濱田達郎

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濱田 達郎
中日ドラゴンズ #203
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市中川区
生年月日 (1994-08-04) 1994年8月4日(23歳)
身長
体重
184 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト2位
初出場 2014年4月29日
年俸 975万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

濱田 達郎(はまだ たつろう、1994年8月4日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手投手育成選手)。

メディアによっては浜田達郎の表記も見られる。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

愛知県名古屋市出身。野球を始めたきっかけは図工の宿題で使うどんぐりを拾いに公園に行った際に野球をやっていた同級生から誘われた事。名古屋市立長良中学校時代はボーイリーグの「名古屋ファイターズ」に所属。チームの先輩には高校の先輩でもある、堂上剛裕がいた。

高校は愛工大名電高校に進学。1年春からベンチ入りし、秋以降はエースとしてマウンドに立つ。2年夏の第93回全国高等学校野球選手権大会愛知県大会では決勝まで進出するも、決勝では至学館にあと一歩及ばず準優勝で甲子園を逃す。2年秋の県大会、東海大会で優勝し、明治神宮野球大会にも出場し準優勝。神宮大会では松坂大輔の31奪三振を抜き歴代2位となる40奪三振の大会記録を達成した。3年時は春夏連続で甲子園に出場。同学年の大谷翔平(花巻東)、藤浪晋太郎(大阪桐蔭)らとともに「高校BIG3」と取り上げられていた。第84回選抜高等学校野球大会では1回戦で完封勝利、2回戦も2失点完投勝利するも、準々決勝で準優勝した青森・光星学院に敗戦。夏の第94回全国高等学校野球選手権大会では浦添商に初戦で敗れた。 高校の2学年先輩に北海道日本ハムファイターズ谷口雄也がいる。
秋には大阪桐蔭高校藤浪晋太郎らとともに、第25回AAA世界野球選手権大会の日本代表に選出された。
2012年のドラフト会議中日ドラゴンズから2位指名を受け、11月11日に契約金6000万円、年俸660万円で入団に合意した[2]。背番号は43

プロ入り後[編集]

2013年には、ウエスタン・リーグの公式戦に先発で起用されるなど20試合に登板したが、2勝8敗、防御率6.39という成績に終わった。高校3年生の頃から抱えていた左肩の不安に加えて、直球の威力を増す為に敢行したスリークォーターからオーバースローへの投球フォーム改造が裏目に出て、実戦登板ではコントロールが定まらずに連打や連続四死球で失点を喫するケースが目立った。シーズン終了後のフェニックス・リーグから、現役時代に自身と同じ左腕投手であった小笠原孝二軍投手コーチによる助言を受けて、フォームをスリークォーターに戻した。12月に参加した台湾でのウィンターリーグでは、4試合に登板。防御率1.80と好投した。

2014年には、春季キャンプを一軍でスタート[3]4月27日にプロ入り初の一軍に登録。5月7日の対阪神タイガース戦(ナゴヤドーム)で、予告先発されていた川上憲伸が腰痛で登板を回避したことから急遽先発で登板、6被安打11奪三振の内容で、中日では一軍投手コーチ・近藤真一が新人投手として1987年に達成して以来の一軍初先発、初完投、初完封勝利を挙げた。予告先発からの変更で先発した投手ではセントラル・リーグ初の記録[4]6月29日の対阪神戦(阪神甲子園球場)では、一軍初打点とシーズン4勝目を挙げた。10代で公式戦に登板した中日の投手では初めて、初先発からの4連勝を記録した[5]。これをきっかけに先発ローテーション入りして5勝を挙げたが、8月26日の横浜DeNAベイスターズ戦(ナゴヤドーム)で先発登板した際に左肘の違和感を訴えて11球で降板。病院での検査の結果、左肘の靭帯損傷が発覚し、その後のシーズンを棒に振った[6]

2016年は3月30日の広島戦に先発するも、4回0/3で7失点と試合をつくれず、翌31日に登録抹消。ウエスタンでは10試合で0勝1敗、防御率3.10という成績を残した。9月中旬より左腕のしびれを訴え、10月27日に左肘尺骨神経剥離術を受けた[7]。10月29日、球団より来季の契約を結ばないことが発表され[8]、11月18日に育成選手として再契約した[9]

2017年4月25日、前年10月にも受けた左肘尺骨神経剥離術を再び受けた[10]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから最速147km/hの速球とキレのあるスライダー、110km/h前後のカーブを用いた緩急自在のピッチングと高校時代に延長11回でもその試合最速となる146km/hを記録するスタミナが持ち味。他に、SFFやシュートも投じるが全体的に制球力を課題とする。

また、牽制が上手である。高校時代には投手ながら高校通算10本塁打も記録するなどバッティングもいい。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 中日 16 13 1 1 0 5 3 0 0 .625 352 79.2 80 8 33 0 4 72 3 0 40 36 4.07 1.42
2015 4 4 0 0 0 0 3 0 0 .000 72 15.2 10 3 16 0 0 9 0 0 13 13 7.47 2.00
2016 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 25 4.0 8 0 5 0 0 0 1 0 7 7 15.75 3.25
NPB:3年 21 18 1 1 0 5 7 0 0 .417 449 99.1 98 11 54 0 4 81 4 0 60 56 5.07 1.53
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 43 (2013年 - 2016年)
  • 203 (2017年 - )

脚注[編集]

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  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月18日閲覧。
  2. ^ 中日・浜田が合意、守道「使えるならすぐ使う」 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) 2012.11.11 10:33配信
  3. ^ 中日スポーツ 2014年1月21日
  4. ^ 中日・浜田 川上故障で緊急先発 代役投手の勝利はセ・リーグ初スポーツニッポン2014年5月8日配信
  5. ^ 中日浜田、無傷4連勝&プロ初打点ニッカンスポーツ2014年6月29日配信
  6. ^ 中日浜田 左肘損傷で今季絶望的日刊スポーツ 2014年8月28日
  7. ^ 中日浜田達、戦力外 左肘手術し育成で再出発誓う日刊スポーツ 2016年10月30日
  8. ^ 来季の契約について”. 中日ドラゴンズ公式サイト (2016年10月29日). 2016年10月30日閲覧。
  9. ^ 浜田達、期待の975万円 育成史上最高年俸中日スポーツ 2016年11月19日
  10. ^ 【中日】5年目・浜田達が左肘再手術…昨秋メスでリハビリも完治至らずスポーツ報知 2017年4月26日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]