ナカミチ

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ナカミチDRAGON(1982年発売)
ナカミチRX-505(1983年発売)

ナカミチ株式会社は、かつて存在した日本の電子機器メーカー。AV機器を得意としていた。

概要[編集]

1948年創業。かつては東京証券取引所第2部に上場していた中堅メーカーだった(証券コード:6813)。

コンパクトカセット式テープレコーダーの開発に早くから取り組み、1970年代から1980年代にかけて700(1973年発売)、1000(1973年発売)、1000ZXL(1980年発売)、DRAGON(1982年発売)などに代表される超高級カセットデッキで有名であった。アジマスを狂わさず安定して再生するためヘッドではなく再生テープのハーフ自体を反転させるオートリバース機構などユニークな機能もあった。

1990年代に入るとCDの普及に対応できず、消費者向けハイエンド製品では苦戦を強いられた。業務用のCD試聴機やカーオーディオ製品を発売し、特に業務用のCD試聴機は多くのCDショップに導入されていた。

しかし、バブル景気の崩壊以後経営難に苦しみ、1997年には香港のザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド傘下となるが、その後も経営状況は改善せず、2002年2月19日民事再生法の適用を申請して倒産した[1]

以後も国内外でAV機器の開発・販売を継続していたが、2008年5月31日をもって日本国内での販売を終了した。ただし、海外向け製品(プラズマ・液晶テレビなど)の販売は継続するとしている[2]

海外での評価が高く、2006年に米国で行われたある人気ブランドの調査では、バング&オルフセン及びボーズに次ぐ3位という好成績を収めている[3]

代表取締役社長であった中道仁郎は現在NIROというブランドを立ち上げ、高級プリメインアンプを販売している。

主な事業所[編集]

  • ナカミチ販売株式会社

東京都渋谷区東2-23-3グランデビル

沿革[編集]

  • 1948年 - 創業。
  • 1950年 - 磁気テープレコーダーを手がける。千代田理研株式会社を目黒区白金に設立する。
  • 1953年 - テープレコーダーのキットを販売する。目黒区大岡山に移転する。
  • 1954年 - セコニックより自動車用計測機の組立てを受注する。
  • 1955年 - セコニックより電気露出計の設計開発を受注する。文京区本郷に移転する。
  • 1957年 - ダイナミックマイクの開発、磁気ヘッドの開発製造、コーワむけテープレコーダー/ヤシカむけビルトイン露出計/ミノルタむけストロボの開発など。杉並区成田東に移転する。
  • 1958年 - 株式会社中道研究所を設立する。松下電器三洋日東電気、ヤシカなどからテープレコーダーの設計開発を受注する。
  • 1959年 - 沖電気から、テープレコーダーの設計、製造を受注する。ストレインゲージを開発する。杉並区天沼に移転する。
  • 1960年 - 極東貿易との合弁会社、東邦電子株式会社を設立する。
  • 1961年 - 沖電気からの受注品を中道研究所で設計し、東邦電子にて製造する。
  • 1963年 - 大阪港レーダー用8チャンネル長時間録音システムを製造する。小平市鈴木町に移転する。
  • 1964年 - 国内向けの自社ブランドを「FIDELA」(フィデラ)とする。
  • 1966年 - 米国に進出する。
  • 1967年 - ハーマン・カードンにオープンデッキとカセットデッキを供給する。青森県西津軽郡に中道マグネティックスを設立する。
  • 1968年 - 三菱電機パイオニアアンペックスからオープンリールデッキを受注する。
  • 1972年 - 世界初のディスクリート3ヘッドカセットデッキ、Nakamichi 1000 Tri-Tracerを米国にて発表する。
  • 1973年 - 自社ブランドを「ナカミチ」(Nakamichi)とする。
  • 1975年 - コンピュータ周辺機器事業の営業権を譲渡する。
  • 1978年 - OEMの受注を全廃する。
  • 1979年 - 中道研究所、中道マグネティックスを吸収合併、ナカミチ株式会社となる。
  • 1980年 - 千代田理研を吸収合併する。(千代田理研を存続会社として社名を変更)、ナカミチ福島株式会社を設立する。
  • 1981年 - 東証店頭市場に上場する。
  • 1983年 - カーオーディオに参入する。PCMプロセッサーを米国にて発売する。
  • 1984年 - 東証第2部に上場する。
  • 1988年 - DATレコーダーを開発、販売する。
  • 1989年 - 車載用CDチェンジャーを開発、販売する。
  • 1993年 - ナカミチ福島が閉鎖となる。
  • 1994年 - 7連装CD-ROMチェンジャー MBR-7(SCSI接続、2倍速)を発売する。
  • 1997年 - 香港のザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッドの傘下に入る。
  • 2002年2月19日 - 民事再生法の適用を申請し、事実上、倒産する。ナカミチ販売は「ナカミチ販売は法的な影響を受けず、ナカミチブランド製品の出荷やメンテナンスを、今まで通り行なう」と発表。ナカミチ販売の代表者は中道武で、同じくグランデ傘下の山水電気株式会社や、同じく傘下の赤井電機の代表も兼ねている。
  • 2008年5月31日 - ナカミチ販売が日本国内での製品の販売を終了、アフターサービスは継続するが、販売は海外のみとなる。
  • 2010年 - アフターサービス部門を山水電気の正規サポート代理店をする株式会社IDKに7月30日をもって譲渡。8月2日より、株式会社IDKナカミチサービスセンターが業務を開始。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]