星秀和

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星 秀和
SL-Hidekazu-Hoshi20120528.jpg
西武時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県前橋市
生年月日 (1986-11-10) 1986年11月10日(32歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手内野手捕手
プロ入り 2004年 ドラフト5巡目
初出場 NPB / 2008年7月11日
最終出場 NPB / 2013年5月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 群馬ダイヤモンドペガサス (2014)

星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手外野手内野手捕手、右投左打)・コーチ

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

前橋工業高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権群馬大会で準優勝。高校通算39本塁打。2004年のドラフト会議で西武ライオンズに5巡目指名で入団。捕手として入団し、「ほかのキャッチャーよりもバッティングがいい」と評価され「伊東2世」と呼ばれるなど入団時から期待が高かった。

西武時代[編集]

俊足と打力を生かすため、プロ入り後に内野手へ転向。

一年目の2005年は二軍で39試合に出場し、打率.203の成績を残した。捕手24試合・三塁手2試合・外野手1試合で起用された。

2006年も一軍での出場はなかったが二軍で69試合出場で打率.210の成績を残した。三塁手14試合、遊撃手1試合のあと二塁手52試合と、内野手一本で起用された。

2007年、二軍で68試合に出場したが、打率.217と依然として打撃面に課題を抱え一軍昇格の機会はなかった。同シーズンは二塁手40試合、三塁手9試合、遊撃手7試合、外野手6試合と、さまざまな守備位置で起用された。シーズン終了後、ハワイ・ウィンターリーグへの派遣選手として選ばれた。

2008年、7月11日の対オリックス戦で一軍登録後、同日の試合前練習において熱中症を発症した石井義人に代わって急遽7番・指名打者としてプロ入り初出場・初スタメン起用を果たした。二軍では64試合で打率.250、主に外野手として起用された。

2009年はシーズンの大半を二軍で過ごしたが、シーズン終盤に一軍登録され、10月5日の対日本ハム戦においてプロ入り初安打を記録した。

2010年、スタメン出場こそ4試合に留まったものの、主に試合終盤の外野の守備固めとして自己最多となる33試合に出場した。

2011年より選手登録が外野手へ変更となった。なおシーズン途中における同姓の星孝典の加入に伴って、スコアボードやスポーツ紙スコア欄等における表記が「星秀」に変更された。

2012年5月10日の対楽天戦において、8回裏における本塁上のクロスプレーを巡って激高した捕手の星孝典が、森健次郎球審への暴力行為を理由に退場処分となった[1]。その時点で既に捕手の炭谷銀仁朗上本達之や今季から外野手に転向した元捕手の米野智人が代打起用等に伴ってベンチに下がっていたことから[2]、残るベンチ入り野手の中で唯一捕手経験のあった星秀和が緊急出場し、一軍においては初めて捕手として起用された[2]

2013年10月2日に球団より戦力外通告を受ける[3]

独立リーグ時代[編集]

2014年6月5日BCリーグ群馬ダイヤモンドペガサスが野手コーチ補佐兼任で獲得を発表[4]。同年終了後、任意引退を理由に退団[5]

現役引退後[編集]

現役引退後はG.G.佐藤の父親が社長を務める株式会社トラバースに入社し、会社員として勤務し、同社の軟式野球部でもプレーしている[6]

人物・選手としての特徴[編集]

入団当時の公式プロフィール上では体重78kgとなっていたが、プロ入り後始めたウェートトレーニングの結果、92kgまで増加した。増えた14kgのほとんどが筋肉であり、体脂肪率はむしろ以前よりも低下したとのことである。

2012年より、田辺徳雄の薦めにより、打法を掛布雅之のようなものに変更。土を触るルーティンワークなども「完コピ」している。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 西武 3 7 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .000 .000 .000 .000
2009 7 19 18 3 4 1 0 0 5 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 .222 .222 .278 .500
2010 33 27 23 4 6 1 0 0 7 1 1 0 2 0 2 0 0 5 0 .261 .320 .304 .624
2011 3 4 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2012 71 115 100 12 19 4 1 1 28 9 3 0 11 1 3 0 0 16 0 .190 .212 .280 .492
2013 12 13 11 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 3 0 .000 .154 .000 .154
通算:6年 129 185 162 20 29 6 1 1 40 10 4 0 15 1 7 0 0 30 0 .179 .212 .247 .460

記録[編集]

NPB

独立リーグでの打撃成績[編集]











































O
P
S
2014 群馬 44 163 28 48 8 2 1 11 33 19 2 2 3 14 3 1 .294 .369 .454 .823
通算:1年 44 163 28 48 8 2 1 11 33 19 2 2 3 14 3 1 .294 .369 .454 .823

背番号[編集]

  • 61 (2005年 - 2007年)
  • 52 (2008年 - 2009年)
  • 33 (2010年 - 2013年)
  • 31 (2014年)

脚注[編集]

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  1. ^ 【西武】星孝が判定不服で球審押し退場 - ニッカンスポーツ 2012年5月10日
  2. ^ a b 捕手の星退場 外野手の星が捕手 - ニッカンスポーツ 2012年5月11日
  3. ^ 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について”. 埼玉西武ライオンズ公式サイト (2013年10月2日). 2013年10月3日閲覧。
  4. ^ 新入団選手のお知らせ”. 群馬ダイヤモンドペガサス公式サイト (2014年6月5日). 2014年6月5日閲覧。
  5. ^ 退団選手のお知らせ”. 群馬ダイヤモンドペガサス公式サイト (2014年12月27日). 2015年1月8日閲覧。
  6. ^ 菊田康彦 元西武・星秀和引退、決め手は巨人・片岡との沖縄トレ (2015年1月15日)2015年2月9日閲覧。
  7. ^ 成績詳細(2008年7月11日 オリックス対埼玉西武)”. 埼玉西武ライオンズ公式サイト. 2015年2月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]