CLOUDY HEART

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CLOUDY HEART
BOØWY楽曲
収録アルバムBOØWY
リリース1985年6月21日
規格LP
録音1985年2月26日 - 3月15日
ハンザ・スタジオ(ハンザトン・スタジオ)
ジャンルロック
ニュー・ウェイヴ
時間4分29秒
レーベル東芝EMI/イーストワールド
作詞者氷室京介
作曲者氷室京介
プロデュース佐久間正英
その他収録アルバム
BOØWY収録曲
音楽・音声外部リンク
CLOUDY HEART (Single Version)

CLOUDY HEART」(クラウディ・ハート)は、日本ロックバンドであるBOØWYの楽曲。

1985年6月21日にリリースされ、東芝EMIへの移籍第一弾となったBOØWY3枚目のスタジオ・アルバム『BOØWY』に収録されている。作詞、作曲は氷室京介、編曲は布袋寅泰

歌詞の内容はBOØWY結成当時に氷室が交際していた女性との失恋を題材としている。1983年頃からライブにおいて「ROCK'N ROLL」のタイトルで演奏され、1984年3月31日の新宿ロフト公演からリリースされたバージョンの演奏へと変更された。アルバム『BOØWY』収録時に正式にタイトルが「CLOUDY HEART」とされ、歌詞およびアレンジもリリースされたバージョンのものとなった。

リリース後のコンサートツアーでは「JUST A HERO TOUR」を除いて必ず演奏されており、同バンドの代表曲の1つであるとされる。ベスト・アルバム『BOØWY THE BEST "STORY"』(2013年)リリース時のファン投票では1位となった。後に制作者である氷室によってセルフカバーされた他、MOOMINAcid Black Cherryによってカバーされている。

音楽性と歌詞[編集]

歌詞は氷室京介がかつて同棲していた女性との失恋がテーマとなっている。1985年6月25日渋谷公会堂で行われたBOØWY初の大ホール・ワンマンコンサートのMCで、氷室が上京した際に学校を中退して連れ立った女性の話がなされ、アルバイトを始めても3日と持たず辞めてしまった氷室は同棲していた女性の収入に頼って生活していた事、その女性が氷室の元を去った事から本作が制作されたとの逸話を述べている[1]。この女性との交際について「イカしたママゴトだったと思います」等語り、氷室の年齢より1歳下である事が明かされた。BOØWYのマネージャー土屋浩(紺待人)もこの女性について自著で記述している[2]。音楽関係者の話によると、氷室は21歳で高校の同級生と結婚している[3]

ファン投票で選曲されたベスト・アルバム『BOØWY THE BEST "STORY"』(2013年)では1位を獲得。高橋まことはロックンロールバンドらしい楽曲の「ONLY YOU」(1987年)や「Marionette」(1987年)を予想し、意外な結果だがなるほどなと思ったと語っている[4]。同作がリリースされた頃、高橋は60代に差し掛かっていたが、ファンも年齢を重ね、歩んできた人生に染みる楽曲ということもあるのだろうと高橋はインタビューで語った[5]。BOØWY現役の当時まだ30代前半だった高橋も年齢と共に「CLOUDY HEART」の歌詞の分からなかった側面に気づくようになった[5]。なおこのインタビューによると、1983年または1984年の夏、このバンドがまだ売れない頃に夏休みも組み込まれた四国ツアーを行い、氷室が車中で何か書いている様子に高橋が声をかけると「“CLOUDY HEART”の詞をさぁ…」と返答し、「ROCK'N ROLL」の題名であった頃のインチキ英語ではレコーディングできないからと、「CLOUDY HEART」の歌詞を氷室が一生懸命書いていたのを高橋は覚えていた[5]

元々「CLOUDY HEART」というタイトルではなかった事を知らないエンジニアのマイケル・ツィマリングが、「この曲はとても“CLOUDY HEART”という感じがする」と発言し、ディレクターの子安次郎は大変驚いたと述べている[6]。著述家・樋口毅宏によると、口語体を使用する「CLOUDY HEART」の歌詞は、つんくが影響を受けている[7]

リリース[編集]

1985年6月21日に3枚目のアルバム『BOØWY』(1985年)に収録されてリリースされた。1987年10月26日にはBOØWYとして最後となった7枚目のシングル「季節が君だけを変える」(1987年)のB面曲としてリリースされた。

