長野祐也

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長野 祐也(ながの すけなり、1939年6月27日 - )は、日本政治家政治評論家。元鹿児島県議会議員、元衆議院議員[注 1]である。

来歴・人物[編集]

鹿児島玉龍高等学校第9回卒、1年上には元厚生労働大臣尾辻秀久がいる。高校時代は弁論部で活動し、1957年10月に広島大学主催の全国高校弁論大会に出場、演題「高校生の使命に思う」で優勝。1963年中央大学法学部政治学科卒業。大学時代は辞達学会に所属し、全国大学弁論大会で3年連続優勝した(当時大会初)。

田中茂穂参議院議員秘書や鹿児島県議会議員新自由クラブ鹿児島県連代表を経て、1980年第36回衆議院議員総選挙中曽根派新人候補として初当選[注 2]1982年ヴェルサイユサミットに自民党の機関紙・自由新報特派員として参加。1987年に、竹下内閣厚生政務次官に就任した。

1990年第1次海部内閣自治政務次官として迎えた第39回衆議院議員総選挙で落選。1992年に鹿児島1区が奄美群島選挙区と合区されたため、次期衆院選に不出馬を決め、奄美群島区から参入する自身と同い年で同じ中大法学部出身の現職保岡興治の支援を表明した。

1993年、前言を撤回し、結党間もない新生党公認で第40回衆議院議員総選挙に出馬したものの落選(保岡は当選)。1995年第17回参議院議員通常選挙では鹿児島県選挙区から新進党公認で出馬したが落選。これを最後に選挙には立候補していない。その後、政治評論家、川崎医療福祉大学客員教授となる。

2000年4月からは、アール・エフ・ラジオ日本で始まった『長野祐也の政界キーパーソンに聞く』のパーソナリティーインタビュアーを担当する。2008年7月、関連校川崎医科大学の裏口入学疑惑に長野が直接関与していた事実が報道で明らかになり、文部科学省が調査に乗り出し関係者に厳重注意処分を下す事態が発生したが、番組は休止することなく存続した[1][2]

2013年4月からは、『長野祐也の政界キーパーソンに聞く』のスピンオフ番組となる『長野祐也の医療界キーパーソンに聞く』がスタートし、そのパーソナリティー・インタビュアーも担当している。

2009年11月に旭日重光章受章。

著書[編集]

  • 『厚生省の時代 - 明るい長寿社会を拓く』 東洋堂企画出版社 (1988/1)。
  • 『谺(こだま)する政治を目指して』 東洋堂企画出版社 (1990/11)
  • 『どうなる日本の社会保障』 ぎょうせい (1999/12)
  • 『日本が動く時 - 政界キーパーソンに聞く』(PART 1 - 9) ぎょうせい (2000/11/~)、パーソナリティを務めるアール・エフ・ラジオ日本政治鼎談の書籍化
  • 『21世紀医療への処方箋 - 元厚生政務次官が厚生官僚の本音に迫る!』 ぎょうせい (2001/12)

出演[編集]

いずれもディスクジョッキー兼インタビュアー。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 中選挙区時代の鹿児島1区で当選3回。
  2. ^ 当選同期に古賀誠太田誠一川崎二郎森田一平沼赳夫久間章生高村正彦柿沢弘治など。

出典[編集]

関連項目[編集]