1993年のJリーグ

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Jリーグ
シーズン 1993
優勝 ヴェルディ川崎
ACC出場 ヴェルディ川崎
試合数 180
得点王 ラモン・ディアス横浜M)(28得点)
最多観客動員
59,626人 - V川崎 vs 横浜M(1st第1節・5月15日)
1994

1993年Jリーグは、リーグ戦が5月15日開幕12月15日に日程を終了し、翌1994年1月9日1月16日にチャンピオンシップを行った。リーグの優勝クラブはサントリーシリーズが鹿島アントラーズ、ニコスシリーズがヴェルディ川崎で、チャンピオンシップにより決定された年間総合優勝はヴェルディ川崎

1993年シーズンのJリーグクラブ[編集]

1991年2月日本サッカー協会(JFA)から発表された以下の10クラブ。

レギュレーション[編集]

リーグは2ステージ制で行われ、10クラブが各ステージごとにホーム・アンド・アウェー2回戦各18試合×2ステージ=36試合(総試合数90試合×2ステージ=180試合)を戦う。ちなみにこれは1999年J22010年J2と共に年間試合数ではJリーグ最少である(J2は1年1シーズン制。前者は10チームの4回総当り、後者は19チーム2回総当り。年間38節だが、奇数チームであるため1チームずつ休みがある)。

試合は、リーグ戦全試合を完全決着方式で開催し、前後半90分で決着が付かない場合、前後半15分ずつのVゴール方式による延長戦を行い、それでも決着が付かない場合はPK戦を行う。「90分勝利」「Vゴール勝利」「PK戦勝利」に優劣は与えず、純粋に勝利数のみで順位が決定する。各ステージの1位(ステージ優勝者)同士が2回戦制のJリーグチャンピオンシップを戦い、勝者が年間優勝、敗者が年間2位となる。なお、年間順位の3位以下は、チャンピオンシップに出場しなかった8クラブの間で「年間勝利数→得失点差→総得点」の順で定めた。

それぞれのステージならびにチャンピオンシップは冠スポンサー大会とされ、第1ステージを「サントリーシリーズ」、第2ステージを「日本信販・NICOSシリーズ」とそれぞれ称して行った。又、チャンピオンシップについてもサントリーが冠スポンサーとなり「サントリー・チャンピオンシップ」の名称で開催された。

スケジュール[編集]

1992年まで日本サッカーリーグ (JSL) が秋春制だったこと、ならびにワールドカップアメリカ大会アジア予選のスケジュールとの兼ね合い[1]もあり、開幕戦は5月15日・16日に行われ、第2ステージ(NICOSシリーズ)の最終節は12月15日、さらにチャンピオンシップは天皇杯後の翌年1月に行われた。開幕が5月、チャンピオンシップが翌年に行われたのはこの年のみ(かつ、2012年現在まで、リーグ戦の最終戦が翌年をまたぐのもこのシーズンのみ)である。

その影響で第1ステージ(サントリーシリーズ)は2ヶ月で18試合をこなす超強行軍となったため、ほぼ毎週2試合(水曜・土曜)ペースで行われたが、選手の負傷や健康被害が相次いだこともありNICOSシリーズでは週1試合ペースを基本とした。しかし、W杯予選終了後の11月に行われたNICOSシリーズ後半は週2試合のペースが比較的多かった。

リーグ概要[編集]

5月15日国立霞ヶ丘陸上競技場で行われたV川崎-横浜Mの試合でJリーグが開幕。

サントリーシリーズはシーズン前の下馬評を覆し、ジーコアルシンドのブラジル人FWが率いる鹿島アントラーズが開幕戦を圧勝した勢いでシリーズを制し、初のタイトルを獲得した。引き続き行われたNICOSシリーズはサントリーシリーズ2位で日本代表を多数そろえたJSL時代からの雄・ヴェルディ川崎が雪辱を果たして、シリーズを制した。

なお、年間勝利数では、サントリーシリーズ4位・NICOSシリーズ2位の清水エスパルスがV川崎に次ぐ2番目だったが、上述のレギュレーションの関係で年間順位は3位となった。

順位表[編集]

サントリーシリーズ[編集]

開催期間:5月15日 - 7月14日


クラブ名
1 鹿島アントラーズ 13 5 41 18 +23
2 ヴェルディ川崎 12 6 29 21 +8
3 横浜マリノス 11 7 29 24 +5
4 清水エスパルス 10 8 28 25 +3
5 ジェフユナイテッド市原 9 9 26 23 +3
6 サンフレッチェ広島 9 9 23 24 -1
7 横浜フリューゲルス 8 10 24 21 +3
8 ガンバ大阪 8 10 27 31 -4
9 名古屋グランパスエイト 7 11 21 38 -17
10 浦和レッドダイヤモンズ 3 15 11 34 -23
 

ニコスシリーズ[編集]

開催期間:7月24日 - 12月15日


クラブ名
1 ヴェルディ川崎 16 2 43 10 +33
2 清水エスパルス 14 4 26 9 +17
3 横浜マリノス 10 8 31 24 +7
4 鹿島アントラーズ 10 8 31 25 +6
5 サンフレッチェ広島 9 9 31 25 +6
6 ガンバ大阪 8 10 24 34 -10
7 横浜フリューゲルス 8 10 20 30 -10
8 名古屋グランパスエイト 5 13 27 28 -1
9 ジェフユナイテッド市原 5 13 25 44 -19
10 浦和レッドダイヤモンズ 5 13 15 44 -29

