ムー大陸

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ムー大陸の位置

ムー大陸(ムーたいりく、: Mu)は、ジェームズ・チャーチワードの著作によると、今から約1万2000年前に太平洋にあったとされる失われた大陸とその文明をさす。イースター島ポリネシアの島々を、滅亡を逃れたムー大陸の名残であるとする説もあった[1]。しかし、決定的な証拠となる遺跡遺物などは存在せず[2]、海底調査でも巨大大陸が海没したことを示唆するいかなる証拠も見つかっておらず、伝説上の大陸であるとされる。ムー大陸が存在した証拠として、イースター島には資源に乏しいにもかかわらず大規模な石造があることが挙げられることもあったが、かつてのイースター島は森林資源が豊富で、森林伐採の挙句文明が滅んだことが現在ではわかっている為、論拠に乏しい。

「ムー」の語源とムー王国[編集]

ディエゴ・デ・ランダ著『ユカタン事物記』に記載されたランダ・アルファベット 画像は1863年にシャルル・エティエンヌ・ブラッスールによって再版されたもの
マドリード(トロ=コルテシアヌス)絵文書

1862年頃、フランスの聖職者シャルル=エティエンヌ・ブラッスール・ド・ブルブール(Abbé Charles-Étienne Brasseur de Bourbourg, 1814年–1874年)は[3]マドリードの王立歴史学会の図書室でユカタン司教ディエゴ・デ・ランダ・カルデロン(1524年–1579年)が書き残した『ユカタン事物記』を発見し、マヤ文字スペイン語のアルファベットを対照させた表(ランダ・アルファベット)を見出した。ブラッスールはランダ・アルファベットを使ってトロアノ絵文書[4]キチェ語で解読し、トロアノ絵文書には「ムー」(Mu) と呼ばれる王国が大災害によって陥没した伝説が描かれており、アトランティス伝説と類似性があると1863年に発表した。この論文により「ムー」という単語が生まれた。実際のマヤ文字は表語文字音節文字が混ざった複雑な体系であり、近年の解読によりこの翻訳が完全に誤りであったことが証明されている(マヤ文字参照)。

アメリカ合衆国政治家イグネイシャス・ロヨーラ・ドネリー(Ignatius_L._Donnelly, 1831年–1901年)は1882年発表の『アトランティス - 大洪水前の世界』(Atlantis, the Antediluvian World) の中で、ブラッスールによるトロアノ絵文書の解読を新大陸の文明がアトランティス文明の末裔であることの重要な証拠として引用し、ムー王国の話が有名になった。またジャージー島出身の遺跡写真家として知られるオーギュスト・ル・プロンジョン(Augustus Le Plongeon, 1825年–1908年)もランダ・アルファベットによりトロアノ絵文書を翻訳し、アトランティス大陸崩壊後にムーの女王モーがエジプトに渡り、女神イシスとしてエジプト文明を作ったと主張した。

チャーチワードによるムー大陸と概略[編集]

英国陸軍大佐を詐称(英国陸軍に在籍の記録がない)していたアメリカ合衆国の作家、ジェームズ・チャーチワードによる説。彼は『失われたムー大陸』(1926年刊)等の一連の著作[5]で、太陽神の化身である帝王ラ・ムーを君主とした帝国が全土を支配し、白人が支配者である超古代文明が繁栄していたが、神の怒りを買い、一夜にして海底に沈没したと主張した。

チャーチワードによれば、1868年、16歳のときインドに従軍し、現地のヒンドゥー教の寺院の高僧が、寺院の門外不出の粘土板「ナーカル碑文」(Naacal tablets) を見せてくれたという。それには、ムー大陸(チャーチワードによると発音はMOO)の記録が絵文字で彫られていた。また、ウィリアム・ニーヴン(William Niven)なる米国の技師がメキシコで発見したという古代の石板からも、「ナーカル碑文」と同じ絵文字が記されていたという。それらを含めて、種々の古代文献を挙げて、ムー大陸が実在した証拠としている。さらに、チャーチワードは旧約聖書の『創世記』の物語はムー大陸滅亡の記録であると主張している。

