ラリー・エリソン
| ラリー・エリソン | |
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Larry Ellison(2009年10月)
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| 生誕 | ローレンス・ジョセフ・エリソン 1944年8月17日(67歳) |
| 国籍 | |
| 職業 | オラクル創業者兼CEO |
| 給料 | 100万ドル(2009年)[1] |
| 純資産 | |
| 配偶者 | Adda Quinn(1967年-1974年) Nancy Wheeler Jenkins(1977年-1978年) Barbara Boothe(1983年-1986年) Melanie Craft(2003年-) |
| 子供 | 5人 |
| 公式サイト | |
| Ellison at Oracle.com | |
ローレンス・ジョセフ・エリソン(Lawrence Joseph Ellison、1944年8月17日 - )は、データベースソフトをはじめとする大手ビジネスソフトウェア企業オラクル・コーポレーションの共同設立者であり、CEOである。3度の離婚歴を含む私生活や、幾多の訴訟や買収、ビル・ゲイツとのライバル関係など、様々な話題に事欠かない。また、自宅を和風建築にするほどの親日家としても知られている[3][4][5][6]。近年では、中小規模向けSaaS型アプリケーション企業のNet Suite社設立メンバーの一人としても知られる。2010年現在の総資産は280億ドルで、世界で6番目の富豪である[2]。フィランソロピー活動でも有名である。
目次 |
[編集] 出生から学生時代
ニューヨーク出身。ユダヤ人の母親 (Florence Spellman) は出産当時未婚の19歳で、生後9ヶ月でラリーをシカゴに住む叔母リリアン・エリソンと叔父ルイス・エリソンに養子として引き取ってもらった。エリソンは実の母の名も知らず、48歳のとき初めて会った。実の父は今なお認知されていない。
エリソンの育った2LDKのアパートはシカゴの中の下クラスのユダヤ人の多い地区にあった。後にエリソンは、母は愛情深かったが、父は非常に厳しかったと語っている。なお、養父はクリミア出身のロシア系ユダヤ人で、エリス島からアメリカ合衆国に入国したことからエリソンを名乗ったという。ルイスは普通の公務員としてシカゴで不動産を購入したが、世界恐慌の際にそれを失ってしまった。
高校時代は秀才だが、無愛想な生徒だった。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に二年生まで通っていたが、リリアンの死後まもなく退学。カリフォルニア州北部で夏を過ごした後、シカゴ大学で学ぶために実家に戻ったものの三ヶ月でまたも退学し、カリフォルニアへ移住。この頃、コンピュータに触れ始めている。
[編集] 経歴
1970年代、エリソンはアンペックスで働いた。彼の関わったプロジェクトのひとつにCIA向けデータベース開発があり、彼はそれに「オラクル (Oracle)」と名づけた。
エリソンはエドガー・F・コッドのリレーショナルデータベースシステムに関する論文 A Relational Model of Data for Large Shared Data Banks に触発され、1977年、自己資金1400ドルでオラクルを設立した。当初の名称は Software Development Laboratories (SDL) である。1979年、Relational Software Inc.に改称し、主要製品Oracle Databaseを出荷後はOracleに改称した。彼はIBMのSystem Rデータベースがコッドの理論に基づいたものであると聞き、Oracleもこれと互換性のある製品にしたかったのだが、IBMはエラーコードを秘密にすることによって互換製品が出てくるのを防いでいた。オラクルの最初の製品はOracle 2であり、Oracle 1は存在しない。このリリース番号は、それ以前のバージョンのバグが全て解決されていることを暗示しようとして付けられた。
1990年、オラクルは資金繰り悪化のため全従業員の10%(400人)を解雇した。オラクルの倒産の危機は販売部門の最前線の戦略に起因するものだった。潜在的な顧客について将来の販売も見越して一度に大量のソフトウェア製品を購入したことにし、セールスマンが売り上げノルマを達成しようとしたことが原因である。しかし、実際には入金が遅れて問題が発覚した。オラクルはこの戦略のせいで二回に及ぶ収支報告の再提示をすることとなり、財務諸表の不備によって起こされた集団訴訟を解決しなければならなくなった。ラリー・エリソンは後に、彼の会社は「信じられないビジネス上の誤り」を犯したと述べている。
当時メインフレームの関係データベース市場はIBMのDB2とSQL/DSが独占していたが、同社はUNIXやWindows向けのデータベース市場では出遅れていた。その隙間を埋めたのが、オラクル、サイベース、インフォミックス(そしてマイクロソフト)である。
そのころ、オラクルは技術的にサイベースに後れを取った。1990年から1993年、サイベースはデータベース業界で最も成長が著しく、最も信頼されていた。しかし、サイベースは1993年、データベース技術とは無関係のPowerSoftと合併してしまう。この合併によってデータベースは数ある製品のひとつとなってしまい、競争力を失っていった。1993年、サイベースはWindows上で動作するデータベースソフトウェアの権利をマイクロソフトに売却した。これが "SQL Server" として販売されることになる。
