都城駅

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都城駅
駅舎(2005年3月)
駅舎(2005年3月)
みやこのじょう - Miyakonojō
所在地 宮崎県都城市栄町4553
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
電報略号 ヤコ
駅構造 地上駅
ホーム 3面5線
乗車人員
-統計年度-
1,108人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1913年大正2年)10月8日
乗入路線 2 路線
所属路線 日豊本線
キロ程 389.9km(小倉起点)
三股 (4.3km)
(2.5km) 西都城
所属路線 吉都線
キロ程 61.6km(吉松起点)
日向庄内 (4.1km)
備考 直営駅
みどりの窓口

都城駅(みやこのじょうえき)は、宮崎県都城市栄町にある、九州旅客鉄道(JR九州)のである。

本稿では、駅周辺にある日本貨物鉄道(JR貨物)の施設である都城オフレールステーションについても記述する。

概要[編集]

宮崎県南部の主要都市である都城市の代表駅で、全列車が停車する。日豊本線所属線とし[1]、当駅が終点である吉都線を加えた2路線が乗り入れている。特急「きりしま」のうち下り1本が当駅終着で運行されるほか、日豊本線の普通列車のうち、主に鹿児島中央駅方面からの一部列車が当駅折り返しで運行されている。

なお都城市の中心部には隣の西都城駅の方が近く、宮崎駅方面からの普通列車も大半が西都城駅折り返しとなっている。

駅構造[編集]

駅舎に接する単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線の計3面5線および複数の留置線の設備を有する地上駅で、夜間滞泊もある。駅舎に接する単式ホームが1番のりば、島式ホームが2番乗り場(3番線)、3番のりば(4番線)と4番のりば(5番線)、5番のりば(6番線)となっている。1番線の隣にはかつての貨物ホーム、1番線と3番線の間の中線(2番線)は撤去されており往年の繁栄を偲ばせる。以前は2・3番のりばホーム上にキオスクと軽食屋が存在し、駅弁も販売されていたが撤退した。2014年3月15日バリアフリー化工事が完了し、跨線橋と各ホームにエレベーターが設置された。かつては地下道で連絡しており、天井は非常に低かった。

のりば
1 - 3 日豊本線 (上り) 南宮崎宮崎方面
(下り) 国分隼人鹿児島中央方面
4 - 5 吉都線 小林えびの吉松方面

駅舎は鉄筋コンクリート造りの2階建てで1975年(昭和50年)3月に完成したものである。かつては旅行センターも存在したが廃止され跡地は駅長室になっている。直営駅で、駅舎内部にはみどりの窓口自動券売機が設置されている。現在は駅長と一般社員のみ勤務で、助役の配置はない。

都城オフレールステーション[編集]

都城オフレールステーション(略称、都城ORS)は、駅の北側にあるJR貨物のコンテナ集配基地である。コンテナ貨物(12フィートコンテナ)のみを取り扱っており、貨物列車代替のトラック便が1日5.5往復(当駅発が6本)、鹿児島貨物ターミナル駅との間に設定されている。

1986年(昭和61年)11月に駅での貨物取扱が廃止され、代替として都城コンテナセンターが設置された。その後2006年(平成18年)4月に都城オフレールステーションに改称した。駅で貨物の取扱を行っていたころは、日本たばこ産業都城工場(2005年3月閉鎖)などへの専用線が駅から分岐していた。

駅弁[編集]

せとやま弁当[1]が販売している。主な駅弁は下記の通り[2]

利用状況[編集]

  • 2012年度の1日平均乗車人員は1,108人である。
乗車人員推移
年度 1日平均人数
2002 1,355
2003
2004 1,214
2005 1,215
2006 1,202
2007 1,205
2008 1,188
2009 1,127
2010 1,090
2011 1,087
2012 1,108

駅周辺[編集]

駅前にはホテルや大規模な商店などもある。都城市街地は西都城駅が最寄り駅。

バス路線[編集]

