都城駅
| 都城駅 | |
|---|---|
駅舎(2005年3月)
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| みやこのじょう - Miyakonojō | |
| 所在地 | 宮崎県都城市栄町4553 |
| 所属事業者 | 九州旅客鉄道(JR九州) |
| 電報略号 | ヤコ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 3面5線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
1,127人/日(降車客含まず) -2009年- |
| 開業年月日 | 1913年(大正2年)10月8日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | 日豊本線 |
| キロ程 | 389.9km(小倉起点) |
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◄三股 (4.3km)
(2.5km) 西都城►
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| 所属路線 | 吉都線 |
| キロ程 | 61.6km(吉松起点) |
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◄日向庄内 (4.1km)
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| 備考 | 直営駅 みどりの窓口 有 |
都城駅(みやこのじょうえき)は、宮崎県都城市栄町にある、九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。
日豊本線を所属線として[1]、当駅が終点となる吉都線を加えた2路線が乗り入れる。都城市の代表駅で全列車が停車する。
本稿では、駅周辺にある日本貨物鉄道(JR貨物)の施設である都城オフレールステーションについても記述する。
目次 |
[編集] 駅構造
駅舎に接する単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線の計3面5線および複数の留置線の設備を有する地上駅で、夜間滞泊もある。駅舎に接する単式ホームが1番のりば、島式ホームが2番乗り場(3番線)、3番のりば(4番線)と4番のりば(5番線)、5番のりば(6番線)となっている。1番線の隣にはかつての貨物ホーム、1番線と3番線の間の中線(2番線)は撤去されており往年の繁栄を偲ばせる。各ホームは地下道で連絡しているが天井は非常に低い。以前は2・3番のりばホーム上にキオスクと軽食屋が存在し、駅弁も販売されていたが撤退した。
| 1 - 3 | ■日豊本線 | (上り) | 南宮崎・宮崎方面 | |
|---|---|---|---|---|
| (下り) | 国分・隼人・鹿児島中央方面 | |||
| 4 - 5 | ■吉都線 | 小林・えびの・吉松方面 |
駅舎は鉄筋コンクリート造りの2階建てで1975年(昭和50年)3月に完成したものである。かつては旅行センターも存在したが廃止され跡地は駅長室になっている。直営駅で、駅舎内部にはみどりの窓口や自動券売機が設置されている。現在は駅長と一般社員のみ勤務で、助役の配置はない。
[編集] 都城オフレールステーション
都城オフレールステーション(略称、都城ORS)は、駅の北側にあるJR貨物のコンテナ集配基地である。コンテナ貨物(12フィートコンテナ)のみを取り扱っており、貨物列車代替のトラック便が1日5.5往復(当駅発が6本)、鹿児島貨物ターミナル駅との間に設定されている。
1986年(昭和61年)11月に駅での貨物取扱が廃止され、代替として都城コンテナセンターが設置された。その後2006年(平成18年)4月に都城オフレールステーションに改称した。駅で貨物の取扱を行っていたころは、日本たばこ産業都城工場(2005年3月閉鎖)などへの専用線が駅から分岐していた。
[編集] 駅弁
せとやま弁当[1]が販売している。主な駅弁は下記の通り[2]。
[編集] 利用状況
- 2009年度の1日平均乗車人員は1,127人である。
| 乗車人員推移 | |
|---|---|
| 年度 | 1日平均人数 |
| 2002 | 1,355 |
| 2004 | 1,214 |
| 2005 | 1,215 |
| 2006 | 1,202 |
| 2007 | 1,205 |
| 2009 | 1,127 |
[編集] 駅周辺
駅前にはホテルや大規模な商店などもある。都城市街地は西都城駅が最寄り駅。
- 都城市立祝吉小学校
- 都城市立祝吉中学校
- 宮崎県立都城農業高等学校
- 都城北原郵便局
- 都城市立小松原中学校
- 都城市立大王小学校
- 神柱公園
- 都城市立妻ヶ丘中学校
- 都城市立東小学校
- 宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校
- イオンモールミエル都城駅前
- 国道10号
- 国道269号
[編集] バス路線
- 宮崎交通
- 三州自動車
- 大隅交通ネットワーク
- かつてはジェイアール九州バス都城線(末吉・油津駅方面)が運行されていた。
[編集] 歴史
都城の町に最初にできた駅が当駅である。当時九州の南側にのびる唯一の鉄道であった鹿児島本線(現在は肥薩線)の吉松駅から、宮崎方面に向かう宮崎線の終着駅として1913年(大正2年)に開業した。1914年(大正3年)に宮崎線は三股駅まで延伸し、1916年(大正5年)に青井岳駅と清武駅の間の開通を以って吉松駅から当駅を経て宮崎駅まで線路がつながった。
1923年(大正12年)に小倉駅から都城駅を経て吉松駅までが日豊本線とされた。当時は、都城と鹿児島方面は吉松回りで結ばれていたが、財部経由で短絡しようという気運が高まった。そして、1932年(昭和7年)に都城と隼人を直結する路線が全通した。このことを受けて同じ日に小倉駅から当駅、西都城駅、隼人駅を経て鹿児島駅までが日豊本線となり、当駅から小林駅を経て吉松駅を結ぶ路線は吉都線として分離された。なお志布志線は、当駅からではなく西都城駅からの路線に変更されている。
[編集] 年表
- 1913年(大正2年)10月8日 - 国有鉄道宮崎線の駅として、谷頭 - 都城間開通と同時に開業。
- 1922年(大正11年)9月27日 - 駅舎を改築。
- 1923年(大正12年)1月14日 - 志布志線が末吉駅まで開通。
- 1929年(昭和4年)4月28日 - 国都東線 西都城 - 財部間が開通。
- 1932年(昭和7年)12月6日 - 大隅大川原 - 霧島神宮駅開通により日豊本線小倉 - 宮崎 - 当駅 - 財部 - 鹿児島駅間が全通。
- 1945年(昭和20年)8月6日 - 都城大空襲により駅構内全焼。
- 1970年(昭和45年)10月1日 - コンテナ取扱開始。
- 1971年(昭和46年)10月1日 - 旅行センター開設。
- 1975年(昭和50年)3月25日 - 3代目となる現在の駅舎に改築。
- 1977年(昭和52年)5月25日 - コンテナ貨物の取扱を廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - コンテナ貨物の取扱を再開。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物・貨物の取扱を廃止。都城コンテナセンター設置。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR九州の駅となる。都城コンテナセンターはJR貨物が継承。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 都城コンテナセンターが都城オフレールステーションに改称。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
- ^ 社団法人九州鉄道営業会
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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