イタリック体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ページの最上部にイタリック体で題名を記した書籍。現代では本文で用いられることは少なく、この書籍でも本文には立体を用いている。

イタリック体(イタリックたい、: italic type)とはアルファベット書体の一つである。特に小文字において、筆記体(cursive)に似た装飾が特徴である。ほとんどの場合右側に傾いているため、しばしば斜体と混同ないし同一視される。(実際は両者は異なる概念。字形の節参照)

元々は15世紀のヴェネツィア聖書の紙面スペースを節約するために考案され[1]、従って当初は手書き(筆記体)の本文用書体であった。16世紀に金属活字となって普及したが、17世紀以降は本文はもっぱら立体(正立した書体)を用いることが一般的になり、現在では立体などと共にフォントの属性を成し、文章の本文の中で語を強調したり周囲と区別したりするなどの補助的な用途に用いられることが多い。

字形[編集]

下記の上段に立体、下段にイタリック体を示す(文意はパングラム)。

立体とイタリック体による "The five boxing wizards jump quickly." の例

比較のため、立体を傾けたのみの斜体(「オブリーク体」と呼ばれることが多い)で同じ文を示すと以下のようになる。

オブリーク体による "The five boxing wizards jump quickly." の例

イタリック体の小文字の形は、ストロークの端が次の文字に続くような丸みを帯びている。書体によって多少の差異が見られるが、多くの書体では右図に具体的に示したように

立体とイタリック体で特に字形の異なる文字
  • a の上部の弧がない
  • f がディセンダ(ベースラインより下に伸びる部分)を持つ
  • g の下部がつながらない
  • w や v が丸みを持つ

などの特徴をもつ。筆記体から派生しているためストロークの終わりのセリフを欠くことが多々あり、セリフを持つ場合も立体のように左右2方向に広がるものではなく、片側にのみセリフを形成する場合が見られるのも特徴である。

上記のような特徴を立体に持たせることにより立体イタリック(upright italic)と呼ばれる書体を作ることもできる。イタリック体と斜体は一般的には同一視されることもあるものの、字形を考える上ではまったく異なる概念であると考えたほうが良い。

セリフを持たないサンセリフ書体は上記のようなイタリックの特徴を持った字形のフォントを持たないものも多く、そのような場合は単に斜体にしたフォントをイタリック体とすることがあり[2]、事実上イタリックと斜体の間の見た目上の区別は失われる場合がある。ギル・サンなど、サンセリフであっても字形の異なるイタリック体を別途用意している書体も存在する。

また、大文字については、イタリック体と(ローマン体の)斜体に顕著な差はない。

歴史[編集]

イタリック体の起源は、ニッコロ・ニッコリの1420年頃の筆記書体に見出すことができる[4]。この書体のもつ特徴が好まれるようになると、まもなく現在のイタリック体の特徴をはっきり備えた書体がヴェネツィア教皇庁尚書院にて公的に(教皇書簡や外交書簡用に)用いられるようになった。この書体は「チャンサリー・カーシブ」(イタリア語: cancelleresca corsiva英語: chancery cursiveまたはchancery hand)と呼ばれる[4]

このチャンサリー・カーシブを元にしてフランチェスコ・グリフォ英語版が彫った活字は[5]1501年アルドゥス・マヌティウスの印刷工房にて、1ページに多くの文字を詰め込み印刷物を小型化する目的で初めて使用された[1][6]。このときの活字は、現在のイタリック体の書法とは異なり、大文字にアセンダラインよりも高さの低い立体を用いていた。

フランチェスコ・グリフォとアルドゥス・マヌティウスの書体は広く普及し、後世アルダイン・イタリック(「アルドゥスのイタリック」の意)と呼ばれるようになったが[7]、当時から人気はとても高く、頻繁にかつ不正確に模倣された。ヴェネツィアの元老院はアルドゥスに独占使用権を認め、当時の教皇もその権利を確認したものの、模造品の使用は絶えなかった[6]

やがてこの書体はフランスにも伝わり、「イタリック」(イタリアの) 書体と呼ばれるようになった。1540年代にクロード・ギャラモンなどが大文字を傾かせたイタリック体を使うようになり、以後定着した。同じ頃パリの活字父型彫刻師ロベール・グランジョンが字形を調整して書体を完成させていった[5]。1560年頃、アントウェルペンの活字父型彫刻師フランソワ・ギュヨ立体とイタリック体の調和を目指し、立体活字の中で使えるイタリック体を用意した[8]。こうした流れの中、16世紀末以降イタリック体は立体に随伴する補助的な書体として、以下に示すような用法を獲得していった[2]

用法[編集]