シングル収録バージョンではギターとシンセが再録音および追加などのアレンジが加えられ、新たにオーバー・ダビングが行われている。氷室のボーカル部分に関してはアルバム『BOØWY』に収録されたバージョンのものを流用している[8]他、Bメロ部分に布袋によるユニゾンが追加されている[9]。「季節が君だけを変える」は一度氷室が書き上げた歌詞を、布袋が「もっと深い、俺たちの関係を言葉にして欲しい」と要求し歌詞が書き直される事となった[9][10]。過去に布袋が氷室に歌詞の書き直しを要求した事は一度もなく、「季節が君だけを変える」の方向性を聞いた氷室からシングルのカップリングには本作を使用する提案が出された[9][8]。子安は最後のシングルのB面曲に本作が選定された事は必然的であったと述べた[6]他、自身にとって最後の曲は本作であるという印象が強いと述べている[11]。本作がB面に選定された事およびBメロが氷室と布袋によるユニゾンに変更された事から、終末感を感じ取ったファンの間でBOØWY解散説が流布され始める事となった[9][8]。その後12月には写真週刊誌FRIDAY』にて「BOØWY解散の噂」と題した記事が掲載された[12]

批評[編集]

専門評論家によるレビュー
レビュー・スコア
出典評価
音楽誌が書かないJポップ批評18肯定的[13]
音楽誌が書かないJポップ批評43肯定的[14]

本作の詞のテーマに対する批評家たちの評価は概ね肯定的となっており、音楽誌『音楽誌が書かないJポップ批評18 BOØWYと「日本のロック」』では、本作を「突き放した感のある、終末的イメージ」があるとした他、氷室の実体験を基にした事から歌に情感があると指摘し、氷室の作品中では曲と詞のバランスが秀逸であると称賛[13]、『音楽誌が書かないJポップ批評43 21世紀のBOØWY伝説』にてライターの齋藤奈緒子は、BOØWYの代表曲の1つであると触れた上で、氷室の実体験であるが故に他の失恋ソングと比較しても「青臭さや傷つきぶりが格段にリアル」であると述べた他、「彼女に聴いてもらいたい未練」を垣間見せる部分が「名曲たる所以」であると称賛した[14]

ミュージック・ビデオ[編集]

ビデオ『SINGLES OF BOØWY』(1991年)において、過去のライブ映像を最新のものから古い映像を辿る形の映像が収録された。

ライブ・パフォーマンス[編集]

ライブハウス時代の1982年10月30日(相模原職業訓練大学祭)から演奏され、1983年1月15日(新宿LOFT)から1984年内までの間「ROCK'N ROLL」という仮タイトルで演奏された[13]。初期はアレンジが異なりアップテンポでサビの展開も異なっていた[13]

1985年4月13日の赤坂ラフォーレミュージアム公演において、初めて「CLOUDY HEART」としての歌詞で歌われたが、曲名は正式に紹介されていない。なお、「ROCK'N ROLL」以前のタイトルを「HEART TO HEART」とする説もあるが、それは当時の歌詞の一部から取られたファンの間での通称に過ぎず、以降では「ROCK'N ROLL」期との区別を目的とした意味合いの方が強い。事実、この期間に氷室京介本人からライブ中に曲名を紹介された音源は存在せず、タイトルは未定だったと思われる。初演当初から歌詞の変更やアレンジが頻繁に繰り返され、初期の頃はギターによるイントロは無く、激しいリフと早いテンポが曲の特徴だった。

後期にはイントロが加えられ、段々とテンポが緩やかになっていき、1984年3月31日の新宿LOFTでの演奏では激しいギターリフも無くなり、よりバラードに近いアレンジが加えられた。歌詞の違いを除けば、この日を境に以後解散まで演奏され続けていく「CLOUDY HEART」とほとんど変らない形になったと言える。子安はBOØWYがライブ時のMCが少ないバンドである事に触れた上で、本作の演奏前には氷室が必ず一言コメントしていた事から本作に対する強い思い入れを感じていたという[6]

本作でのテレビ出演は1985年9月放送の群馬テレビ音楽番組 『BEAT POPS』(1985年)にて「NO. NEW YORK」と共に演奏された他、同年9月22日放送のテレビ東京音楽番組 『LIVE ROCK SHOW』(1985年)にて9月5日の安田生命ホール公演の公開録音として出演で「Dreamin'」、「CHU-RU-LU」、「NO. NEW YORK」、「Baby Action」と共に演奏され、同年10月7日放送の朝日放送バラエティ番組 『ヤングプラザ』(1985年)では「NO. NEW YORK」と共に演奏された。

カバー[編集]

音楽・音声外部リンク
CLOUDY HEART (short version) - In album: Case of HIMURO、氷室京介公式SoundCloud

スタッフ・クレジット[編集]

BOØWY[編集]

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

  • 糟谷銑司 - プロダクション・プロデューサー
  • 子安次郎 - レコーディング・ディレクター
  • 加藤ヒロシ - レコーディング・マネージャー
  • 原田クマ - レコーディング・コーディネーター
  • トム・ミュラー - スタジオ・マネージャー
  • ジョーグ・レンカー - アシスタント・エンジニア
  • デニス・ブラックハム英語版 - マスタリング・エンジニア
  • 土屋浩 - パーソナル・マネージャー
  • L.O.E. ENTERTAINMENT LTD. - ヨーロッパ・マネージメント

収録アルバム[編集]

スタジオ音源(アルバムバージョン)
スタジオ音源(シングルバージョン)
ライブ音源

脚注[編集]

