星野リゾート トマム

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星野リゾート トマム(ほしのリゾート トマム)は、北海道勇払郡占冠村にあるスキー場リゾートホテルコンドミニアムを中心とする通年型複合リゾート地。旧称アルファリゾート・トマム

概要[編集]

1980年代に、宮城県を本拠地とする総合デベロッパー関兵精麦(せきひょうせいばく)株式会社」によって開発がはじまり、2005年以降「株式会社星野リゾート」の子会社、星野リゾート・トマムが運営を行っている。

スノーシーズンの要であるスキー場は道内でも最大規模を誇るとともに、高層ホテル群がシンボリックなアーバンライクを演出し、室内プールやスパなどバブル期の名残を残すスケールの大きさも相まって、東京など本州からの来訪が多い。

ニセコルスツリゾート(大和観光→加森観光)・サホロリゾート西洋環境開発→加森観光)・キロロリゾートヤマハを中心とする企業群との第三セクター→三井不動産系)と共に、北海道を代表するリゾート地として数多くのパッケージツアーが設定されている。

リゾート開発の経緯[編集]

黎明期[編集]

高度経済成長期以降人口が激減していた占冠村の振興策として、1981年に石勝線が開業することにより交通アクセスが向上する未開発地域であった占冠村中トマム地区を舞台に、北海道の政財界と日本国有鉄道札幌鉄道管理局日本交通公社でスキー場建設が調査・協議され、1982年に関兵精麦とその子会社で札幌に「ホテルアルファサッポロ」(現在はホテルオークラへ譲渡・改装しホテルオークラ札幌として営業)を運営するホテルアルファと占冠村(51%出資)による第三セクターシムカップ・リゾート開発公社」が設立され、リゾート開発が決まった。

関兵精麦が主体となって通年型リゾートの開発に着手し、1983年10月に広大なスキー場とリゾートホテル「ホテルアルファトマム」が開業し、リゾート地としてのトマムの第一歩を記した。その後、リゾート会員権の販売・金融機関からの融資などによって資金調達の上、1985年に会員専用コンドミニアム「ザ・ヴィレッジアルファ」、1987年〜1989年には山岳地帯としては例のない超高層ホテル「ザ・タワーI/II」、ゴルフコースがそれぞれ竣工した。

拡大期[編集]

1980年代後半のバブル景気総合保養地域整備法(リゾート法)による重点整備地区に第1号として指定されるなど時代の後押しを受け、また国鉄(JR)との提携により特別仕様の専用リゾート列車を走らせるなどして話題になり、トマムを訪れる旅行者は順調に増加していった。

一方で、開発が急激に進むにつれて関兵精麦(関兵馬社長)とホテルアルファ(関光策社長:兵馬の次男)は経営方針に意見の相違が生じるようになり、ホテルアルファ側は、1989年に「アルファ・コーポレーション」を設立して、その後の開発やリゾート会員権の販売、運営主体となった。

1991年にはもう一つのツインタワーであり、全室スイートルームのホテル「ガレリア・タワースイートホテル」、全天候型温水プール「VIZスパハウス」、ホテル「ヴィラ・スポルトI」を開業。その翌年にも「ヴィラ・スポルトII」、「ホテルアビチ」、「オスカースイートホテル」を次々に竣工し、開発から10年余りで業容を急激に拡大させ、北海道はもとより日本を代表する大規模リゾートの象徴的な存在になった。

開発会社の倒産と復興[編集]

トマムは一部のホテルや施設を除き、施設建設資金をリゾート会員権販売で回収する手法で拡大してきたが、バブル崩壊でリゾート会員権が販売不振に陥り、アルファ・コ-ポレーションは資金繰りが厳しくなる。

1991年に関兵精麦の関兵馬社長が死去して長男の関芳郎が継いだことや、1993年に大林組への建設代金未払いで仮差押えを受けるなど、関兵精麦とアルファ・コーポレーションの間で対立が生じ、1997年9月、関兵精麦は加森観光が設立した運営子会社「リゾートマネジメント」へ関兵精麦所有分のトマムのホテルや施設の運営を委託。アルファ・コーポレーションは、その契約は無効として民事訴訟を提訴するが、メインバンクである北海道拓殖銀行が1997年11月に破綻した事も災いし、1998年5月に自己破産した。

