巡恋歌

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巡恋歌
長渕剛シングル
収録アルバム 風は南から
B面 「帰り道」
リリース 1978年10月5日
規格 7インチレコード
録音 1978年12月
エピキュラス・スタジオ
ジャンル ポピュラー
フォークソング
時間 330
レーベル 東芝EMI/エキスプレス
作詞・作曲 長渕剛
チャート最高順位
長渕剛 シングル 年表
雨の嵐山
1977年
巡恋歌
1978年
俺らの家まで
1979年
風は南から 収録曲
A面
  1. 俺らの家まで
  2. 「僕の猫」
  3. 「いつものより道もどり道」
  4. 「訣別」
  5. 「カントリー・ワルツ」
B面
  1. 「待ち合わせの交差点」
  2. 「不快指数100%ノ部屋」
  3. 「今宵最後のブルース」
  4. 「君は雨の日に」
  5. 巡恋歌
  6. 「長いのぼり坂」
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巡恋歌」(じゅんれんか)は、日本のシンガーソングライターである長渕剛のファーストシングルである(通算2枚目)。

背景[編集]

ポピュラーミュージックコンテスト(ポプコン)の九州大会で優勝し、ビクター・レコードよりリリースされたシングル、「雨の嵐山」(1977年)によってデビューした長渕だったが、レコード店を回りキャンペーンを行ったり、デパートの屋上でアイドルの前座として歌わされたり、名前も「ながぶち・ごう」と変えられ、本人の理想とはかけ離れた活動を余儀なくされ、限界を感じた長渕は故郷である九州に帰ることになってしまう[1]。その後、再起をかけてこの曲は作られた。

再びプロのミュージシャンを目指していた長渕は、同じ過ちを繰り返さぬように、当時のフォークシンガーにとっては憧れの的であったフォーライフ・レコードに「巡恋歌」の含まれたデモテープを送るが、採用されなかった。その後も数々のレコード会社、果ては嘗て「雨の嵐山」において挫折を喫したビクターにも送るが、全く採用されず、最後に専門家による判断を仰ぐため、ヤマハ音楽振興会へと送った。その後ヤマハから歌手デビューする女性アイドルに「巡恋歌」を歌わせたいと連絡が入り、「自分はまだデビューもしていないし、自分で歌いたい」と伝えると、ヤマハ側から再度ポプコンへの出場を提案される。そして、見事九州大会で優勝、また静岡県のつま恋で行われた本選会でも入賞し、ヤマハ側から絶賛され、漸く東芝EMIより再デビューするに至った[2]

リリース[編集]

1978年10月5日東芝EMIのエキスプレスレーベルより、7インチレコードでリリースされた。規格品番はETP-10480。

プロモーション[編集]

長渕は前作「雨の嵐山」で喫した挫折を忘れる事のないよう、所属事務所に対し「全国をギターケースを持ってコンサート活動で回りたい」と訴えたが、レコード会社や所属事務所の上層部としてはレコードのプロモーションの事だけを考えており、長渕の考えは相手にされていなかった。その後、マネージャーであった糟谷銑司の計らいにより、長渕の希望は叶えられる事となった[3]

また、長渕はこの曲を全国区にするために、ライブでは必ず演奏し、プロモーションに頼らずに知名度を高めようとしていた。

アートワーク[編集]

シングル盤のジャケットは、タバコを片手にした長渕の写真が使用されている。

ライブ・パフォーマンス[編集]

デビュー以降のライブでもほとんど欠かさず演奏されている。ライブではオリジナルと違い、バックバンドなし、ギターとハーモニカだけで歌う。特にエンディングへ向けてハーモニカを激しく吹きながらギターをハイスピードでかき鳴らすシーンは、長渕ライブの見どころの一つとなっている。

ライブ版収録作品[編集]

カバー[編集]

後に長渕本人によりカバーされたバージョンがシングルでリリースされている(後述)。

南海キャンディーズ山崎静代(しずちゃん)がお笑いをやる前に、アイドルオーディション(モーニング娘。)でこの曲を歌った。バラエティ番組たけしの誰でもピカソ』(1997年 - 2009年テレビ東京系列)でもこの歌を熱唱した。

その他[編集]

  • B面曲「帰り道」はアルバム未収録となり、シングル盤のみの収録となったため、長らく入手困難な状態となっていた。しかし、ベストアルバム『SINGLES Vol.1 (1978〜1982)』(1997年)にて初CD化され、入手しやすくなった。

収録曲[編集]

全作詞・作曲: 長渕剛、全編曲: 鈴木茂

# タイトル 時間
1. 巡恋歌」   3:30
2. 帰り道」   3:45

スタッフ・クレジット[編集]

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

  • 陣山俊一 - ディレクター (Yui)
  • 山里剛 - ディレクター (YAMAHA)
  • 米田恵一 - ディレクター (TOSHIBA-EMI)
  • 石塚良一 - エンジニア
  • 糟谷銑司 - マネージメント

収録アルバム[編集]

巡恋歌'92[編集]

巡恋歌'92
長渕剛シングル
B面 俺らの家まで ('92 TOKYO DOME Live Version)」
リリース 1992年10月28日
規格 8センチCD
カセットテープ
ジャンル ポピュラー
フォークソング
時間 410
レーベル 東芝EMI/エキスプレス
作詞・作曲 長渕剛
チャート最高順位
  • 1位(オリコンチャート)
  • 1992年度年間45位(オリコン)
長渕剛 シングル 年表
しゃぼん玉
1991年
巡恋歌'92
1992年
RUN
1993年
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巡恋歌'92」(じゅんれんか・きゅうじゅうに)は、長渕剛の25枚目のシングルである(通算26枚目)。

1992年10月28日に東芝EMIのエキスプレスレーベルより8センチCDカセットテープでリリースされた。規格品番はTODT-2950 (CD)・TOST-2950 (CT)。

解説[編集]

当時、テレビドラマCMなどのタイアップによるヒット曲が横行していた事に対し、曲の力だけでどれだけ売上を上げられるかにこだわり、ラジオの放送以外全くのノン・タイアップでヒットした。オリジナル版はオリコンチャート100位圏外であったが、「巡恋歌'92」では1位を獲得した。

アレンジが変更され、冒頭にハーモニカの演奏が追加、テンポが速くなりハードなエレクトリックギターの音色が加わりロック調となっている。

収録曲[編集]

全作詞・作曲: 長渕剛、全編曲: 瀬尾一三、長渕剛。

# タイトル 時間
1. 巡恋歌(JUNRENKA'92) 4:10
2. 俺らの家まで ('92 TOKYO DOME Live Version)」   4:07
3. 巡恋歌(オリジナル・カラオケ)」    

収録アルバム[編集]

脚注・参照[編集]

  1. ^ 長渕剛 「ナガブチゴウの嵐山」『俺らの旅はハイウェイ』 八曜社、1981年、128頁。ISBN 9784827000573
  2. ^ 長渕剛 「自信作「巡恋歌」」『俺らの旅はハイウェイ』 八曜社、1981年、150頁。ISBN 9784827000573
  3. ^ MUSICMAN-NET 第51回 糟谷 銑司 氏

外部リンク[編集]