イシス

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女神イシス(紀元前1360年頃の壁画)
イシスの女司祭(2世紀ローマの立像)

イシス (Isis) は、エジプト神話女神。イシスはギリシア語であり、古代エジプトではアセトと呼ばれた。名前は玉座の象徴とされていた。ヘリオポリス神話ではゲブヌトの子供で、オシリスの妹であり妻、セトネフティスの姉でもあり九柱神の一角を担う(セトの妹とされることもある)。またホルスの母。別の神話によるとラーの娘。

概要[編集]

ヌビアフィラエ島ナイル河畔のサイスに大規模な神殿があったことで知られる。

外見はトビあるいは背中にトビの翼を持った女性として表される。後にハトホル女神に代わって信仰を集めるようになると、頭部にハトホル女神から受け継いだ牛の角と太陽円盤を持った女性としても表されるようになる。さらに後にはデーメーテールのシンボルである松明や麦の穂を持った女性としても現されるようになる。

セトに殺されバラバラにされたオシリスの遺体を集めて(ただし男根は見つからなかった)繋ぎ合わせて復活させるなど、生と死を操る強大な魔力を持つ。

イシス信仰は、エジプトでムト女神やハトホル女神に代わって信仰を集め、紀元前1千年紀に地中海沿岸全域に広がった。ギリシャでは、イシスは、デーメーテール、後には、アプロディーテーと同一視された。共和政末期にローマへ持ち込まれて発展し、200年頃にはほぼローマ帝国全域で崇拝された。

イシスは永遠の処女であり、オシリスの死後、処女のまま神(ホルス)を身ごもったとされ、「天上の聖母」「星の母」「海の母」などさまざまな二つ名を持った。しかし、信者が基本的に女性に限られたことや、信者の女性が一定期間の純潔を守ることを教義としたため、男性からの評判が悪く、衰退していった。やがてキリスト教の隆盛とともに、マリア信仰に取って代わられた。「ホルスに乳を与えるイシス女神」像などが、イエスの母・マリアへの信仰の元になったといわれる。エジプトにコプト派キリスト教が広まると、イシス神殿は聖母マリアを祀る教会として使用された。イシス信仰は7世紀まで続き、果てはブリテン島にまでも広がった。

サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は真理の性格をあらわすものとして、ヨーロッパで好んで引用された。ノヴァーリスの『ザイスの弟子たち』はイシス神殿の学生たちを登場人物としたものである。

オシリス神話により献身的な母や妻としての印象が強いが、他の神話的物語では強力な魔術師的存在として描かれ、その魔力を用いて父ラーから支配権を強引に奪い取ったという神話も残っている。そのため中世ヨーロッパではイシスは魔女の元祖とされることもある。

参考文献[編集]

  • P. プティ、A. ラロンド 『ヘレニズム文明―地中海都市の歴史と文化』北野徹訳、白水社、文庫クセジュ、2008年

関連項目[編集]