炉端焼き

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炉端焼き(ろばたやき)は、宮城県仙台市で発祥し、北海道釧路市で発展した飲食店の店舗や給仕の形態、および、そこで出される料理のこと。

客の目の前の囲炉裏端において、炭火で魚介類野菜を焼き、長いしゃもじ(掘返べら)で料理を運ぶ。

釧路の炉端焼き

歴史[編集]

戦後占領期1950年昭和25年)7月2日[1][注 1]大崎八幡宮御神酒酒屋・天賞酒造(当時の仙台市八幡町)[注 2][2][3]の三男[4]天江富弥[注 3][5][6][7][8][9]が、同社の日本酒の販路拡大を企図して、仙台花柳界の中心地・本櫓丁[10][11][注 4](現在の歓楽街国分町」の一部、地図[1])に開いた郷土酒亭「炉ばた[4]が「炉端焼き」の発祥の店とされる[12]。店名の「炉ばた」は林香院[注 5]の住職が命名した[1]

富弥は大正期より児童文化活動家として知られ、昭和初期に発生した「第1次こけしブーム」の火付け役[7][9]郷土史家でもあり、後に宮城県民藝協会の初代副会長も務めた[13]。また、野口雨情山村暮鳥[14]竹久夢二[6]、三大閨秀歌人といわれた柳原白蓮九条武子原阿佐緒[1]、さらには宮沢賢治[15]永六輔[16]など幅広い交流関係を持っていた[5][17]。「炉ばた」のマッチラベルは、売れる前の棟方志功が描いた。すなわち、客が仙台の文化人・趣味人でもある富弥と、囲炉裏を囲んで会話を楽しむサロン的な店が「炉ばた」であったようである。1960年頃にはジェイムズ・カーカップも来店した[1]。一方で富弥は、1924年大正13年)にこけし等の民芸品を扱う「小芥子洞」を開店しており、「炉ばた」にも様々な骨董品が飾られたようだが、同様に飾ってもらおうと開店祝いに知人が大きな木べらをプレゼントした。しかし、この木べらは飾られることなく、客に酒や料理を差し出す柄付きの盆のように使用された。これが後に全国に広まる炉端焼きの特徴の1つになった。市内に本店と支店が同時に存在した時期もあり繁盛した[1]。その後は何度か移転をし、主人も代替わりしたが、現在も同市の歓楽街「国分町」(稲荷小路沿い)に「元祖 炉ばた」(地図)の店名で存続している[12]

「炉ばた」の一番弟子が大阪府で、二番弟子が北海道釧路市栄町で、ほか3名の弟子が東北地方青森県福島県などで炉端焼きの店を出した(大阪の店は既に閉店)。

1953年(昭和28年)、釧路の弟子は仙台と同様に「炉ばた」(地図)との店名で店を出した[18][注 6]。同店では、釧路港で揚がる魚介類も焼いて出すようになった。この釧路の「炉ばた」のメニューを踏襲した形で、日本各地に炉端焼きの店が広がったとされる。

「炉端焼き」の店は、昭和40年代には全国に1万店以上あったと言われる[19]