アルファ・コーポレーションは施設全体の4割を保有すると共に運営主体であったことから、一時はリゾート自体の存続が危ぶまれることとなったが、加森観光が占冠村へ5億円を寄付し、その資金で占冠村がアルファ・コーポレーション所有分のトマムの資産を買い取ることによって非課税扱いとし、加森観光が設立したホテル運営会社「リゾートマネジメント」へ15年間運営を委託するというウルトラCで立て直しを図ることとなった。

リゾート会員権を保有していないビジター客や、スキーヤー・訪日外国人といったバカンスを目的としない1〜3日程度の短期滞在者をターゲットとした販売戦略や、カリスマと評される加森観光社長加森公人の合理化策により、客室の稼働率の向上など成果がみられた。

しかし、2003年、当初のリゾート開発主体であり施設全体の6割を所有していた関兵精麦が民事再生法を申請することになる。 同社のメインバンクは七十七銀行日本政策投資銀行であったため先の拓銀破綻による大きな影響は免れていたが、本業の低迷に加え、200億に上るアルファ・コーポレーションの債務保証と1980年代に販売したトマムのリゾート会員権の預託金償還が順次到来することから、貨物船貸渡(リース)事業の撤退や不動産など資産売却を行ったものの、100億超の債務超過に陥っていた。

これに伴い、関兵精麦は「リゾナーレ」などでリゾートホテルの再興に実績のある星野リゾートへ(既に占冠村保有分を除いた)トマムの売却を実施。同社が設立した子会社の星野リゾート・トマムが全体の過半数を握ることとなった。

その結果、所有区分毎に運営が2つの企業に分け隔てられたことから、2003年の星野リゾート譲受後から2005年の加森観光の撤退まで、事業所やWebサイトなどではトマムリゾート(占冠村・加森/旧アルファコーポレーション系)と星野リゾート・トマム(星野リゾート/旧関兵精麦系)の2つに分断され、その総称として「アルファリゾート・トマム」が充てられていた。

しかし、それぞれ加森公人(加森観光)と星野佳路(星野リゾート)というレジャー産業で再起を手がけるカリスマ経営者による同業他社では競合が避けられない事もあり、非効率的で一体感に欠けるなどの観点から2004年に協議を行い、占冠村は星野リゾートへ運営委託先を変更して加森観光はスキーシーズン後に撤退を表明。2005年10月からは、星野リゾート・トマムによる1社運営が開始された。

2005年12月からは、冬山を楽しむ文化を創造・発信する「冬山解放プロジェクト」と銘打ち、自然体験型リゾートへシフトしている。

沿革[編集]

  • 1981年 - 石勝線開通。トマム駅(当時は石勝高原駅)開業。
  • 1983年 - ホテルアルファトマムとスキー場が完成。リゾート地として開業。
  • 1989年 - 総合保養地域整備法による重点整備地区に指定される。
  • 1998年 - 施設の4割を所有するアルファ・コーポレーション(札幌市)が自己破産。施設は占冠村が買収し、加森観光に運営を委託。
  • 2003年 - 施設の6割を所有する関兵精麦仙台市)が民事再生法を申請。
  • 2004年 - 星野リゾートが関兵精麦所有分の施設を買収し、運営を引き継ぐ。2004年から2005年にかけては、施設の4割を加森観光が、6割を星野リゾートが運営する二元体制になる。
  • 2005年 - 加森観光が占冠村所有部分の運営受託契約を解消し、代わって星野リゾートが占冠村から運営を受託。運営は星野リゾートに一元化された。
  • 2009年 - 5月22日-23日 第5回日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議(太平洋・島サミット)が開催され、主会場(ホテルアルファトマム)・メディアセンター(ザ・タワー)・共同記者会見場(VIZスパハウス)・首脳の宿泊施設(ガレリア・タワースイートホテル)の役割を果たした。
  • 2011年 - 10月1日 アルファリゾート・トマムから、星野リゾート トマムとしてリゾート名を変更した。法人名は星野リゾート・トマム。

星野リゾート トマム スキー場[編集]

