望月六郎

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望月 六郎(もちづき ろくろう、1572年元亀3年)? - 1615年6月4日慶長20年5月8日)は、戦国時代から江戸時代初期の武将・真田幸村の家臣。実在の人物と言われている。

大坂の陣1615年)では、幸村の嫡男・大助配下となった。敵を情報でかく乱させ、さらに武力を行使して徳川方を尼ヶ崎に敗走させた、と伝えられている。同年、大助に殉死したと言う説もあるが、実態は不明。

真田十勇士の一人で、爆弾製造に長けていた。『真田三代記』では、望月卯左衛門幸忠として登場する。

[編集] 備考

真田氏は、海野氏(東信濃の名族、滋野氏嫡流を名乗る)の出自。一方、望月氏も滋野氏から分かれており、佐久郡望月を拠点とした一族である。このことから、望月六郎も同族出身の可能性がある。