競馬ファン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

競馬ファン(けいばファン)とは競馬の一部または全般において趣味にしている人のことである。

概要[編集]

競馬の黎明期、すなわちかなり古くから競馬を趣味とする人は存在していたが趣味の対象となったのはもっぱらギャンブルとしての競馬であった。しかし1973年ハイセイコーが活躍して以降は「競馬はロマン」という価値観を持つファンが増加し、その後競馬ファンの趣味の対象はさらに多様化した。

競馬ブーム[編集]

第一次競馬ブーム[編集]

1973年に起こったブーム。ハイセイコーの活躍を契機として起こったため、「ハイセイコーブーム」とも呼ばれる。
ハイセイコーが引退してそのブームが沈静化しても競馬場の入場人員は増え続け、中央競馬では1975年には過去最高の年間観客動員数となる延べ約1500万人を記録した[1]
この時をピークに、以後は現在に至るまで観客動員が減少傾向となるが、翌年1976年から翌々年の1977年にはTTG[注 1]が名勝負を演じて競馬人気に貢献した。

第二次競馬ブーム[編集]

笠松競馬場にあるオグリキャップの銅像
1980年代後半より1990年代前半にかけて起こったブーム。武豊オグリキャップの活躍、およびバブル景気との相乗効果が要因とされる[2]タマモクロスサッカーボーイ、その後は平成三強トウカイテイオー、さらにはアイネスフウジンメジロライアンなどの名馬の活躍、1988年に公開された競馬映画『優駿 ORACION』のヒットも競馬人気に貢献した。
第一次競馬ブームを遥かに超える規模のブームとなり、比較的若い子供の競馬ファンまでもが急増し一種の社会現象にもなった。具体的な現象としては、第一次ブーム下の1973年に記録された東京優駿での最多入場者記録(約16万人)が1990年に破られた(約19万人)[3]。オグリキャップの引退レースとなる第35回有馬記念でも、入賞者数が約17万人となった。
その後、1990年代より2000年代にかけて『みどりのマキバオー』や『馬なり1ハロン劇場』、『風のシルフィード』などの競馬漫画のヒットや『ダービースタリオン』や『ウイニングポストシリーズ』、さらに『STARHORSE』などの競馬ゲームのヒットなどにより競馬ファンが増えた。

第三次競馬ブーム[編集]

2004年から2006年に活躍したディープインパクトは大きな注目を集めた。
NHK中継された2006年の凱旋門賞の平均視聴率関東地方で16.4%関西地方で19.7%を記録し、また瞬間最高視聴率は関東で22.6%、関西で28.5%を記録した[4]。競馬専門誌やスポーツ新聞だけでなく一般の新聞・雑誌・テレビ番組などのメディアもその存在を取り上げた。JRAに対する取材の申し込みは例年の10倍に及んだ[5]三冠達成後の2005年10月29日にはNHKスペシャルで「ディープインパクト〜無敗の3冠馬はこうして生まれた〜」が放送された。なお、同番組は2005年のJRA賞馬事文化賞を受賞した。漫画雑誌でも取り上げられ、ハイセイコーのときと同様にグラビアを飾ったことや(『週刊ヤングサンデー』2006年15号)、凱旋門賞の前に『週刊少年チャンピオン』でディープインパクトの物語が短期集中連載された。作者は以前同誌で競馬漫画『優駿の門』を連載していたやまさき拓味で、『優駿の門 特別篇』として掲載された。のちに単行本化され、少年チャンピオン・コミックスから発売された。競走馬引退後の2007年4月には、サントリーフーズBOSSコーヒー」のCMトミー・リー・ジョーンズと共演している[6]
現役競走馬時代の2005年と2006年には、その年を代表する存在として扱われることもあった。2005年には新語・流行語大賞の候補語60語にノミネートされた[7]。また、2005年の『日経MJ』のヒット商品番付では「西関脇」に番付された[8]
このブームでは日本の各大学のクラブ活動において競馬サークルが急速に創設されると言う現象も引き起こし、後に「うまカレ」が日本の各大学の競馬サークル共同で創設した契機ともなった。

競馬ファンの主な趣味分野[編集]

