飯沼正明

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飯沼 正明(いいぬま まさあき、1912年8月2日 - 1941年12月11日)は日本のパイロット1937年純国産機、神風号によって東京-ロンドン間の飛行に成功した。

長野県南安曇郡豊科町(現・安曇野市)に生まれた。所沢陸軍飛行学校を卒業後、朝日新聞社に入社した。1937年4月6日、塚越賢爾機関士とともに立川飛行場を出発し、94時間17分の飛行の後ロンドンに到着した(ヴィエンチャンカルカッタカラチバクダッドアテネなどを中継)。15357kmの距離を飛行時間94時間17分56秒の飛行を行った。1937年、朝日賞などを受賞した。

1941年東京‐ニューヨーク間の記録に挑戦しようとするが、その矢先に真珠湾攻撃の報がもたらされ、絶句して色を失った飯沼は、プノンペンの飛行場の滑走路にふらふらと出て、軍用機のプロペラに挟まれ死亡。彼の死は戦死として発表され、「血染めの操縦桿」という美談が作られた。

飯沼正明の生家の場所に飯沼飛行士記念館が設立されている。

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