  • 宮崎交通
    • 宮崎空港宮崎駅
    • 高城方面 雀ヶ野行
    • 高崎方面 小林行
    • 上郡元方面 都城ショッピングセンター行
    • 山之口方面 上野上行・青井岳温泉行
    • 山田方面 萩の尾行・熊野神社前行・山田行・平山行
    • 庄内方面 霧島神宮行・西岳行
    • 都原団地方面 久保原行
    • 蓑原方面 久保原行
    • 工業高校方面 久保原行
    • 西都城駅行
    • 医師会病院前方面 川原谷行
    • 安久温泉方面 上尾平野行
    • 南九州大学方面 三股駅行
    • 豊満方面 宮村行
    • 五文字方面 一万城団地行
    • 商業高校前行
    • 妻ヶ丘方面 イオン都城行
    • 神柱公園方面 イオン都城行
    • 藤元早鈴病院方面 イオン都城行
    • イオンモール行

歴史[編集]

都城の町に最初にできた駅が当駅である。当時九州の南側にのびる唯一の鉄道であった鹿児島本線(現在は肥薩線)の吉松駅から、宮崎方面に向かう宮崎線の終着駅として1913年(大正2年)に開業した。1914年(大正3年)に宮崎線は三股駅まで延伸し、1916年(大正5年)に青井岳駅清武駅の間の開通を以って吉松駅から当駅を経て宮崎駅まで線路がつながった。

1923年(大正12年)に小倉駅から都城駅を経て吉松駅までが日豊本線とされた。当時は、都城と鹿児島方面は吉松回りで結ばれていたが、財部経由で短絡しようという気運が高まった。そして、1932年(昭和7年)に都城と隼人を直結する路線が全通した。このことを受けて同じ日に小倉駅から当駅、西都城駅、隼人駅を経て鹿児島駅までが日豊本線となり、当駅から小林駅を経て吉松駅を結ぶ路線は吉都線として分離された。なお志布志線は、当駅からではなく西都城駅からの路線に変更されている。

年表[編集]

  • 1913年大正2年)10月8日 : 国有鉄道宮崎線の駅として、谷頭 - 都城間開通と同時に開業。
  • 1922年(大正11年)9月27日 : 駅舎を改築。
  • 1923年(大正12年)1月14日 : 志布志線が末吉駅まで開通。
  • 1929年昭和4年)4月28日 : 国都東線 西都城 - 財部間が開通。
  • 1932年(昭和7年)12月6日 : 大隅大川原 - 霧島神宮駅開通により日豊本線小倉 - 宮崎 - 当駅 - 財部 - 鹿児島駅間が全通。
  • 1945年(昭和20年)8月6日 : 都城大空襲により駅構内全焼。
  • 1970年(昭和45年)10月1日 : コンテナ取扱開始。
  • 1971年(昭和46年)10月1日 : 旅行センター開設。
  • 1975年(昭和50年)3月25日 : 3代目となる現在の駅舎に改築。
  • 1977年(昭和52年)5月25日 : コンテナ貨物の取扱を廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 : コンテナ貨物の取扱を再開。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 : 荷物・貨物の取扱を廃止。都城コンテナセンター設置。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 : 国鉄分割民営化によりJR九州の駅となる。都城コンテナセンターはJR貨物が継承。
  • 2006年平成18年)4月1日 : 都城コンテナセンターが都城オフレールステーションに改称。
  • 2014年(平成26年)
    • 3月15日 : 駅のバリアフリー化が完了。跨線橋とエレベーターが新設される。
    • 3月17日 : バリアフリー化に伴い、それまで駅構内のホームを連絡していた地下通路が閉鎖される。

隣の駅[編集]

九州旅客鉄道
日豊本線
  • 特急「きりしま」停車駅(下り1本のみ当駅終着)
普通
三股駅 - 都城駅 - 西都城駅
吉都線
日向庄内駅 - 都城駅

脚注[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 社団法人九州鉄道営業会

関連項目[編集]

外部リンク[編集]