しかしチャーチワードは、それら古代文献を翻訳した引用文しか発表せず、原典自体は示していない。その古代文献の中には、現在解読されていないイースター島の碑文(ラパヌイ文字またはロンゴロンゴ文字と呼ばれるもの)が含まれている。

オカルティズムにおけるムー大陸[編集]

神智学系の多くの書物において、ムー大陸=レムリア大陸説が主張され、その位置については太平洋にユーラシア大陸と同位の大陸が存在したと説かれる。また、文明の指導者ラ・ムーについて言及され、彼に従った人々は沈没滅亡を免れ、日本人(及び極東)やネイティブ・アメリカンに繋がる祖先になったと説く。詳細は、レムリアを参照。

ダリル・アンカがチャネリングするとされる宇宙存在バシャールは、坂本政道との対談においてムー大陸について詳細に語っている[6]。多くは上記の神智学系と同一の説が言及されるが、ムーに住んでいた人々は自然と調和し、テレパシーを日常的に使用していたという。また、建築物はインカやアステカのそれと似通っていて共通点が見られるとも発言している。ムーの土地は何万年もかけて地質学的な変化の中で様々な土地に分かれていき、その多くは海中に沈んでしまっているが、崩壊前に存在したムーの植民地の一つがやがてアトランティスへと発展したのだという。

日本におけるムー大陸伝説[編集]

古史古伝竹内文書を紹介した1940年(昭和15年)10月刊行の『天国棟梁天皇御系図宝ノ巻き前巻・後巻』(児玉天民 太古研究会本部)で葺不合朝(ウガヤフキアエズ王朝)69代神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸(というよりも島)が陥没したとし、その世界地図が記載されている(1934年(昭和9年)5月の『大日本神皇記』(皇国日報社)では4代天之御中主神身光天皇と35代の千足媛不合10代天日身光萬國棟梁天皇の時とする。ただし「ミヨイ」、「タミアラ」の名称はない。)[7]。竹内文書では、これらの島では五色人(白人・黒人・赤人・青人・黄人)と王族の黄金人が暮らしていたが天変地異で沈んだため、天の岩船で日本など太平洋の沿岸域に避難したとする。「ノアの洪水」に代表される世界の大洪水はこのときの「ミヨイ」「タミアラ」の水没の影響としている。なお、日本における天皇家はムーの黄金人の子孫であるとし、日本人こそムーの正統であるとしていた。この説は第二次世界大戦前、日本の天皇こそが世界の正統的な支配者であるということを裏付ける根拠の一つとして一部の急進的な愛国者の間で支持されたものの、国が教育する天皇像や皇国史観から大きく逸脱しているため弾圧された。

また、この竹内文書自体が明治から大正にかけて竹内巨麿によって創作された偽書とされ、日本において学術的な意味合いでのムー大陸伝説は事実上存在しない扱いとなっている。

なお、日本でのムー大陸の紹介記事は1932年(昭和7年)8月7日の『サンデー毎日』の記事「失はれたMU(ミュウ)太平洋上秘密の扉を開く」(三好武二)をはじめ、1938年(昭和13年)7月の『神日本』2巻7号(神之日本社)の「陥没大陸ムー国」など多数紹介されていた[8]。現在ではその名が冠された雑誌『ムー』の誌名でも知られる。

「ムー文明」論[編集]

地球物理学者・東京大学名誉教授竹内均は1980年、『ムー大陸から来た日本人』(徳間書店)を発表し、ムー大陸はなかったが、ムー文明はあったのではないかとの説を提示した。また従来のムー大陸を批判しながらも、アルフレート・ヴェーゲナーが提唱した大陸移動説プレートテクトニクス[9]の知識を援用しながら、この問題に接近した。

与那国島の「海底遺跡」を「調査」している木村政昭は自著でこの「海底遺跡」と太平洋各地の石造物を結びつけて「ムー文明」の痕跡であると主張している。ちなみにこうした概念は、日本以外ではむしろパシフィス大陸という空想と結びつけて語られることが多い。太平洋上の空想上の大陸=ムー大陸となるのは日本独特の風土と言えよう[要出典]

海上帝国説[編集]

