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紀橡姫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
紀 橡姫
第49代天皇母
皇太后 (追贈)宝亀2年(771年)12月15日

死去 和銅2年(709年)年頃?
陵所 吉隠陵
氏族 紀氏
父親 紀諸人
配偶者 志貴皇子(施基親王)
子女 難波内親王
光仁天皇
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紀 橡姫(き の とちひめ、生年不詳 - 和銅2年9月14日709年10月21日[1])?[2])は、飛鳥時代女性紀諸人の娘で、志貴皇子(施基親王)の光仁天皇 (今日の皇室の祖)、難波内親王の生母。贈皇太后

略歴

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大宝律令考課の成選・選限の制度が定められていた事から701年年時点で父紀諸人が外八位または八位ではないので、資人として志貴皇子に出仕した可能性は無いので、妻問婚によって側室となったと考えられる。

志貴皇子との間に、難波女王(のち難波内親王)、白壁王(のち光仁天皇)を産んだ。

宝亀元年(770年)に所生の白壁王が光仁天皇として即位するが、すでに母の橡姫は没しており、即位の翌年の宝亀2年(771年)12月、皇太后追贈された。

脚注

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  1. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus「紀橡姫」
  2. ^ 所生の光仁天皇の生年月日が和銅2年10月13日(709年11月18日)と伝わっているため、どちらかが間違いとなる。

参考文献

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