星野リゾート トマム スキー場
所在地 北海道勇払郡占冠村字中トマム
標高 1,239 m / 540 m
(標高差) (699m)
コース数 17本
コース面積 145ha
最長滑走距離 4,500m
最大傾斜 35
索道数 11 本
公式サイト 星野リゾート トマム

広大なゲレンデと、寒冷地ならではのパウダースノーが人気である。

コース[編集]

初心者から上級者まで17コースが設置されている。全コースでスノーボードが滑走可能。

  • 「アドベンチャーマウンテン」や「キッズパーク」など、ファミリー向けのゲレンデ整備に力を入れている。
  • 第7リフト周辺にはハープパイプが設置されている。
  • 「冬山開放宣言」と称し、所定の手続きと指定の所持品さえあれば、リゾートエリア内のコース外を滑走できる試みを期間限定で行っている。第5ペアリフトをあえて短くし、その上のコースを上級者専用コースとした。

その他[編集]

SAJ公認のアルファ・トマムスキースクール、JSBA公認のアルファ・トマムスノーボードスクールが設置されている。

宿泊施設[編集]

The Towerとエリア内を循環するバス。(2010年3月)

リゾート内には10(リゾート会員権専用施設含む)のホテルコンドミニアムがある。

  • Tomamu The Tower(星野リゾート トマム ザ・タワー I・II)
    • トマムの象徴であるツインタワーのホテルである。2008年10月に外壁が断熱性のあるカラフルな建材へ更新された。
  • Risonare Tomamu(星野リゾート リゾナーレ トマム)(旧 Galleria Tower Suite Hotel(ガレリア・タワースイートホテル ノース・サウス))
    • 全室にジャグジー・サウナが設置されているツインタワーのオールスイートホテル。全200室。占冠村の所有物件。2013年冬シーズンから、サウス側に設置されたトンネルウォークを介してレストラン「ニニヌプリ」(旧・樹海)と接続。なお、ノース側にはスカイウォークの準備工事と思しき構造物が残っている。
  • Villa SPORT(ヴィラ・スポルト I・II)
    • 名前の通りスポーツを目的とした宿泊客向け。ファミリーエリアに隣接し、広めの部屋が特徴。全308室。占冠村の所有物件。Iはザ・タワーやホテル・アルファ・トマムと同じ茶色の外観、IIはホテル・アビチと同じクリーム色の外観で、オスカーやVIZスパハウスを介してヴィラ・マルシェと接続予定だったが実現しなかった(IIの1階はレストラン街となっており、ヴィラ・マルシェ計画との統一性がみられる)。当初は会員専用。レストラン「アプリコ」とカフェ「モンドール」があった。夏季営業はミュージックキャンプなど、合宿・セミナー等の団体向けのみ(2013年夏シーズンも実施)。一般客向けには冬季のみの営業だったが、社員・アルバイト向け西寮の閉鎖に伴い、2013年冬シーズン以降は寮として用いられている。
  • Osuca Suite Hotel(オスカー・スイートホテル)
    • ヴィラ・スポルトの西側にある、最も新しいホテル。会員専用、全30室。占冠村の所有物件。ヴィラ・スポルトやVIZスパハウスに接続予定だったが実現しなかった。一般客向けには閉鎖。夏季営業はミュージックキャンプなど、合宿・セミナー等の団体向けのみ(2013年夏シーズンも実施)。2013年冬現在は、半地下部分の除雪車類の車庫のみ用いられている。
  • Villa Marche Hotel Abici(ヴィラ・マルシェ・ホテル・アビチ)
    • ヴィラ・スポルトの北東側にある。全187室。占冠村の所有物件。イタリア・シェナの市場の街並みをコンセプトに、1階をレストラン・ショッピングモール、2階以上をホテルとして、リゾート開発の第2期としてVIZスパハウスの東側に大規模に展開する予定であった「ヴィラ・マルシェ」計画の第一弾であった。2006年春以降は閉鎖。2012年冬シーズンにマウンテンハウスとしてロビー部分のみリニューアル、冬山デスク・託児所・レンタル・スクール受付などを設置したが、2013年冬シーズンから再度クローズとなった。
  • Hotel Alpha Tomamu(ホテル・アルファ・トマム)
    • アルファリゾートの中で最初に建てられたホテル。全155室。当初はホテルオークラ系列として、リゾート内で唯一パブリック利用が可能なホテルだった。一般客向けにはレストランのみ営業中。客室は1階のみ、団体・結婚式での利用者限定。星野リゾートに移管されてからはチューブウォークを介してザ・タワーと接続。
  • The Village Alpha(ザ・ヴィレッジ・アルファ)
    • コンドミニアム。現在でも法人などの会員のみが宿泊可能。会員権は既に新規発行を取りやめているが(他の施設も同様)、一般の不動産業者により分譲されている。スカイウォークを介してザ・タワーやフォーレスタ・モール、レストラン「ニニヌプリ」と接続。