欧文では、イタリック体は以下のような場面で用いられる。なお強調や題名などの用法は、和文の鉤括弧などの引用符の用法に似る。

  • 語の強調や注意の喚起(初回の登場)
  • 引用箇所の明示
  • 船名
  • 出版物名(本の題名など)
  • 法律的事件の名。
  • 遺伝子・酵素の名。
  • 属名以下(生物学)→下記を参照。
  • 変数→下記を参照。
  • 数学の定理の名前(数学の論文等に多い)。
  • 他国語。例えば英文中にフランス語が現れる場合など[9][10]
  • 言葉を一般的な意味通りに受け取ってはいけないということを示す表記。皮肉など。
  • 各段落(各項)等の先頭の題名(リーダー)をイタリック体で表す流儀もある(短文などで)。

なおイタリック体で書かれた文中に上に示したような箇所がでてきた場合は、逆に立体に戻される。

イタリック体が存在しない書体では代わりに斜体を用いる。タイプライターや手書き文章など、イタリック体・斜体のいずれも用いるのが困難な環境では、下線や引用符でもって代えることがある。

生物学分野[編集]

生物学における学名のうち、名以下(種名・種小名など)は、地の文と区別するためにイタリック体で表記し、それ以外(以上の階級)は立体を用いる[11]

自然科学・工学分野[編集]

変数(内容の変化する関数作用素物理定数等を含む)、すなわち内容が変化するものを表すシンボル記号は原則的にイタリック体で表記される。

これに対して、演算記号(log, sin, expなど)、数学定数円周率 \mathrm{\pi}虚数単位 \mathrm{i}など)、物理単位[12]など、内容が変化しないシンボル記号は立体で表記することが国際標準化機構日本工業規格日本物理学会などにより定められている[13][14]

例:f(x) = \mathrm{e}^{\mathrm{i}x} = \cos x + \mathrm{i} \sin x , A^\mathrm{T}

しかし慣例的には、円周率 \pi虚数単位 iネイピア数 e微分作用素 d行列転置Tゼータ関数 \zeta (s) をはじめ多くの記号がしばしばイタリック体で表記される。

例:f(x) = e^{ix} = \cos x + i \sin x , A^T

またギリシャ文字大文字は、変数であっても、慣用としてイタリック体を用いず立体が用いられることが多い(例:\Theta_i)。

なおベクトル変数・行列変数・テンソル変数の表記については下記の様々なスタイルが見られ、イタリック体を採用せず立体とするものがある。

単位及び接頭辞は原則的に立体で表記される。しかし、日本の中学・高校の教科書ではリットルの表記にイタリック体や筆記体のエル(l、ℓ)が用いられているものがある。詳しくはリットルの項を参照。

ウェブページ[編集]

HTMLでは i 要素によってイタリック体であることを示すことが出来るが、ユーザーエージェントによってはただの斜体で表示される場合もある。強調の用途でイタリック体を用いたい場合は、意味論的な理由から em 要素の使用が望ましい。装飾的な理由でイタリック体を使用する場合は、CSSを用いて font-style: italic と宣言することが望ましい[16]

括弧[編集]

スタイルガイド The Chicago Manual of Style 15th edition は、括弧のフォントは内容ではなく周辺のテキストにあわせるべきだとしている(6.6節)。イタリック体の文字を立体の括弧で囲む場合に文字が重なってしまう危険があるが、そのような時には小さいスペースを挿入して、文字が重ならないようにすればよい。

脚注[編集]

  1. ^ a b 小泉 2012, p. 58.
  2. ^ a b 欧文書体の基礎知識」『和文フォント大図鑑』、桜花デザイン
  3. ^ B. L. Ullman, Origin and Development of Humanistic Script (Ed. di Storia e Letteratura, 1960)
  4. ^ a b スタン・ナイト 2001, p. 97.
  5. ^ a b 今田欣一「書体の基礎知識 欧文書体編」タイプラボ。
  6. ^ a b D. B. Updike, Printing Types: their history, form and use, Harvard University Press, 1927.
  7. ^ 気谷誠 講演録「懐中のルネサンス —アルドゥスが生んだ500年前の文庫本—」『Net Pinus』62号、雄松堂、2005年。
  8. ^ 河野三男「古典書体シリーズ第3弾」『Type review』朗文堂。
  9. ^ 例として、A splendid coq au vin was served.
  10. ^ ただし充分英語圏内で普及し、もはや外国語とみなせなくなった言葉は立体で表記される。
  11. ^ 横川浩治「生物の名前と分類
  12. ^ 国際単位系 (SI)」『計量標準の知識』独立行政法人産業技術総合研究所計量標準総合センター、2003年。
  13. ^ ISO 31-11:1992国際標準化機構、1992年。
  14. ^ a b 日本物理学会誌投稿規定日本物理学会、2002年。
  15. ^ このスタイルは英語圏に多く見られる。
  16. ^ 杜甫々「<i> - イタリック文字」『とほほのWWW入門』、2002年。

参考文献[編集]

  • スタン・ナイト 『西洋書体の歴史─古典時代からルネサンスへ─』 高宮利行訳、慶應義塾大学出版会、2001年(原著1998年)。ISBN 4-7664-0834-9
  • 小泉均 『タイポグラフィ・ハンドブック』 研究社、2012年ISBN 978-4-327-37732-8