石坂敬一

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石坂 敬一(いしざか けいいち、1945年8月25日 - )は、日本実業家・音楽ディレクターで、東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパン)、日本ポリグラム~ユニバーサルミュージックで数々の実績を残し、経営に尽力した。日本レコード協会顧問。2011年11月1日より、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長 兼CEOに就任した[1]

人物[編集]

埼玉県出身。石坂敬一の祖父母双方の従兄弟に石坂泰三(第二代経済団体連合会会長)がいる。

東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)在籍時には名物ディレクターとして名を知られ、洋楽制作部時代にはザ・ビートルズピンク・フロイドを手がけ、邦楽制作本部時代には原田知世薬師丸ひろ子本田美奈子らを育てる。 クリエイションで売り出し、日本のロックの海外進出の足掛かりを作った。 また、前・所属会社で実績が伸びなかったBOØWY矢沢永吉を移籍させ、復活させた事でも知られる。

1994年11月にポリグラムの日本法人である日本ポリグラムに転職し、同社取締役社長に就任。1998年にMCAレコードを保有するシーグラムが、ポリグラムを買収した事に伴いユニバーサル・ミュージックが発足。1999年に日本ポリグラムから社名変更したユニバーサルミュージック株式会社(現:ユニバーサルミュージック合同会社)の代表取締役社長、CEO、会長などを歴任した。在任中は邦楽制作の強化と経営改革を積極的に推進し、2008年には同社をCD生産額で業界シェア第 1位に押し上げた。また公職として、社団法人日本レコード協会の会長を2007年7月から2011年5月にかけて務めた。

経歴[編集]

著書[編集]

  • 『出世の流儀 - 究極のビジネスマンになる方法』(日本文芸社、2011年8月25日発売)

脚注[編集]

  1. ^ MUSICMAN-NET.「ワーナー代表取締役会長兼CEOに石坂氏が就任」(2011年10月28日)

関連項目[編集]

  • 石坂泰三(親族)
  • BMG JAPAN(旧ファンハウス) - 石坂と同じく東芝EMIのディレクターであった新田和長ザ・リガニーズ)が独立して創業したレコード会社であるが、石坂の東芝EMI取締役就任時に新田が東芝EMI保有株全てを取得した。