歩兵第4連隊

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歩兵第4連隊
Sendai City Museum of History and Folklore 20090910.JPG
歩兵第4連隊旧兵舎。現在は仙台市歴史民俗資料館となっている。
創設 1871年
廃止 1945年
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 大日本帝国陸軍の旗 大日本帝国陸軍
部隊編制単位 連隊
兵科 歩兵
所在地 仙台
編成地 仙台
通称号/略称 勇1301
補充担任 仙台連隊区
上級単位 仙台鎮台 - 第2師団
最終位置 仏印 サイゴン
主な戦歴 西南 - 日清 - 日露 - 満州事変 - 日中 - 第二次世界大戦
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1927年昭和2年)頃の仙臺市および近郊地図。地図の中央右の30番が步兵第四聯隊營で、現在は榴岡公園第2師團司令部は地図の中央左の仙台城二の丸にあり、周辺も含めて日本軍の施設が集中した。

歩兵第4連隊(ほへいだい4れんたい、步兵第四聯隊)は、大日本帝国陸軍連隊のひとつ。現在の宮城県仙台市宮城野区榴岡公園に置かれていた。

兵舎は終戦後に進駐軍が利用し、その後東北管区警察学校となっていたが、榴岡公園の整備計画に合わせ1棟を外観を復元して現在の場所に移築した。建物は仙台市歴史民俗資料館として公開されている。また宮城県内に現存する最古の擬洋風建築であり、仙台市の指定文化財となっている。

沿革[編集]

7月7日 - 日中戦争勃発、チャハル作戦、北部山西作戦に参加
9月 - ジャワ島東部およびバリ島の守備

歴代連隊長[編集]

歴代の連隊長
(特記ない限り陸軍大佐
氏名 在任期間 備考
1 永井勝正 1875.5.5 - 少佐
2 山地元治 1875.12.8 - 1877.3.14 中佐
3 竹下弥三郎 1878.1.21 - 中佐
4 大沼渉 1878.11.21 - 中佐、1882.2.大佐
5 川村景明 1882.2.25 - 中佐
6 井関正方 1885.5.26 - 中佐
7 仲木之植 1886.5.27 - 1896.3.11 中佐、1887.4.大佐
8 内藤之厚 1896.3.27 - 1897.4.24
9 馬場命英 1897.5.11 - 1902.11.7 中佐、1900.10.大佐
10 古谷安民 1902.11.7 - 1903.3.21 中佐、1902.11.15大佐
11 山本信行 1903.3.21 -
12 吉田貞 1904.7.10 - 8.26 中佐、戦死後大佐
13 河内礼蔵 1904.8.28 - 1905.3.1 中佐、戦傷
14 大島新 1905.3.9 - 1906.2.19 少佐、中佐昇進
15 河内礼蔵 1906.2.19 - 1911.9.6 中佐、1907.11.大佐
16 緒方多賀雄 1911.9.6 - 1914.8.10
17 菱刈隆 1914.8.10 - 1916.4.1
18 富田鶴之助 1916.4.1 - 11.15
19 柴山重一 1916.11.15 - 1917.8.6
20 奥村拓治 1917.8.6 - 1918.7.24[1]
21 三輪秀一 1918.7.24 - 1920.2.21[2]
22 伊藤久太郎 1920.2.21 -
23 三木宗太郎 1923.8.6 -
24 高城荘吉 1926.3.2 -
25 大島陸太郎 1929.8.1 -
26 森尻伊祐 1932.4.11 -
27 石原莞爾 1933.8.1 - 1935.8.1[3]
28 鈴木宗作 1935.8.1[3] -
29 酒井直次 1937.3.1 -
30 三浦忠次郎 1938.7.15 -
31 杉野巌 1939.8.1 -
32 福島久作 1941.3.1 -
33 中熊直正 1942.4.1 - 11.3 戦死
34 鈴木章夫 1942.11.16 -
一刈勇策 1943.6.14 -

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第1794号、大正7年7月25日。
  2. ^ 『官報』第2264号、大正9年2月23日。
  3. ^ a b 『官報』第2575号、昭和10年8月2日。

参考文献[編集]

  • 『日本陸軍連隊総覧 歩兵編(別冊歴史読本)』(新人物往来社、1990年)
  • 原 剛『明治期国土防衛史』(錦正社、2002年)
  • 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 官報

関連項目[編集]

リンク[編集]