真木将樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
真木 将樹
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県北九州市小倉北区
生年月日 1976年2月13日(38歳)
身長
体重
180 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト1位
初出場 1998年5月30日
最終出場 2001年5月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

真木 将樹(まき まさき、1976年2月13日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

東筑紫学園高では3年春に選抜大会に出場し、金子誠のいる常総学院などを破って8強に進出[1]

法政大に進むと、高校時代は130km/h台であった直球が140km/h台をマーク[1]するようになり、1年の秋には早くも東京六大学のベストナインに選出され[1]、チームを優勝に導いた。大学の同級生には伊達昌司平馬淳がいる。3年次には、1学年下の矢野英司が抑えを務める充実した投手陣のエースとして春のリーグ戦優勝に貢献。通算25勝を挙げ、同じく28勝を挙げた川上憲伸のライバルといえる存在だった。なお、3学年下であった後藤光尊が、部内でのいじめが原因で法政大を中退するきっかけを作ったとネット上で囁やかれていたが、本人がブログでその噂を否定している。[2]

1997年近鉄バファローズからドラフト1位で指名されて入団。1年目の1998年からローテーションに入り6勝、防御率3.89をあげる。

2001年6月26日に田畑一也と共に三澤興一玉峰伸典との交換トレード巨人へ移籍するが、2002年に戦力外通告を受けて退団。

2003年独立リーグカナディアン・ベースボール・リーグのカルガリー・アウトローズに入団[2]。先発として起用され、8試合で4勝2敗だったが防御率は5.56(45.1回)と結果を残したとは言えなかった。同年のカナディアンリーグの閉鎖に伴い、カルガリーを退団。メジャーリーグのトライアウトを受けるが契約には至らず、2004年に現役を引退。

引退後は2006年に起業し、アルク有限会社の代表として様々な事業や活動を行なっている[3]

プレースタイル[編集]

初年度は速球で押すピッチングスタイルから6勝を挙げ、まずまずのスタートを切ったが、2年目以降、課題のコントロールを重視したフォームにかえたところ、速球は鳴りを潜め、低迷につながった。

甲子園で活躍した投手で球も速かったが、上体が横に倒れるフォームだった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1998 近鉄 24 16 1 1 0 6 6 0 -- .500 466 106.1 103 11 51 2 6 79 1 0 52 46 3.89 1.45
1999 16 12 0 0 0 3 6 0 -- .333 309 64.0 80 8 44 0 2 32 4 0 51 49 6.89 1.94
2000 15 5 1 1 0 2 2 0 -- .500 171 38.0 35 2 26 0 2 27 0 0 14 14 3.32 1.61
2001 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 16 3.2 2 0 3 0 0 0 0 0 2 2 4.91 1.36
通算:4年 58 33 2 2 0 11 14 0 -- .440 962 212.0 220 21 124 2 10 138 5 0 119 111 4.71 1.62

記録[編集]

背番号[編集]

  • 15 (1998年 - 2001年)
  • 31 (2001年)
  • 59 (2002年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c 週刊ベースボール2011年12月5日号 P60
  2. ^ [1] 真木将樹が運営するサイト ドリームネクストより 2012年2月4日閲覧
  3. ^ 週刊ベースボール2011年12月5日号 P86

関連項目[編集]

外部リンク[編集]