セコニック
| 種類 | 株式会社 | |||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒178-8686 東京都練馬区大泉学園町7-24-14 |
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| 設立 | 1951年6月16日 | |||
| 業種 | 精密機器 | |||
| 事業内容 | 光学機器・計器製造 | |||
| 代表者 | 代表取締役社長 馬場芳彦 | |||
| 資本金 | 15億300万円 | |||
| 売上高 | 単独:107億円 連結:172億円(2006年3月期) |
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| 従業員数 | 単独:230名 連結:501名(2006年3月31日) |
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| 決算期 | 3月末日 | |||
| 主要子会社 | 福島セコニック、函館セコニック | |||
| 外部リンク | http://www.sekonic.co.jp/ |
株式会社セコニック(SEKONIC Corporation )は東京都練馬区に本社を置く精密機器メーカーである。
目次 |
[編集] 概要
1951年の成光電機工業創業。以来、写真用露出計を主力商品とし、かつては8mm映写機等も手掛けていた。また光学機器・計測器の技術を活かしてOMR・OCR装置や監視カメラの製造を行っている。
1971年に小西六(後のコニカ、現・コニカミノルタ)からの複写機の受託生産を開始して以来、この分野の比重が大きくなっている。かつてはコニカ資本も入っており、実質上コニカの生産子会社であった時期もあるが、コニカミノルタの成立に伴い資本提携を解消した。その後は機械系商社・CBC→TCSグループの傘下に入った。
[編集] 沿革
- 1951年6月 - 東京都豊島区に成光電機工業株式会社を設立。
- 1959年6月 - 東京都練馬区(現、本社所在地)に東京工場を開設。
- 1960年8月 - 社名を現在の株式会社セコニックに変更。
- 1963年5月 - 東京証券取引所第2部上場。
- 1965年11月 - 長野県北安曇郡池田町に池田工場を開設。
- 1971年5月 - 小西六写真工業(後のコニカ、現・コニカミノルタ)の複写機の受託生産を開始。
- 1993年1月 - 生産機能を池田工場に集約。
- 2000年4月 - 池田工場を安曇野事業所に名称変更。
- 2000年4月 - コニカ東京事業場八王子(現・コニカミノルタ東京サイト八王子)の複写機生産ラインを八王子事業所とする。
[編集] 事業所
- 本社
- 東京都練馬区大泉学園町7-24-14
- 安曇野事業所
- 長野県北安曇郡池田町池田2714
[編集] 子会社
株式会社福島セコニック
株式会社函館セコニック
他に海外現地法人として下記2法人がある。
[編集] 都民農園セコニック
本社最寄りの西武バスの停留所「都民農園セコニック」は、本社名にちなむ。本社所在地の周辺には、東京都練馬区大泉学園町と埼玉県新座市栄にまたがる東京工場があり、バス停はかつてこの工場に面した位置にある。現在東京工場跡地にはスーパーマーケットいなげやなどが入る複合商業施設となっており、建物には当社のロゴタイプが入っている。
なお、バス停の所在地は新座市栄であり、本社住所は東京都練馬区大泉学園町と案内されているが、現在本社が存在するセコニックビルも実際には新座市にある。いなげやは大泉学園店を名乗るが、こちらも店舗敷地はすべて新座市側にあり、同社は店舗所在地を新座市としている[1]。
コラムニストの泉麻人の著書『大東京バス案内』で当バス停が取り上げられているが、セコニックが社名に由来していると知らず、「農園」との組み合わせからヨーロッパ風の農園が拡がる様子をイメージして来訪したところ、実際の状況が想像と著しく異なっていたと記している。なお、都民農園とはかつて東京都が計画していた、都市住民に対してレクリエーション農園を提供するという構想に由来するものであり、結果として実現はしなかった。
バスの行先表示や車内表示での「セコニック」の英字綴りは長らく「SEKONIKKU」であったが、2000年代後半に入ってから「SEKONIC」に改められた。
[編集] 外部リンク
- 株式会社セコニック - 公式サイト