1994年、サイベースに代わってインフォミックスがオラクルのライバルとして台頭してきた。インフォミックスのCEOであるフィル・ホワイトとラリー・エリソンの熾烈な争いは3年間もシリコンバレーのトップニュースとなった。最終的にオラクルがインフォミックスを打ち破ったのは1997年である。また、同じ年にアップルにスティーブ・ジョブズが戻ると、エリソンも同社の取締役会に呼ばれるようになった。エリソンは2002年にアップルの取締役会に出席する時間がないとして取締役を辞任している。
インフォミックスとサイベースを打ち破ったことで、オラクルは市場での優位を謳歌した。しかし1990年代終盤になるとマイクロソフトのMicrosoft SQL Serverが台頭して来た。また、IBMは2000年にインフォミックスを買収し、DB2の補助製品を得ることとなった。現在、オラクルの主なライバルは、IBMのDB2、オープンソースのMySQL、マイクロソフトの SQL Server である。メインフレーム市場は相変わらずIBMのDB2が独占している。
2009年4月、オラクルはIBMやヒューレット・パッカードとの綱引きの後、サン・マイクロシステムズを買収する意図があることを発表した[7]。欧州連合は2010年1月21日、オラクルによるサン・マイクロシステムズ買収を承認し、「オラクルによるサンの獲得は、重要な資産を活性化し、新たな革新的製品を生み出す可能性を持っている」と評価した[8]。
[編集] 収入
2005年、オラクルはエリソンに給料として97万5千ドル、ボーナスとして650万ドル、その他手当てとして95万5100ドルを支払った[9]。2009年のオラクルからの総収入は8450万1759ドルで、内訳は基本給100万ドル、ボーナス358万6813ドル、ストックオプション7842万1000ドルだった[10][11][12]。
2009年8月22日、エリソンは2010年度の自身の基本給を1ドルにすると発表した[1]。
2010年3月10日現在、フォーブス誌の世界長者番付によれば、エリソンは世界第6位の富豪である。アメリカの中では3位、その総資産はおよそ280億ドル[13]と見積もられている[2]。
2000年の一時期には、エリソンが世界一の富豪だったこともある[14]。また2006年にはフォーブス誌がエリソンをカリフォルニアで一番の富豪にランク付けした[2]。
[編集] 私生活
エリソンは4度結婚している[15]。3度はいずれも離婚している。3人目の妻 Barbara Boothe との間には一人の息子と一人の娘をもうけている。
エリソンは2003年12月18日、恋愛小説家メラニー・クラフトと結婚した。結婚式では友人のスティーブ・ジョブズがカメラマンを務めた[16]。
[編集] ヨットレース
エリソンは BMW Oracle Racing の2番目のスポンサーである。オラクル社はこのチームに資金を提供しているわけではないが、ロゴとブランド名の使用を認めている。
まず2003年の第31回大会にOracle BMW Racingを結成して出場。アメリカスカップへの挑戦者を決定するルイヴィトンカップの決勝まで勝ち進んだが、ここで敗退した。続く2007年の第32回大会には BMW Oracle Racing(BMW からの出資が増えたため改称)を率いて挑戦したが、同じくルイヴィトンカップの準決勝で敗退した。
第33回アメリカスカップは色々と紆余曲折があったが、BMW Oracle Racing がカップ保持者に挑戦する形となり、BMW Oracle Racing が勝利した。
[編集] 自家用ジェット機
エリソンは航空機パイロットの免許を持っており、複数の航空機を所有している。エリソンは彼のジェット機の騒音について、何度かノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港と口論になっている。サンノゼ当局は75,000ポンド(34トン)以上の重量の飛行機での深夜の離着陸を制限しており、エリソンは度々これに違反している。2000年1月、エリソンは空港の規則の解釈について訴えを起こした。
エリソンが所有するジェット機は、メーカーが7万5000ポンドと9万ポンドの2種類の重量での運行が可能としている(9万ポンドは長距離飛行のために燃料を多く積む場合)。しかし、サンノゼに着陸する際は7万5000ポンド未満の重量になっており、それはログを見ても明らかだと主張[17]。米連邦地裁判事ジェレミー・フォーゲルはこれについて2001年6月、エリソンのジェット機を適用免除としたが、空港の規則そのものは否定しなかった[18]。
[編集] 自宅
エリソンはカリフォルニア州ウッドサイド (Woodside) の2億ドルの土地に、人造湖と耐震補強された日本建築の家を完成させた。2004年と2005年には、マリブ(Malibu)に12件以上の不動産を購入した(総額1億8000万ドル以上)。エリソンがマリブのCarbon Beachに5区画を跨いで建てた家(6500万ドル)は全米史上最も高価な個人宅だったが、後にロン・パールマンに抜かれている[19]。2010年、ロードアイランド州ニューポートの古い邸宅 Astor's Beechwood Mansion を1050万ドルで購入した。 2010年、京都府東山南禅寺の何有荘をクリスティーズの仲介で購入した(オークション開始価格80億円)。
[編集] 寄付
