浅井慎平

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あさい しんぺい
浅井 慎平
生誕 1937年7月1日(79歳)
日本の旗 日本 愛知県
出身校 早稲田大学(中退)
職業 写真家、タレント
子供 浅井竜介(陶芸家・ミュージシャン)

浅井 慎平(あさい しんぺい、本名: 浅井 愼平、1937年7月1日[1] - )は、日本写真家である。写真のほかにも映画撮影、音楽、コメンテーターとしてのテレビ出演、俳句など広い分野にわたって活動している。海岸美術館館長、大阪芸術大学大学院教授。芸能事務所三桂所属。

経歴[編集]

愛知県瀬戸市出身。4歳から名古屋市中区大須で育つ[2]愛知県立旭丘高等学校卒。1960年、早稲田大学政治経済学部[1]政治学科中退。

1966年、ビートルズの来日時には行動に密着して作られた写真集『ビートルズ東京 100時間のロマン』でメジャーデビュー[3]。写真家としてはほかに三和酒類の麦焼酎いいちこ広告写真、「VAN JACKET」ハウザースポーツポスター、「JANTZEN」の水着のポスターなど、多くの新聞・雑誌広告やポスターの作品があり、1981年には「PARCO」のCF・ポスター・新聞・雑誌広告により東京アートディレクターズクラブ最高賞を受賞している。

1977年昭和52年)6月21日、自身がジャマイカで録音した波の音のみで構成されたアルバム『波〜サーフ・ブレイク・フロム・ジャマイカ』がCBSソニーから発売され、オリコンLPチャート最高19位[4]、5万枚を売り上げた[5]小島豊美は本作のヒットに触発され、東芝EMIに『眠れる夜 あなたに代ってひつじを数えます』(松武秀樹)の企画を持ち込んだという[5]

1982年タモリが主演した映画『キッドナッピング・ブルース』では、脚本監督撮影照明の四役を一人でこなし注目された[6]

1984年(昭和59年)10月14日[7]から1994年平成6年)9月25日までの間、クイズ番組『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日)に男性軍キャプテンとしてレギュラー出演。同番組の「16分割クイズ」においては、わずか1枚開いただけで正解に導くことが多々あった。

1991年(平成3年)5月には千葉県安房郡千倉町(現・南房総市)に美術館 「海岸美術館」を設立、同館長に就任している。

2012年(平成24年)1月には中京都中京独立戦略本部本部員に就任。

俳人としても活動しており、これまでに数冊の句集を出しているほか、俳句コンテストの選者なども務めている。2015年には投句「青き川祖国に流れ足の裏」により、第22回西東三鬼賞(津山市主催)を受賞した[8]

「世田谷・九条の会」呼びかけ人を務めている[9]。また『サンデーモーニング』では政治的発言も多い。

弟は陶芸家浅井純介。息子は陶芸家ミュージシャン浅井竜介。竜介とは2002年平成14年)、「世代を越えて残る音楽を作り、伝えるチーム」としての音楽レーベルBACIO RECORDSプロデュース。自身の作品の発表も行い「大人が創る新しいスタンダード」作りを行っている。

著書[編集]

  • 九月の珊瑚礁(1979年)
  • 浅井慎平・人と作品(1979年)
  • キッドナップ・ブルース(1982年)
  • Winds collection(サンリオ出版、1983年)
  • カメラはスポーツだ―フットワークの写真術(1977年)
  • 気分はビートルズ(1976年)
  • 風の中の少女たち―When I was young(1983年)
  • 84ブラザーカップ新体操写真集 浅井 慎平(1984年)
  • FOODS [食物](1985年)
  • 原色スポーツ図鑑(1985年)
  • SHADOW―壜のなかの青い晩夏(1986年)
  • 遥かな青い水(1990年)
  • 二十世紀最終汽笛(1993年)
  • 城景―TIME‐MACHINE STATION(1995年)
  • 猫たちよ!(1995年)
  • 銀河鉄道「水族館」駅 浅井 慎平(1997年)
  • 銀河鉄道「植物園」駅 浅井 慎平(1997年)
  • HOBO―SHIMPEI’S GEOGRAPHIC(1997年)
  • Hobo(1997年)
  • セントラルアパート物語(1997年)
  • 銀河鉄道「動物園」駅 浅井 慎平(1998年)
  • 早稲田界隈(2000年)
  • 通り過ぎた町(2001年)
  • 原宿セントラルアパート物語(2002年)
  • 写文集・風の中の島々(2004年)
  • 巴里の仏像(2007年)
  • 反・鈍感力(朝日新聞社、2007年)

ほか

写真・翻訳[編集]

映画[編集]

  • 『キッドナップ・ブルース』(ATG、1982年)監督・脚本・撮影・照明

入選・受賞[編集]

  • 日本広告写真家協会APA賞(1965年)
  • ADC賞及びADC最高賞(1977年、1978年、1981年)
  • ACC特別賞(1980年)
  • 千葉県文化功労賞受賞(1994年)
  • 千葉県建築文化賞受賞(海岸美術館に対して、1995年)

他多数

出演番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

テレビCM[編集]

CD・レコード[編集]

  • 波〜サーフ・ブレイク・フロム・ジャマイカ(CBSソニー、1977年)
  • 湘南哀歌(CBSソニー、1979年)
  • 赤とんぼ イン・ニューヨーク(ビクター、1995年)※プロデュース
  • 東京ノスタルジー(キング、1999年)
  • ハワイアンコンピレーション『BLUE』(ポニーキャニオン、2001年)※プロデュース
  • Café Saudade(BACIO RECORDS、2002年)※監***
  • 関口宏『アロハ・アゲイン』(アーティストハウス、2003年)※音楽プロデュース
  • 赤とんぼノスタルジア(ソニー・ミュージック・ダイレクト、2006年)
  • TOKYO HAWAIIAN STYLE 1960(BACIO RECORDS、2009年)

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、25頁。ISBN 978-4-8169-1852-0
  2. ^ 週刊現代 2008年6月28日号 147頁
  3. ^ 浅井慎平氏ロングインタビュー」 FGひろば148号、2011年4月
  4. ^ 『オリコン・チャートブック LP編 昭和45年 - 平成1年』オリジナル・コンフィデンス、1990年、353頁。ISBN 4871310256
  5. ^ a b 小島豊美とアヴァンデザイン活字楽団『昭和のテレビ童謡クロニクル 『ひらけ! ポンキッキ』から『ピッカピカ音楽館』まで』DU BOOKS、2015年、192頁。ISBN 978-4-907583-45-3
  6. ^ 浅井慎平」 タレントデータバンク、2016年7月16日閲覧。
  7. ^ 読売新聞朝日新聞毎日新聞産経新聞日本経済新聞(1984年10月14日付のテレビ欄)より。
  8. ^ 西東三鬼賞 最優秀に浅井慎平さん 津山、秀逸は地元の右手さん」 山陽新聞、2015年3月3日。
  9. ^ 「世田谷・9条の会」申し合わせ

関連項目[編集]