パベル・ジェハーク
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| パベル・ジェハーク | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | パベル | |
| カタカナ | パベル・ジェハーク | |
| ラテン文字 | PAVEL Řehák | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1963年10月7日(45歳) | |
| 出身地 | チェコ | |
| 身長 | 174cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | FW | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
パベル・ジェハーク(Pavel Řehák、1963年10月7日 - )は、チェコ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 選手時代
現役時代は母国のスラビア・プラハでプレーした後に来日し、東日本JR古河~ジェフ市原(JSL~Jリーグ)、東芝サッカー部~コンサドーレ札幌(旧JFL)、横浜FC(新JFL)に在籍した。ポジションはFW。古河ではクラブ史上初の外国人選手であった。なおパベルはJリーグ史上、レッドカードを出された第1号の選手である。
[編集] 指導者時代
引退後は古巣のスラビア・プラハでユース監督やコーチを務め、2004年からはヴィッセル神戸のコーチに就任した。その後、2005年に当初監督を務めた松永英機が解任されたのを受けて現場から離れたが、松永の後任のエメルソン・レオンもわずか2ヶ月で解任された後現場に復帰。同時に監督に就任した。
しかし、三浦淳宏や播戸竜二など主力に故障者が続出したチームは低迷。パベルは主将の三浦知良(カズ)をスタメンから外し、さらに選手間の投票によって主将から外す(後任は三浦淳)などしたが一向にチーム状況は上向かなかった。その後、カズは7月に横浜FCに完全移籍した。結局、チームは31節の大宮アルディージャ戦に敗れてJ2に降格。シーズン終了後に退任した。
2007年1月から古巣のスラビア・プラハでアシスタントコーチに就任している。
[編集] 所属クラブ
[編集] 指導歴
- 2000年-2003年 スラビア・プラハ〔チェコ〕(コーチ)
- 2004年-2005年 ヴィッセル神戸〔日本〕(コーチ)
- 2005年5月 ヴィッセル神戸〔日本〕(育成部コーディネイター)
- 2005年5月-12月 ヴィッセル神戸〔日本〕(監督)
- 2007年1月- スラビア・プラハ〔チェコ〕(アシスタントコーチ)
[編集] 関連項目
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カテゴリ: チェコのサッカー選手 | スラヴィア・プラハの選手 | 古河電気工業サッカー部の選手 | ジェフユナイテッド市原の選手 | 東芝サッカー部の選手 | コンサドーレ札幌の選手 | 横浜FCの選手 | チェコのサッカー指導者 | ヴィッセル神戸の監督 | 1963年生