エリソンはオラクル株約10億ドル分を売却した件でインサイダー取引の疑いをかけられたが、疑惑については否定し、1億ドルを自身の設立した慈善団体に寄付した。判事はエリソンの裁判費用2400万ドルをオラクルが肩代わりすることを認めなかった。エリソンの弁護士は、もともとエリソンが裁判費用を支払う予定だったと主張したが、それは罪を認めたとも受け取れる。このとき、オラクル社はスタンフォード大学の教授2名を社外取締役に任命してインサイダー取引だったかどうかを調査させ、潔白だという調査結果を出させているが、エリソンはスタンフォード大学に寄付をしていた[20][21]。
アメリカ同時多発テロ事件の際には、米連邦政府に全国的なIDデータベースのソフトウェアを寄付することを申し出た。これは様々な憶測を呼び、物議を醸した[22][23]。
[編集] 脚注
- ^ a b Oracle's Ellison to be paid salary of $1 in fiscal 2010
- ^ a b c d Larry Ellison topic page Forbes.com. Accessed April 2010.
- ^ オラクルの円柱 シリコンバレー見聞録(土屋直)
- ^ 日本を晴れ舞台に選んだOracle NC 後藤弘茂のWeekly海外ニュース
- ^ ちえの和WEBページ:コンピュータ偉人伝ラリー・エリソン
- ^ Sun社のCEO、辞職の俳句:ギークとhaikuの深い関係2010年3月22日閲覧
- ^ “Sun proxy details its dating game”. The Register. (2009年5月12日) 2009年6月23日閲覧。
- ^ Johnson, Bobbie (2010年1月22日). “Oracle prepares to complete Sun takeover”. The Guardian (London) 2010年5月7日閲覧。
- ^ Definitive Proxy Statement
- ^ 2008 CEO Compensation for Lawrence J. Ellison, Equilar
- ^ Here We Go Again: Oracle’s Ellison Gets More Options
- ^ 1
- ^ 1米ドル=85円として換算すると、約2兆3800億円となる。
- ^ Gates loses title as world's richest man CNET News.com
- ^ IMDB bio
- ^ “Larry Ellison's most important merger”. San Francisco Chronicle (2004年1月14日). 2009年10月29日閲覧。
- ^ SFGate.com:Ellison Sues Over Airport Rule On Noise at Night / He wants right to land his jet anytime, 2000-01-07, accessed 2010-03-11.
- ^ SFGate.com:Judge clears Ellison for landing at night / Curfew left intact at San Jose airport, 2001-06-16, accessed 2010-03-11.
- ^ Ron's $70 Million Sale
- ^ In Re Oracle Corp. Derivative Litigation (824 A.2d 917 (2003))
- ^ 株主・経営者の利害対立局面における非業務執行役員(監査役など)の役割 大杉謙一(中央大学法科大学院教授)
- ^ “The Oracle of National ID Cards”. Wired Magazine. 2010年7月17日閲覧。
- ^ Oracleのエリソン氏、NetSUiteのIPO収益を慈善事業へ ITmedia
[編集] 参考文献
- Leibovich, Mark. (October 30, 2000). "The Outsider, His Business and His Billions". Washington Post, p. A01.
- Symonds, Matthew, 2003. Softwar: An Intimate Portrait of Larry Ellison and Oracle. Simon & Schuster. With commentary by Ellison. [1]
- Anushree Dalwadi , 2007. Software:Research: (Central oracle support Engineer):(SIS)India.
- The Difference Between God and Larry Ellison: Inside Oracle Corporation [2] and Symonds (2003).
- Larry Ellison: Database Genius of Oracle. Craig Peters [3]
- Everyone Else Must Fail. Karen Southwick [4]
- The Oracle of Oracle. Florence M. Stone [5]
- Larry Ellison, Sheer Nerve. Daniel Ehrenhaft. [6]
[編集] 外部リンク
いずれも英文