巧言令色には誰もがうんざりさせられる。後見人のキャサリン夫人に盲従し、夫人の勧めで嫁探しにロンボーンを訪れた。
シャーロット (Charlotte Lucas)
エリザベスの友人。多くの兄弟をもつ。常識的な人物だが、不器量のため20代後半まで独身で過ごす。生活のためだけにコリンズと結婚。
ミス・ビングリー〔キャロライン・ビングリー〕 (Caroline Bingley)
ビングリーの妹。共にネザフィールド・パーク館へと越してくる。兄とは違って高慢な性格で、ジェーンたちベネット家との交際を快く思っていないふしがある。ダーシーに好意を寄せている。
キャサリン夫人 (Lady Catherine)
ダーシーの叔母で、コリンズの後見人。ロージンズに住み、莫大な土地と財産を所有する。いかなるときも自分が中心にいないと気が済まない性格。ダーシーを娘の許嫁と決めている。
フィッツウィリアム大佐 (Colonel Fitzwilliam)
ダーシーの従兄弟で、キャサリン夫人の甥に当たる人物。ダーシーと共にロージンズに滞在している時にエリザベスと会う。ビングリーがジェーンの元から去った理由を、偶然エリザベスに教える。
ジョージアナ・ダーシー (Georgiana Darcy)
ダーシーの妹。16歳。心優しい性格だが、人見知りではにかみ屋なため、誤解されやすい。
ガーディナー夫妻 (E. Gardiner and M. Gardiner)
エリザベスたちの叔父と叔母(ベネット夫人の弟夫婦)。中流階級であるため身分は低いと見なされるが、いたって善良で分別がある人たち。

映像化作品[編集]

日本語訳[編集]

漫画化[編集]

舞台化[編集]

パロディ、二次創作作品[編集]

  • Emma Tennant "Pemberley or Pride and Prejudice Continued", 1993
    (エマ・テナント『ペンバリー館 続高慢と偏見』 小野寺健訳 筑摩書房、1996年/ちくま文庫 2006年)
  • Emma Tennant "An Unequal Marriage or Pride and Prejudice Twenty Years Later", 1991
    (エマ・テナント『リジーの庭 「自負と偏見」それから』 向井和美訳 青山出版社 1999年) - 上掲書よりも後の設定になっている
  • Emma Tennant "Pemberley Revisited", 2005
  • Jane Austen & Seth Grahame-Smith "Pride and Prejudice and Zombies", 2009
    (ジェイン・オースティン、セス・グレアム=スミス『高慢と偏見とゾンビ』 安原和見訳 二見文庫 2010年) - 全体の9割は原典をそのまま用いながら爆笑ホラー小説に仕立て上げた怪作。
  • P・D・ジェームズ『高慢と偏見、そして殺人』

外部リンク[編集]