ジョン・バーディーン

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ジョン・バーディーン
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1956年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:半導体の研究およびトランジスタ効果の発見
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1972年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:超伝導現象の理論的解明
超伝導現象を扱ったBCS理論の提出と、それによるバーディーンの2回目のノーベル物理学賞受賞を記念して立てられた碑。イリノイ大学アーバナシャンペーン校にて撮影。

ジョン・バーディーン(John Bardeen, 1908年5月23日 - 1991年1月30日)はアメリカ物理学者

2013年現在、ノーベル物理学賞を2度受賞した唯一の人物であり[注釈 1]1956年ウィリアム・ショックレーウォルター・ブラッテントランジスタの発明によって、1972年レオン・クーパージョン・ロバート・シュリーファー超伝導に関するいわゆるBCS理論で受賞している。

経歴[編集]

1908年ウィスコンシン州マディソンで生まれた。父親は解剖学の大学教授、母親も教育者の経験があった。バーディーンは早くから数学の才能を示した。

1923年にウィスコンシン大学に入学し(ウォーレン・ウィーバーに師事)、1928年に電気工学科を卒業した後、一時ピッツバーグの石油会社に勤務するが、博士号取得を目指し、プリンストン大学ユージン・ウィグナーに師事)、ハーバード大学(パーシー・ブリッジマンに師事)で数学・物理学を学んだ。紹介されたジェーンと結婚。

1938年からミネソタ大学の助教授になった。

第二次世界大戦が始まると海軍兵器研究所 (Naval Ordnance Laboratory) に4年勤めた。

1945年10月からベル研究所に入り、1948年ショックレーらとトランジスターの開発に成功した。1956年その功績により1回目のノーベル賞を受賞した。

1951年ショックレーとの仕事から離れイリノイ大学の教授となり、本格的に超伝導理論の研究を開始する。

1953年には、国際理論物理学会・東京&京都に参加し、京都大学で行われた超伝導分科会では、中嶋貞雄(東京大学名誉教授)発表の電子フォノン理論に着目し、米国に帰国後、それをもとに論文、バーディーン-D.パインズ英語版理論を発表し、BCS理論論文でも引用している。中嶋を後年イリノイ大学に招待するなど、終生の友情を築いた。

1956年、総まとめとなる超伝導理論に関する文献報告をHandbuch der Physik, 15に発表。

1957年レオン・クーパーをプリンストンから招聘し、大学院生シュリーファーらと組み、超伝導の標準理論、BCS理論を導いた。その功績により1972年2回目のノーベル物理学賞を受賞した。ゴルフが趣味で、研究の合間には、ゴルフでリフレッシュした。

その後も日本に何度か訪れている。最晩年に日本のテレビ番組であるNHKスペシャル・「電子立国日本の自叙伝」にトランジスター開発当時の証言が収録され、その映像が放映される前に亡くなっている。

主な受賞歴[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 2013年現在、ノーベル賞を2度受賞した人物はバーディーンを含めて4名いるが、物理学賞を2度受賞したのは彼だけである。詳しくは国別のノーベル賞受賞者を参照のこと。

参考文献[編集]

  • リリアン・ホドソン (Lillian Hoddeson) and Vicki Daitch "TRUE GENIUS, The Life and Science of John Bardeen" Joseph Henry Press, 2002.
  • 中嶋貞雄, J.Bardeen 教授の一周忌によせて, 日本物理学会誌, 47(4) pp.315-316 (1992)
  • Physics Today, John Bardeen Special Issue, 1991.
  • ノーベル賞講演物理学 11 / ノーベル財団著 ; 中村誠太郎, 小沼通二編(講談社)
  • Theory of superconductivity, "Handbuch der Physik", Vol.15, 1956 (Springer-Verlag)
  • Proceedings of the International Conference of Theoretical Physics, Kyoto & Tokyo, September 1953 (1954), Science Council of Japan.