ロイヤルウイング

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ロイヤルウイング
Royal Wing01.JPG
概歴
起工 1959年8月11日
進水 1959年11月18日
竣工 1960年2月27日
建造所 三菱重工業神戸造船所
現況 就航中
要目
船種 レストラン船
総トン数 2,876t
全長 86.7m
全幅 13.4m
機関 2700psディーゼルエンジン×2基
速力 19.5kt
旅客定員 630名
船籍港 横浜港

ロイヤルウイングは、2011年現在、神奈川県横浜港大桟橋を拠点として営業しているエンターテイメント・レストラン船の船名。旧船名は「くれない丸」。もとは関西汽船別府航路を代表するクルーズ客船であった。本稿では「くれない丸」時代についてもあわせて記述する。

また、株式会社ロイヤルウイングは、神奈川県横浜市中区に本社を置き、同船を運航する企業である。

船歴[編集]

1912年大阪と別府温泉を結ぶ航路に初めて観光開発を目的として就航したドイツ製客船初代「紅丸」、さらに1928年就航の二代目「紅丸」の名を受け継いで、三代目「くれない丸」として1960年に竣工。造船所は新三菱重工神戸。「くれない丸」の名称に逆らってイメージカラーはライトグリーンで、船体下部とファンネル(煙突)は同色に塗装されていた。1960年大阪港 - 神戸港 - 松山港 - 別府港を結ぶ別府航路(瀬戸内航路)の昼便(時刻表では観光船に分類。運賃に特別料金が発生した)に、僚船の同型船「むらさき丸」とともに就航した(のちに、更に僚船として「すみれ丸」「こはく丸」「あいぼり丸」「こばると丸」が就航し、3000トン級クルーズ客船は、最大時6隻体制となった)。この時期、「くれない丸」他5隻が就航していた別府航路(瀬戸内航路)は、阪神と九州を結ぶ観光路線として多くの新婚旅行客を別府温泉などへと運んだ。

メインは2人部屋の一等客室であり、客船としては小型ではあるものの豪華で俊足を誇る優秀なクルーズ客船であった。1961年に当時実験途上であったバルバス・バウ(球状船首)のひかえめなプロトタイプが装備され、「むらさき丸」との併走実験も行われた(バルバス・バウは造波抵抗の低減に効果があるのではないかと言われており、商業船舶における効果を実証した)。大阪港 - 別府港の航海時間は、急行列車にも引けを取らないおおむね14時間あまりであった[1]

1964年6月には、河野一郎建設大臣と瀬戸内沿岸の知事・市長らによる「瀬戸内総合開発懇談会」が船上で開催されている[1]

しかし、長距離フェリーが増加したことに加え、1975年3月の山陽新幹線の岡山駅 - 博多駅間の開業により、別府航路の利用客は1979年にはピーク時の半分程度となり、「くれない丸」「むらさき丸」の乗船率も25%前後に下落した[2]。また1975年12月の時刻変更で、両船の運行時間が景色を楽しめない夜行便に変更されたことも人気の下落要因として挙げられた[2]

こうした情勢を受けて1980年に別府航路はフェリー化されることとなり、7000トン級フェリー船(旅客・自動車併載船)フェリーに志き丸・フェリーこがね丸に航路を譲り、退役。同航路は産業的輸送路線の色彩を強めた。それらの後続船は搭載されるトラックのドライバー用船室のほか二等客室なども重視される設計となり、別府航路の格式は変化を余儀なくされた。

くれない丸は別府航路からの退役後は予備船となったが[2]、その後佐世保重工業に売却される。しばらく係船されたのち、1988年スエヒログループ総帥の吉本日海が率いる日本シーラインによってレストランシップに改装され、2012年現在、横浜港大桟橋を母港とする横浜港東京湾クルーズ客船として現役である。

ロイヤルウイングとしてのサービス[編集]

  • ランチクルーズ・ディナークルーズ・・・2400円
  • ティークルーズ・・・2000円

食事をする場合は、食事代が別途必要である。食事をしない場合はサンデッキの利用となる。バイキングを中心に、飲茶等が用意されている。中国飯店協会より最高料理人の認定を受けた蘇敬梨が総料理長を務める。

基本的に、毎日「ランチクルーズ」「ティークルーズ」「ディナークルーズ(2回)」がある。また、結婚式などの各種貸切プランも用意されている。

トリビア[編集]

「くれない丸」は、「瀬戸内海の女王」とも呼ばれる日本を代表する内航クルーズ客船であったことから、交通博物館の船の歴史コーナーに、長らく模型が展示されていた[3](二代目「紅丸」の模型も展示されていた[4])。

関東地区で運航されているクルーズ客船の中では船体が大きい事と、古い時代の姿を残している船として多くのテレビや映画での撮影に用いられている。

また、ガレージキットメーカーのFORESIGHTから、キットが発売されたことがある。

ギャラリー[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 『船の科学』船舶技術協会、1960年4月号 第13巻第4号
  • 1989年版『船の科学1』第42巻第1号 p.54
  • 世界の艦船 別冊 日本の客船[2] 1946-1993』海人社、1993年 ISBN 4-905551-45-5

脚注[編集]

  1. ^ 1960年10月当時の時刻表によると、京都駅 - 都城駅間の急行「日向」の大阪駅 - 別府駅間の所要時間は下りが12時間58分、上りが12時間44分であった。
  2. ^ a b c 朝日新聞大阪版1980年9月22日夕刊
  3. ^ 展示されていた模型
  4. ^ 展示されていた模型