  1. ^ ARENA37℃ 2001, p. 31- 星野京子「1985年9月号 BOØWY LIVE GIG AT "FIRST HOMERUN"」より
  2. ^ 紺待人 1986, pp. 74–75- 「ACT1 氷室京介」より
  3. ^ 突然の引退宣言の後に氷室京介が地元・群馬県で見せた素顔”. 週刊女性PRIME. 主婦と生活社 (2014年7月29日). 2017年8月3日閲覧。
  4. ^ 東條祥恵 (2013年3月27日). “【対談】高橋まこと(ex BOΦWY)×森山朝雄(ex BOΦWY PA)「こんなに想い続けてもらえるって不思議。変なバンドだね」”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク. 2021年7月23日閲覧。
  5. ^ a b c 奥“ボウイ”昌史 (2013年3月28日). “大ヒット御礼! BOØWYのデビュー30周年の最後を飾る 初のリクエスト・ベストアルバム『BOØWY THE BEST“STORY”』 高橋まこと(ds)が過去の秘蔵エピソードやドラマーとしての生き様、 そしてBOØWYの未来を語り尽くすインタビュー&動画コメント!”. ぴあ関西版WEB. ぴあ. 2017年7月31日閲覧。
  6. ^ a b c B to Y 2004, p. 74- 「WORKS」より
  7. ^ 樋口 「BOØWYとわたし」
  8. ^ a b c 高橋まこと 2017, p. 197- 「3章 酒とバラの日々(1982年~1993年)」より
  9. ^ a b c d B to Y 2004, p. 139- 「HISTORY」より
  10. ^ 高橋まこと 2017, p. 196- 「3章 酒とバラの日々(1982年~1993年)」より
  11. ^ 佐々木モトアキ (2017年10月7日). “季節が君だけを変える~BOØWY時代の氷室京介が受け入れた“最初で最後”の歌詞変更と、解散を意識したレコーディング舞台裏のドラマ”. TAP the POP. 2018年2月23日閲覧。
  12. ^ 高橋まこと 2017, p. 207- 「3章 酒とバラの日々(1982年~1993年)」より
  13. ^ a b c d 別冊宝島 2002, p. 114- 不二雄、江口崇、編集部「『BOØWY COMPLETE』全114曲完全楽曲解説!」より
  14. ^ a b 別冊宝島 2006, p. 116- 「BOØWY 全79曲 勝手にライナーノーツ」より
  15. ^ 氷室京介、初のオールキャリアベストでBOOWY曲を再レコーディング”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2016年2月24日). 2021年8月9日閲覧。
  16. ^ 氷室京介、オールキャリア・ベスト盤でBOΦWY楽曲の再REC。「もう一度向き合ってみたいと思った」”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2016年2月24日). 2021年8月9日閲覧。
  17. ^ 解散から15年を経ても減衰しないBOOWYのトリビュート&リスペクト・アルバム”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2003年12月15日). 2021年8月9日閲覧。
  18. ^ OKMusic編集部 (2014年10月25日). “Acid Black Cherry、タワレコでの衣装展示が急遽決定!”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク. 2021年8月9日閲覧。
  19. ^ 布袋寅泰35周年武道館を映像化、10年ぶりのライブアルバムも”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2017年4月10日). 2021年8月9日閲覧。
  20. ^ 布袋寅泰、武道館公演収めたBD/DVD&ライブCD同時リリース”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2017年4月10日). 2021年8月9日閲覧。

参考文献[編集]

  • 紺待人『BOØWY STORY 大きなビートの木の下で』ソニー・マガジンズ、1986年12月5日、74 - 75頁。ISBN 9784789702669 
  • 「ARENA37℃ SPECIAL vol.3 BOØWY」『ARENA37℃』2001年12月号増刊、音楽専科社、2001年12月4日、31頁、ISBN 9784872791686、雑誌01594-12。 
  • 「音楽誌が書かないJポップ批評18 BOØWYと「日本のロック」」『別冊宝島』第653号、宝島社、2002年6月7日、114頁、ISBN 9784796627245 
  • 『BOØWY B to Y THERE'S NO BEGINNING AND THE ENDS.宝島社、2004年9月20日、74 - 139頁。ISBN 9784796642408 
  • 「音楽誌が書かないJポップ批評43 21世紀のBOØWY伝説」『別冊宝島』第1322号、宝島社、2006年7月27日、116頁、ISBN 9784796653497 
  • 樋口毅宏 失われた東京を求めてvol.4 BOØWYとわたし」『散歩の達人 2016年10月号』交通新聞社、2016年9月21日https://books.google.co.jp/books?id=5SscDQAAQBAJ&pg=PA128&redir_esc=y&hl=ja 
  • 高橋まこと『スネア(立東舎文庫)』立東舎、2017年8月21日(原著2007年4月)、196 - 207頁。ISBN 9784845630424 

外部リンク[編集]