高橋まこと

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高橋まこと
出生名 高橋信
生誕 1954年1月6日(62歳)
出身地 日本の旗 日本, 福島県福島市
学歴 福島県立福島高等学校
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン
ドラマー
担当楽器 ドラム
活動期間 1972年 -
公式サイト 高橋まこと OFFICIAL WEB SITE
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高橋 まことたかはし まこと1954年1月6日 - )は日本ミュージシャン。本名、高橋 信(読み方同じ)。

福島県福島市出身。福島県立福島高等学校出身。日本のロックバンドBOØWYドラマーとして知られる。身長170cm、体重61kg。 血液型はA型。

略歴[編集]

ザ・ベンチャーズメル・テイラーザ・ビートルズリンゴ・スター等のドラマーに影響を受け、ドラムを始める。アマチュア時代数多くのバンドに参加した後、上京。長沢ヒロ率いる長沢ヒロ&HEROに参加するも諸事情によりメジャーデビューアルバムの録音が終わった時点で脱退。音源はそのまま発売されたが、ジャケット写真は後任の伊藤真視(現・1960)が写っている。知人に誘われて偶然見た新宿LOFTでの暴威のライブ(この時が暴威としての初ライブ)の後、ドラムを募集していることを知りオーディションに参加し、その後加入した。1987年BOØWYが解散発表するとほぼ同時期に元ALLERGYのボーカリスト宙也を中心として結成されていたDe-LAXに参加。De-LAX解散後はソロアルバム「楽しき人生」を発表した後、De-LAXギタリスト榊原秀樹と共にGEENAを結成。その後再結成されたDe-LAXを中心に活動していたが、2013年2月に脱退。また、2006年TOYOTAの新型車 「AURIS(オーリス)」発売に際して結成された特別バンドTHE AURIS (SUPER) BANDにドラムとして参加。2007年には自叙伝『スネア』を出版。

逸話[編集]

  • BOØWY時代、ライブのメンバー紹介では、ボーカルの氷室京介から「原子のドラム、高橋まこと!」と紹介されていた。「ミスター・エイトビート」という異名がある[1]
  • BOØWY時代初期に、布袋寅泰からのアドバイスをきっかけにサングラスを着用し始めた。以来、今日まで自身のトレードマークとして定着している。
  • BOØWYのドラマーのオーディションに受かった理由が、曲の出だしのカウントする声が大きかったことだと言われていたが、実際には高橋を加入させる事は他のメンバー間では決定事項であり、オーディションに呼ばれていたのも彼だけだったと言う。他のメンバーにとっては形だけのオーディションが行われ。その後、高橋と他のメンバーは、合宿所での麻雀で親睦を深めたと言う。布袋は麻雀が上手くなかったので、殆ど高橋の後ろで見ていたが、その打ち筋は初心者の布袋の目から見てもとことん男らしかったと証言している[2]
  • BOØWYの駆け出しの時代、他のメンバーに内緒で、とりあえず車で東京まで帰って来られる額のヘソクリを持っていた。内緒にしておかないとメンバーから「酒を飲もう」「飯を食おう」ということになるため、と語っていた[2]
  • BOØWY以前には、アニメソングの作曲やジャニーズ事務所のバックバンドとして有名な長沢ヒロのバンド「HERO」や、RED WARRIORS木暮武彦のバンド「STRAIGHT」に所属していたこともあり、アマチュアシーンではその名が知られていた。
  • BOØWY時代初期、氷室京介の免許更新に同伴して群馬に行った際、当時まだアマチュアだったヤガミトールに焼肉をおごってもらう代わりに、ヤガミの自宅でドラムを2時間叩いてみせたことがある。しかし当時は高橋とヤガミのレベルが違いすぎ、ヤガミは「何故こんな音が出るのか全くわからなかった」という。

作品[編集]

シングル[編集]

ソロ

アルバム[編集]

ソロ

書籍 [編集]

DVD [編集]

スネア THE MOVIE 8beat of BOØWY (2009年 アトス・インターナショナル)

参加した主なバンド[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ 高橋まこと”. BARKS. 2016年1月6日閲覧。
  2. ^ a b 大きなビートの木の下で―BOØWYストーリー「ACT3 高橋まこと」より