いわゆるムー大陸の存在が科学的に否定された[1]事から、ムー大陸の正体をトンガ大首長国のような「海上帝国」であるとした、「合理的解釈」も見られる(実際にトンガ大首長国の最盛期の領域は、伝説のムー大陸に匹敵する規模である)。ただし上記の通りチャーチワードの主張そのものに問題があり、それを元に合理的解釈を加えても意味が無いとする反論がある[要出典]

大陸棚説[編集]

氷河期の終焉による海面上昇によって水没した大陸棚スンダランドなど)とする説。ただこの説によるとチャーチワードの称えたムー大陸説とは位置、規模的に相違が大きく、また存在を裏付けるとされる海中遺跡も沿岸部に集中し、その遺跡の信憑性も乏しいことから一般の支持を集めるには至っていない。

フィクションへの影響[編集]

  • 海底軍艦』 - 1963年の東宝制作の特撮映画。主役怪獣であるマンダはムー大陸の守護竜という設定。
  • 勇者ライディーン』 - 鈴木良武原作の1975年のロボットアニメ。主人公はムー大陸人の末裔で、敵対勢力はムー大陸を滅ぼした妖魔帝国という設定。
  • ドラえもん
    • ドラえもん のび太の海底鬼岩城』 - 太平洋にある主人公側の海底の国として敵側であるアトランティス(大西洋)とともに登場する。
    • 『竜宮城の八日間』 - 浦島太郎伝説が実話と言う設定で、竜宮の正体はかつてムー大陸にあった王国が戦乱を避けて海底、そして時間の流れが遅い異次元に移動したものとしている。
  • ラーゼフォン』 - フジテレビ製作の2002年のロボットアニメ。監督の出渕裕によるライディーンのオマージュ作品。敵側はムー大陸人の末裔とされ、主人公の出生にも関わっている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 実際は、ポリネシアの島々は大陸が沈んで作られたのではなく、火山活動や珊瑚礁によって作られた[1]
  2. ^ ポリネシアの遺跡は1万年以上前のものではなく、1000年前から数百年前のものである[2]
  3. ^ カトリック教会の宣教師としてヨーロッパや中南米を旅してまわっている。生涯の関心ごとは、アメリカ大陸原住民に関する民俗学の研究であった。(テッド・ニードル著、松浦俊輔訳 『超大陸 -100億年の地球史-』 青土社 2008年 69ページ)
  4. ^ マヤ語の手書きの文書は三つ残っており、この文書(トロアノ写本)はそのうちの一つの半分ぐらいである。(テッド・ニードル著、松浦俊輔訳 『超大陸 -100億年の地球史-』 青土社 2008年 70ページ)
  5. ^ 『ムー大陸の子孫たち』『ムー大陸のシンボル』(小泉泉太郎訳、大陸書房、「子孫たち」はのちに青樹社)、『ムー大陸の宇宙科学』およびその続編(石原佳代子訳、中央アート出版社)、これら5冊はアメリカで出版された。(テッド・ニードル著、松浦俊輔訳 『超大陸 -100億年の地球史-』 青土社 2008年 74ページ)
  6. ^ 『バシャールX坂本政道 人類、その起源と未来』VOICE、2009年5月 ISBN 978-4899762355
  7. ^ 偽史と野望の陥没大陸 - ムー大陸の伝播と日本的受容」藤野七穂(『歴史を変えた偽書』(1996年(平成8年)ジャパンミックス ISBN 4-88321-190-8)64ページ)
  8. ^ ジャパン・ミックス編『歴史を変えた偽書 - 大事件に影響を与えた裏文書たち』
  9. ^ 以下、項目大陸移動説より引用。「1915年にヴェーゲナーは、かつて「パンゲア」という巨大な陸塊(超大陸)が存在し、約2億年前に分裂して別々に漂流し、現在の位置・形状に至ったと発表した。当時の多くの地質学者は、大陸移動の駆動力が説明できないとして認めようとはしなかった。しかしヴェーゲナー死後の1950年代に、古地磁気海底などの研究によって大陸移動説は再評価・実証されていき、その後のプレートテクトニクス理論へと発展した。ただしヴェーゲナーの説は、海底面を構成する地層の上を大陸が滑り動くとするものであり、海底面全体がその表面に露出する大陸を伴って動くとするプレートテクトニクス理論とは若干意味合いを異にする。」2009年9月21日閲覧

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]