ゲーマガ
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ゲーマガは、ソフトバンククリエイティブが刊行する月刊の総合ゲーム雑誌。現在刊行中の家庭用ゲーム機専門誌の中では最古の1984年創刊。編集長は梅田浩二(梅ちゃん)。毎月30日ごろ発売。
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[編集] 歴史
[編集] Beep
本誌のルーツは、1984年12月に日本ソフトバンクが創刊した月刊誌『Beep』である(ただし同年7月の創刊準備号をもって創刊とする説もある)。復刻号が発刊されるなど、今でも根強いファンがいる。ゲーム雑誌では初めてソノシートを付録にし、ゲームミュージックという分野の確立に本誌が果たした役割も大きい。
ゲーム雑誌のはしりと呼び得る存在としては、Beep創刊以前にも『ログイン』(アスキー)や『コンプティーク』(角川書店)が存在していた。しかし当時は、パソコン用のゲームの話題が中心となっており、それらの雑誌におけるファミリーコンピュータに代表される家庭用ゲーム機の話題は付随的なものに過ぎなかった。そこでBeepは、創刊当初から家庭用ゲーム機の話題を大きく取り扱うことで他誌との差別化を図った。
翌1985年に徳間書店が『ファミリーコンピュータMagazine』を創刊したのを皮切りに各社が相次いでファミコン専門誌を創刊する。この当時は、Beepでも多数あるゲーム機の一つとしてファミコンを扱っていた。
後に、ファミコンの市場ではドラゴンクエストの大ヒットにより、続編のドラゴンクエストIIおよびIIIの発売前情報や攻略情報において、メーカーの情報規制が入るようになる。当時のソフトバンクは力が弱い独立系の出版社にすぎず、部数の悪い雑誌は3か月以内に成績を改善しないと問答無用で休刊を言い渡されるなど、出版部門は非常に厳しい経営体制だった。そのなかでBeepは事業部内においても実売においても、常に休刊の候補に上がるような状態だった。
当時の編集長は「規模の小さいBeepでは、発行部数の多い大手の雑誌の情報力には対抗できない」と判断し、敢えて他誌が付随的にしか扱わないセガ・マークIIIの紹介に比重を置くことを決断する。この路線転換を機に一定の発行部数を維持できるようになり、その誌面構成から、いつしかBeepは「セガファンの聖典」と呼ばれるほど、特に家庭用ゲームの情報を求めるファンにとって唯一無二の情報誌となる。
このような経緯から「Beepはセガからの情報提供や取材を優遇されていた」と誤解される事が多い。しかし、当時のセガは業務用の機器販売と施設運営がメインで、家庭用はあくまで「余技」とという経営状態だった。また、社内的にも家庭用ソフトの開発部は業務用の開発部署より格下と見られ、元々メディアへの露出が少なかった事もあって、一つの雑誌が自社の家庭用ゲームをプッシュする事など重要視していなかった。当時Beepとセガの間で情報提供や情報規制の駆け引きがあった事を、当時の編集長が後年になって語っている。ちなみに、セガハードに比重を置くようになる以前のBeepは「カプコン贔屓」と言われており、実際に一部のライターはカプコンに入社している。
取り扱う記事のジャンルが多いため、浅く広くカバーする誌面構成が特徴。そのためライターのセンスが誌面に出やすく、全般に軽めの評論やエッセイ的にまとめられた記事が多かった。攻略記事についても、ライター個人のプレイをそのまま記事として起こした体裁が多く、純粋にクリアー方法やハイスコアを獲得するための攻略法を掲載していた他誌とは一線を画している。また、ゲーム性の欠陥(面白さ、操作性、重大なバグ等)に対して、スポンサー企業であるかどうかに関わらず、変名やライターの座談など何らかの体裁で批判を載せることがあった。
ゲーム業界の企業訪問や開発者インタビューは、他誌に比べ精力的である。もっとも、当時は開発者の実名を出さないこと(他社からのヘッドハンティング防止の意味もあった)が普通だったので、取材対象者はイニシャルやペンネームで紹介される場合が殆どだったが、開発の裏側を知ることができる記事はファンに好評であった。また、コンピューターゲームソフトとは直接関係がない単発企画も多かった。
ライターは学生が主体で、中には高校生ライターもいた。また、同一ライターの変名(たけおん→TAKE ON!等)も多かった。この雑誌のライターからゲーム業界に接点を持ち、供給側へと進んだ者も多い(このような事象は他誌でもみられる)。
紙面に出てくる用語にもオリジナリティあふれるものが多かった。
以下は主なもの。
- テレホビー
- 家庭用ゲーム機のことで、当時はコンシューマなどという言葉も一般的ではなく、単に家庭用と呼ばれていた。対してアーケードゲームのことは「ビデオゲーム」と呼んでいた。
- シューティン(ゲーム)