現在、「セルフ炉ばた」「セルフ炉端焼き」などと呼ばれる、囲炉裏とそれを囲む座席を提供するだけの店舗も存在する。このような店舗では、食材等は持ち込みであったり、店舗から買ったりするが、焼くのは客(セルフ形式)である。店舗は常設の場合と仮設の場合があり、バーベキューやセルフのカキ小屋のような形式となっている。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この時期の仙台では、公道の一部を私的に占拠して飲食の営業する屋台が全盛だった。「仙台市都心部#横丁・屋台」参照。
  2. ^ 1804年文化元年)に仙台城下の八幡町(現・宮城県仙台市青葉区八幡)に創業した日本酒醸造会社で、どんと祭では伝統の裸参りを実施していた。敷地内に「山上清水」(仙台三清水の1つ)と呼ばれた涌き水があった。主要銘柄は仙台を訪問した皇太子(のちの大正天皇)が同社の酒を飲んだことで生まれた「天賞」、そして仙台藩初代藩主・伊達政宗に由来する「獨眼龍政宗」など。2004年平成16年)、経営不振から創業地を売却し(敷地の多くは複合商業施設「レキシントンプラザ八幡」として再開発され、庭園「天賞苑」は仙台市が買い取って「中島丁公園」として再整備)、翌年に仙台市に隣接する柴田郡川崎町に本社・工場を移転。社名も「まるや天賞」に改称。2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で被災したことで会社は存続させるものの醸造の継続は断念し、「天賞」「獨眼龍政宗」の商標権を中勇酒造店(同県加美郡加美町、主要銘柄:「天上夢幻」)に売却、同年6月に酒造免許の取り消し申請をした。川崎町の土地と建物などは、被災した新沢醸造店(同県大崎市、主要銘柄:「伯楽星」)の部分移転先となった。
  3. ^ 本名は天江富蔵(生年:1899年、没年:1984年)。宮城県仙台市出身。1920年大正9年)明治大学専門部商業科卒。1921年(大正10年)におてんとさん社を結成した。同社より童謡誌「おてんとさん」を創刊するなど、児童文化活動の指導者として活躍。竹久夢二とも交流があり、「おてんとさん」にも夢二の作品が載っている。また、1924年(大正13年)には仙台市の文化横丁に郷玩店「小芥子洞」を開業し、1928年(昭和3年)にこけしを体系的に扱った日本初の文献「こけし這子の話」を上梓して、ブリキのおもちゃに圧されて衰微していた東北限定の玩具・こけしを、全国的に著名な民芸品に押し上げ、大人の収集家を全国に多数生んだ。
  4. ^ 本櫓丁(google マップ)は、西端が本材木町(現・木町通)と十字路を形成して元柳町に続き、東端が国分町(現・国分町通)と十字路を形成して虎屋横丁に続く東西道。元柳町より西に行くと仲の瀬橋を渡って日本陸軍第2師団江戸時代 : 仙台城二の丸ほか、占領期 : キャンプ・センダイ、現・東北大学川内キャンパス)に繋がり、虎屋横丁より東に行くと仙台駅北側(占領期 : 進駐軍のRTOあり)でX橋(宮城野橋)を越え、仙台駅の東側にある日本陸軍歩兵第4連隊(占領期 : キャンプ・ファウラー、現・榴岡公園)や東京第一陸軍造兵廠仙台製造所(占領期 : キャンプ・シンメルフェニヒ、現・仙台駐屯地)に繋がる。本櫓丁は江戸時代には武家屋敷が並んでいたが、明治維新後に料亭芸者置屋が建ち並ぶようになって、仙台の花柳界の中心地となった(高度経済成長の終焉後に衰退)。1947年には細横丁(現・晩翠通)との角に、東北一の70ミリ映画館・東北劇場洋画専門の二番館)も開館した(1979年に火災で閉館)。
  5. ^ 仙台市若林区新寺にある曹洞宗寺院。奥州仙臺七福神の1つ。
  6. ^ 同店の数軒隣に、ザンギの発祥の店と言われている唐揚げ屋「鳥松」が存在する。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 心の一齣(島内義行 著、「随筆集 ~ むんつん閑語」、黒潮社)
  2. ^ “まるや天賞醸造断念 震災で設備損傷 中勇に商標権譲渡”. 河北新報. (2011年7月16日). オリジナル2011年7月19日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110719201936/http://www.kahoku.co.jp/news/2011/07/20110716t12008.htm 2015年9月14日閲覧。 
  3. ^ 天賞酒造株式会社(地酒を楽しむ会宮城)
  4. ^ a b vol.2 「河童祭り」を戦後に伝えた天江富弥(仙台市建設局百年の杜推進部 河川課 広瀬川創生室『河水千年の夢 広瀬川ホームページ「広瀬川の記憶」』 2004年9月6日)
  5. ^ a b 196 天江富弥(あまえとみや)の童謡詩碑(仙台市太白区区民部まちづくり推進課内・太白区まちづくり推進協議会「ディスカバーたいはく5号」)
  6. ^ a b 竹久夢二・詩と絵の世界―愛と、ロマンと、漂泊と仙台市文学館
  7. ^ a b 高橋五郎 著 『癒やしの微笑み 東北こけしの話』 (PDF) (河北新報出版センター 2014年9月発行。ISBN 978-4-87341-327-3) p.2
  8. ^ 62. こけしの語源と素材 (PDF)仙台市民図書館「要説 宮城の郷土誌」 p.137)
  9. ^ a b こけし蒐集家という人達(木人子室)
  10. ^ 「忘れかけの街・仙台 ~昭和40年頃、そして今~」(河北新報出版センター、2005年4月25日発行。ISBN 4-87341-189-0) pp.36-37
  11. ^ 「写真帖 追憶の仙台」(無明舎出版、2014年6月10日発行。ISBN 978-4-89544-579-5) pp.44-45
  12. ^ a b VOL.5 ゆったりと流れる時間に乾杯!仙台放送「とうほく食文化応援団」 2015年6月24日放送)
  13. ^ 小正月にちなみ 餅花の思い出(民芸みやぎ 宮城県民藝協会からの折々の便り 2012年1月14日)
  14. ^ 天才童謡詩人 スズキヘキ 仙台で日本初の童謡専門誌を創った男東日本放送「ほっとネットとうほく」 2006年1月28日ANN系列東北6局ブロックネット放送)
  15. ^ 今日の馬込文学 二人の対面 大正14年12月24日(推定)、石川善助、宮沢賢治と会う(DesignroomRUNE「馬込文学マラソン」)
  16. ^ 「奇人変人御老人」(永六輔 著、文芸春秋 1974年発行)
  17. ^ 『児童文学事典』電子版千葉大学アカデミック・リンク・センター)
  18. ^ 北海道の旅朝日放送朝だ!生です旅サラダ」 2014年2月15日放送)
  19. ^ 元祖 炉ばた”. 『国分町情報館』. 有限会社 国分堂. 2013年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]