碑文谷

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カトリック碑文谷教会(サレジオ教会

碑文谷(ひもんや)は、東京都目黒区の地名。現行行政地名は碑文谷一丁目から碑文谷六丁目。郵便番号は152-0003。人口は2017年4月1日現在16,972人[1]

地理[編集]

地区内には東京都道318号環状七号線(環七通り)及び東京都道312号白金台町等々力線(目黒通り)の2つの重要幹線道路があり、両者が交差する柿の木坂陸橋は、重要な交通要所になっている。

公共交通の面では、目黒通りを中心とするバス路線網が充実しており、山手線目黒駅方面への便は非常に良い。最寄りの鉄道駅東急東横線学芸大学駅都立大学駅および東急目黒線西小山駅。他に徒歩で利用可能な駅として、東急大井町線・東急目黒線大岡山駅等がある。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、碑文谷4-12-14の地点で63万円/m2となっている[2]

人口[編集]

2017年4月1日現在

  • 1丁目 1,834世帯 3,942人
  • 2丁目 1,596世帯 3,222人
  • 3丁目 1,010世帯 2,147人
  • 4丁目 1,237世帯 2,426人
  • 5丁目 2,026世帯 3,442人
  • 6丁目 1,006世帯 1,793人
  • 合計  8,709世帯 16,972人[1]

面積[編集]

2010年1月現在、碑文谷の面積は1.03平方キロメートル。

  • 1丁目 0.22 平方キロメートル
  • 2丁目 0.16 〃
  • 3丁目 0.13 〃
  • 4丁目 0.17 〃
  • 5丁目 0.21 〃
  • 6丁目 0.14 〃

出典[3]

歴史[編集]

かつてはタケノコの産地として有名であったが、次第に宅地化された。

地名の由来[編集]

かつての荏原郡碑文谷郷、後の碑文谷村に由来する。碑文谷の由来には碑文谷八幡宮内稲荷社に保存されている梵字を刻んだ「碑文石」のある谷(里)ないし秘文の谷(里)(「世田谷城名残常磐記」)が起源とするもの、鎌倉・室町期からの加工品「檜物(ひもの)」作りが盛んであったことに由来するなど、諸説ある。

公共機関[編集]

教育機関[編集]

交通[編集]

鉄道
  • 東急東横線 学芸大学駅・都立大学駅
    • 学芸大学駅は開業当初「碑文谷駅」と称していたほか、1966年までは学芸大学駅と都立大学駅の間に碑文谷工場が所在していた。
路線バス

目黒駅や都立大学駅を起点とした東急バスの路線網が発達している。特に、碑文谷線(黒01系統)は東急バス全体の中で一番本数が多い。東98系統は東京駅丸の内南口から等々力操車場にいたるバス路線であり、東急バスと都営バスが共同運行する最後の路線であったが、2013年4月1日より東急バスの単独運行となった。詳しくは以下を参照のこと。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 目黒区町丁別世帯数および人口表
  2. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  3. ^ 東京都総務局統計部人口統計課 編集・発行「東京都区市町村町丁別報告」平成17年国勢調査分、平成22年3月発行、P.248

外部リンク[編集]