年間総合順位[編集]

上位2チームの順位はJリーグチャンピオンシップの結果により確定する。

順位 クラブ名 得点 失点 備考
ヴェルディ川崎 28 8 72 31 +41 ニコスシリーズ優勝
鹿島アントラーズ 23 13 72 43 +29 サントリーシリーズ優勝
3 清水エスパルス 24 12 54 34 +20 ※年間勝利数2位
4 横浜マリノス 21 15 60 48 +12
5 サンフレッチェ広島 18 18 54 49 +5
6 横浜フリューゲルス 16 20 44 51 -7
7 ガンバ大阪 16 20 51 65 -14
8 ジェフユナイテッド市原 14 22 51 67 -16
9 名古屋グランパスエイト 12 24 48 66 -18
10 浦和レッドダイヤモンズ 8 28 26 78 -52

サントリーチャンピオンシップ[編集]

Jリーグチャンピオンシップについてはサントリーが冠スポンサーとなり、サントリー・チャンピオンシップの名称で開催された。


1994年1月9日

鹿島アントラーズ 0 - 2 ヴェルディ川崎 国立競技場
観客数: 53553人
主審: 田中賢二
三浦知良 60分にゴール 60分
ビスマルク 89分にゴール 89分

1994年1月16日

ヴェルディ川崎 1 - 1 鹿島アントラーズ 国立競技場
観客数: 59715人
主審: 高田静夫
三浦知良 82分にゴール 82分 アルシンド 38分にゴール 38分

合計スコアが3-1となり、ヴェルディ川崎が年間王者に決定。

※この年のレギュレーションは各試合は「90分で同点ならVゴールの延長戦を行い、それでも同点なら引き分け」とし、「2試合の合計スコアが多いほうが勝利」となっていた。しかし第1戦で2点差がついたため第2戦は延長戦を行わず、90分終了時点で引き分けとなった。

表彰[編集]

受賞者
最優秀選手賞 日本の旗 三浦知良ヴェルディ川崎
得点王 アルゼンチンの旗 ラモン・ディアス横浜マリノス
新人王 日本の旗 澤登正朗清水エスパルス
優秀監督賞 日本の旗 松木安太郎(ヴェルディ川崎)
最優秀審判員賞 日本の旗 高田静夫
フェアプレー特別賞 サンフレッチェ広島

ベストイレブン[編集]

ポジション 選手名 所属クラブ
GK 日本の旗 松永成立 横浜マリノス
DF 日本の旗 大野俊三 鹿島アントラーズ
DF 日本の旗 柱谷哲二 ヴェルディ川崎
DF ブラジルの旗 ペレイラ ヴェルディ川崎
DF 日本の旗 井原正巳 横浜マリノス
DF 日本の旗 堀池巧 清水エスパルス
MF ブラジルの旗 サントス 鹿島アントラーズ
MF 日本の旗 本田泰人 鹿島アントラーズ
MF 日本の旗 ラモス瑠偉 ヴェルディ川崎
FW 日本の旗 三浦知良 ヴェルディ川崎
FW アルゼンチンの旗 ラモン・ディアス 横浜マリノス

得点ランキング[編集]

順位 選手 得点
1 アルゼンチンの旗 ラモン・ディアス(横浜M) 28
2 ブラジルの旗 アルシンド(鹿島) 22
3 日本の旗 三浦知良(V川崎) 20
4 日本の旗 武田修宏(V川崎) 17
5 チェコの旗 パベル・ジェハーク(市原) 16

記録[編集]

  • Jリーグ初ゴール
ヘニー・マイヤー(ヴェルディ川崎 1993年5月15日 - サントリーシリーズ第1節 vs横浜マリノス国立霞ヶ丘陸上競技場
ジーコ(鹿島アントラーズ 1993年5月16日 - サントリーシリーズ第1節 vs名古屋グランパスエイト茨城県立カシマサッカースタジアム
井原正巳(横浜マリノス 1993年5月29日 - サントリーシリーズ第5節 vsジェフ市原三ツ沢公園球技場
パベル・ジェハーク(ジェフ市原 1993年5月29日 - サントリーシリーズ第5節 vs横浜マリノス・三ツ沢公園球技場)

Jリーグ準会員[編集]

いずれも1992年秋季に準会員承認
このうち、1993年のJFLの成績により、1位の湘南(のちにベルマーレ平塚)と2位の磐田がJリーグ入会を認められた。

応援光景[編集]

  • この頃の試合の応援では、「チアホーン」と呼ばれる応援用の笛がよくスタジアムで鳴らされた。これは応援するチームがチャンスの場面を迎えた時に鳴らす長笛でスタジアム周辺でよく売られていたが、スタジアム近隣住民からの苦情、主審の笛が聞こえない等の理由で生産・販売中止、使用自体も規制されるという事態に至った。

関連項目[編集]

[編集]

  1. ^ 一次予選がダブルセントラル方式で4月と5月に、最終予選がセントラル方式で10月に行われた。