- シューティングゲームのこと。ライターのTAKE ON!(たけおん)により提唱。他の単語についても、語末の「グ」="g"を発音しない(表記しない)表現が誌面で流行した。(例:ロールプレインゲーム)
- 理由として、当時のアメリカ英語では、"~ing"を"~イング"と発音するのは女性言葉だから、と説明されていた。当時のアメリカ英語がそのような風潮だったかどうかは不明。
- アルティマ
- ウルティマのこと。海外発のゲームを担当するライターが提唱した読み方。厳密には本誌独自ではなく、他誌でも「この表記の方が英語の発音には近い」という主張はあった。しかし、作者のリチャード・ギャリオットは「英語読みではなくラテン語読みなので、日本語で書くと『ウルティマ』が正しい」としたため、広まることはなかった。ログイン (雑誌)#ウルティマ・アルティマ論争を参照。
- ヴェルドナ
- ウィザードリィのワードナのこと。経緯は同上。
- アウアーアーアー
- セガマークIII版アフターバーナーの事。出来があまり良くなかったが、セガとの取材協定の都合上、直截的な批判表現が使えなかったための苦肉の表現。他の家庭用機に移植された同ゲームとの比較などに使われた。
- セガ人(セガ・びと)
- セガファンのこと。
[編集] BEEP!メガドライブ
1989年初頭、Beepは突然休刊したが、前年10月にセガが発売した新ゲーム機・メガドライブの専門誌『BEEP!メガドライブ』として同年5月より復活(因みに同じ題号で、Beep休刊直前に増刊号が発売されている)。当初は季刊であったが、ほどなく隔月刊となり翌年には月刊化。徳間書店の『メガドライブFAN』と勢力を二分する。
全タイトルを読者に採点させ、平均点を掲載する「BEメガ読者レース」が人気でソード・オブ・ソダンや惑星ウッドストック ファンキーホラーバンドを中心とする熾烈な最下位争いは毎号、読者の注目を集めた。なかでも最下位をソード・オブ・ソダンの指定席にしようと目論む一部のファンは「ソダン教」と呼ばれ、他のゲームが最下位となるや、すぐさまそのゲームに高得点の評価をし、順位を押し上げていた。
「バカゲー」という語の発祥となった。
[編集] SEGA SATURN MAGAZINE
1994年11月、セガサターン発売に合わせて『SEGA SATURN MAGAZINE』に誌名変更。翌年末にバーチャファイター2がセガ初のミリオンセラーを達成した勢いも有り、1996年からは姉妹誌ザ・プレイステーションと共に週刊化を果たすが1997年後半に入るとセガサターンは急激に失速し、その影響で合併号が多くなる。
読者レースのコーナーも引き継がれ、デスクリムゾンが新たな伝説を築き上げた。
「セガのゲームは世界いちぃぃぃ!」(サムシング吉松)、「いろいろ〜」シリーズ(竹本泉)の連載が始まったのもこの時期である。
[編集] Dreamcast Magazine
1998年11月、ドリームキャスト発売に合わせて『Dreamcast Magazine』に誌名変更。週刊と銘打ってはいたものの引き続き合併号が多い状態は変わらず。
そして2001年2月、セガは家庭用ゲーム機開発からの撤退を発表する。この発表を前に他社のドリームキャスト専門誌が相次いで休刊していたことも有り、本誌も休刊するのではないかと言う憶測が飛び交う。
[編集] ドリマガ
結局のところ休刊には至らず2001年5月、略称であった『ドリマガ』を正式名称にしたうえで週刊と称しながら合併号が相次いでいた実勢に合わせて刊行ペースを正式に月2回刊と定めた。
同年10月にはドリームキャスト専門誌から総合ゲーム雑誌へ転換。2004年7月より『BEEP!メガドライブ』時代以来の月刊誌に戻った。
[編集] ゲーマガ
2006年7月号から雑誌名を『ゲーマガ』に変更。
製本が中綴じから平綴じになり、「G×G GRAPHICS」(初期は毎号32ページの付録小冊子、後に本誌に統合)で美少女ゲーム情報も扱うようになった。編集長がアイドルマスター好きであることから関連記事は充実しており、またアイマスレディオにはゲーマガが提供していることもありそのコーナーが設けられている。中川翔子(正確にはドリマガ終盤から)や喜屋武ちあき、平野耕太等も連載している。読者ページのゲーコロはかなりきわどいネタが多い。
[編集] ラジオ
ラジオ大阪のラジオ番組『THE IDOLM@STER RADIO』に2007年10月(第80回)から、コスパと入れ替わりにスポンサーとして参入。数分のコラボレーションコーナー(内容・タイトルは何度か改変あり。通称「ゲーマガコーナー」)を持ち、毎週ではないが梅田浩二編集長が出演している。
[編集] 関連項目
- Theスーパーファミコン
- ザ・プレイステーション
- 川口洋司(元編集長、現コラボ代表取締役社長)
- 折原光治
- 櫛田理子
- 渋谷洋一
- 黒川文雄
[編集] 外部リンク
- ゲーマガblog(公式サイト)
- ソフトバンククリエイティブ・雑誌案内
- 誌名変更のお知らせ - 2006年3月27日