競馬ファンの趣味としては主に以下の例がある。

  • 競馬観戦
重賞競走やGIレース、国外の主要レースのみを観戦対象とする者も多い。
日本国内・国外を問わず各地の競馬場へ実際に足を運んで観戦する。旅打ちとも言う。馬産地を巡る者もいる。
  • 着順予想・馬券購入
最も一般的なもの。競馬新聞あるいはスポーツ新聞を購入の上、それを参考に予想して勝馬投票券を購入するパターンが多い。詳細は予想 (競馬)を参照。
牧場トレーニングセンター、競馬場に於いて競走馬を見学したりする。パドックで競走馬の馬体を見る者もいる。
農業高校大学農学部に入学し獣医師免許・家畜商免許を取得して競馬場や馬産地に於いて競走馬を見学したり、中には調教師や馬主に当歳馬のエージェントをしたり、農林水産省等の行政における情報の聞き込みや競馬関連書籍を元に研究するスタイル。また競走馬のレースフォームをビデオ撮影しスローモード状態を物理計算して、能力値を研究するコアなファンもいる。
  • コースの調査および研究
各競馬場のコース構造を調査・研究している者もいる。これは少数派に属する。
  • 写真撮影
競走馬や騎手などの関係者の写真撮影を主とする。大体は好みの競走馬や騎手を中心に撮影している。
  • 競馬の歴史の研究
資料や雑誌等を参考にして競馬およびその関連の歴史を研究する。
  • 競馬グッズ収集
上記の競馬ブームにより競馬場内・競馬場外問わず関連商品が多数発売された1980年代後半以降に急増した。現在でも大多数存在する。商品のほか、勝馬投票券やレーシングプログラム等の収集も行われている。
  • 競馬場内の飲食店巡り
これは2000年代に入って新たに出来た(「B級グルメ」等、競馬ファン以外からのアプローチはこの限りでない)スタイル。競馬場内の各飲食店を食べ比べするものである。各競馬場内での食べ歩き、同じようなメニューを供する店舗についての各競馬場間の比較、当地名物を味わう等の楽しみ方がある。
用途が決まらない場合に個人や団体で引き取って育成しているケースがある。ただし育成環境の整備(スペース、僚馬の確保等)、緊急時を含めた獣医師等専門職との連係等、「趣味」以上の注力が必要である。

競馬ファンの特徴[編集]

これは競馬ファンに限った訳ではなく一般観戦客も含めてであるが、ヨーロッパ諸国(イギリスフランス等)では観戦者の男性は概ね紳士服背広等)で競馬場に入場の上観戦している例も見られる(ヨーロッパ関連はこの他にもパドックで馬を曳いている厩務員が背広姿である例も散見される。日本でもジャパンカップでは国外の競走馬を担当する厩務員に見られることがある[9])。イギリスの競馬場については「貴族、アッパーとワーキングクラスで入場門が違う」などとも言われるが香港の競馬場等でも費用負担とそれに見合うエリアでの楽しみ方は分かれており、殊更差別的であるわけではない。

日本においては競馬場に来場するファンや観客が比較的多く、1987年の第7回ジャパンカップを優勝したルグロリューの各陣営はインタビューで「日本では(各国と比較して)観客の多さが印象に残った」と語っていた[10]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ トウショウボーイ(Tosho Boy)、テンポイント(Ten Point)、グリーングラス(Green Grass)のイニシャル

出典[編集]

  1. ^ 「週刊競馬ブック2012年1月8日号「JRA土川健之理事長 年頭の所感」
  2. ^ 『いま、再びオグリキャップ』(東邦出版、2005年) p139
  3. ^ 優駿2010年6月号
  4. ^ 凱旋門賞 瞬間最高視聴率22・6% スポーツニッポン 2006年10月02日
  5. ^ NHK取材班、2006年、3頁。
  6. ^ Suntory News Release No.9780」 サントリー株式会社、2007年4月24日。
  7. ^ 2005年の「新語・流行語大賞」、60語の候補を発表。」 Narinari.com、2005年11月12日。
  8. ^ 日経MJが選ぶ「2005年ヒット商品番付」。」 Narinari.com、2005年12月7日。
  9. ^ 「優駿」1988年1月号、1989年1月号 ジャパンカップ関連記事
  10. ^ 「優駿」1988年1月号 ジャパンカップ関連記事

参考文献[編集]

関連項目[編集]