アクティビティ[編集]

アウトドア・インドア問わず、数多くのアクティビティが用意されている。

  • ポーラービレッジ
    • 早朝森の散歩(スノーシュー)
    • ツリーイング(森の木登り探検)
    • 森の林間学校
    • ポーラーピクニック(リフト&スノーシュー)
    • かなやま湖ワカサギ釣り
    • 犬ぞり・ウキウキ・ピクニック など
  • アイスビレッジ
    • 氷のホテル
    • 氷の教会
    • 氷のグラス工房
    • アイスバー
  • ミナミナビーチ(旧:VIZスパハウス)
    • 波の出るプール(日本最大級80m×30mの室内造波プール)
    • ジェットスパコテージ
    • 木林の湯(かつてのリラクゼーションルームを洗い場に改修、ロゴプール跡に露天風呂を建造)
  • アルファリゾートトマム ゴルフコース
    • 全18ホール(パー73)

アクセス[編集]

トマム駅リゾート側建物とリゾートへの送迎バス。(2010年3月)
  • 鉄道:JR石勝線トマム駅下車。駅前、またはホームからスカイウォークで繋がっているインフォメーションセンター(トマムトラベルセンター(みどりの窓口)の営業時間中のみ)から、無料送迎バス(予約不要)を利用
    • 繁忙期は列車の到着に合わせてホテル行きのバスが駅まで迎えに来ている。閑散期は帯広方面ホームにある小屋(プラットルーム)から内線電話(あるいは公衆電話・携帯電話)でバスを呼び出すか、インフォメーションセンターまで歩くこととなる。なお、幅広バスは専用道を通り、インフォメーションセンター〜ザ・タワー〜ヴィラ・スポルト間のみの運転となる(公道を走れないため、JRトマム駅やリゾナーレには発着しない)。客の多寡に合わせ、駅前発着・インフォメーションセンター発着を振り分けることがある。
  • 車:札幌から約2時間30分、新千歳空港から約2時間、帯広から道東自動車道経由で約55分、富良野から約1時間。
    • 2007年秋に道東自動車道トマムICが、2011年秋には夕張IC占冠ICが完成したことで、それぞれ帯広・釧路方面と札幌方面からのアクセスが向上した。

特別仕様リゾート特急[編集]

その他[編集]

  • 水の教会 - 安藤忠雄が設計した礼拝堂
  • 南斜面の札幌寄り(トマム駅からスキー場に向かって左側)にスキーコースが拡張される計画ですでにコースが切り開かれているが、未完成のまま中止となっている。また奥トマム地区にゴルフコースが増設される計画も当初はあったが、頓挫している。
  • 国際会議場を設置するなど、当初はバカンスだけでない通年滞在型山岳リゾート都市を目指して夢のような構想で開発がスタートしたが、アルファコーポ及び関兵精麦の破たんにより、新規開発はすべて頓挫し、現在は星野リゾートによる現状既存施設の維持を中心の運営になっている。2009年5月に国際会議が開かれたことで、開発当初の夢の一つが、運営者が変わった今、ようやく実現したことになる。
  • VIZスパハウスでは加森観光が営業していた頃の2004年3月にレジオネラ菌が発生し肺炎を起こした利用者がいた。また星野リゾートに替わってからの2012年1月に当時5歳の男児が水死するという事故が発生した[1]。いずれも営業を一時中止した。

脚注[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯43度3分47秒 東経142度37分51秒 / 北緯43.06306度 東経142.63083度 / 43.06306; 142.63083