千代反田充

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千代反田 充 Football pictogram.svg
名前
愛称 チヨタン
カタカナ チヨタンダ ミツル
ラテン文字 CHIYOTANDA Mitsuru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1980年6月1日(34歳)
出身地 福岡県
身長 183cm
体重 80kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

千代反田 充(ちよたんだ みつる、1980年6月1日 - )は、福岡県出身のプロサッカー選手ポジションDFセンターバック)。

来歴[編集]

福岡県出身で、中学、高校時代も福岡で過ごした生粋の福岡育ち。東福岡高校2年生の時には、手島和希本山雅志古賀誠史金古聖司らと共にインターハイ全日本ユース選手権高校選手権の制覇に貢献。高校サッカー史上初の3冠を経験した。

高校卒業後は福岡を離れ、筑波大学に進学。大学時代は関東選手権大会、関東大学サッカーリーグ優勝など、数々のタイトルを獲得した。2001年、全日本大学選抜に選出。2002年は全日本大学サッカー選手権大会に出場し、全日本大学サッカー選手権大会ベストDF賞を受賞した。

2003年、地元のアビスパ福岡に入団。プロ入り1年目から一定して試合に出場し、2004年からレギュラーに定着。守備を本職としながらも攻撃的センターバックとして活躍し、この年は5得点、翌2005年には7得点を記録し、チームの中心選手に成長した。

2007年アルビレックス新潟に完全移籍。永田充と不動のセンターバックコンビを組み、ディフェンスリーダーとして守備陣を統率。2009年には熟成した守備を披露し、J1で2番目に少ない失点数に抑え、最終ラインからチームの躍進に貢献した。

2010年名古屋グランパスに完全移籍。田中マルクス闘莉王増川隆洋のセンターバックコンビの前に中々出場機会を得られなかったが、闘莉王、増川の不在時には活躍。リーグ戦16試合の出場にとどまったものの、同年の名古屋のJ1制覇に貢献した。

2012年ジュビロ磐田に完全移籍。しかし、7試合の出場にとどまった。

2013年徳島ヴォルティスへ完全移籍した[1][2]。怪我などの影響で14試合の出場にとどまったが、終盤戦はレギュラーに定着し、J1昇格プレーオフ決勝では1ゴールを挙げるなどJ1昇格に貢献した。

エピソード[編集]

  • 新潟から名古屋に移籍した理由は、ストイコビッチ監督の熱烈オファーであるが、2009年の新潟対名古屋戦で、名古屋MFマギヌンが退場した際の乱闘の中で、熱くなったストイコビッチに胸を殴られる一場面があった。その事は名古屋の入団会見で口にしている。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2001 筑波大 - - - 1 0 1 0
2002 6 - - - 1 0 1 0
2003 福岡 5 J2 26 1 - 0 0 26 1
2004 43 5 - 2 0 45 5
2005 35 7 - 0 0 35 7
2006 J1 26 1 5 0 2 0 33 1
2007 新潟 33 2 4 0 1 0 38 2
2008 32 2 6 0 2 0 40 2
2009 33 1 5 0 3 0 41 1
2010 名古屋 3 16 0 6 1 3 0 25 1
2011 17 0 1 0 4 0 22 0
2012 磐田 4 7 0 3 1 1 0 11 1
2013 徳島 5 J2 14 1 - 0 0 14 1
2014 J1
通算 日本 J1 164 6 30 2 16 0 210 8
日本 J2 118 14 - 2 0 120 14
日本 - - 2 0 2 0
総通算 282 20 30 2 20 0 332 22

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2011 名古屋 3 5 0
通算 AFC 5 0

タイトル[編集]

代表・選抜歴[編集]

  • 1999年 日本高校選抜
  • 2001年 全日本大学選抜
  • 2002年 全日本大学選抜

脚注[編集]

  1. ^ 千代反田 充選手 徳島ヴォルティスへ完全移籍 ジュビロ磐田公式サイト 2012.12.29付
  2. ^ 千代反田 充選手 完全移籍にて加入決定のお知らせ 徳島ヴォルティス公式サイト 2012.12.29付

関連項目[編集]