及川暁

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第1回東京スプリント後のインタビューで

及川 暁(おいかわ さとる、1959年4月21日[1] - )は日本競馬実況アナウンサー及川 サトルと表記されることもある。地方競馬南関東4場金沢競馬場実況を担当した(2010年まで[2])。また、岩手朝日テレビの競馬中継でも実況を担当した。

中央競馬の実況をしているラジオNIKKEIのアナウンサーとはまた趣の異なるアメリカンスタイルの実況は競馬ファンから“サトル節”と称され、大レースで発した多くの台詞とともに地方競馬を代表する実況アナウンサーとして認知されている。

来歴[編集]

岩手県出身。同志社大学文学部英文学科卒業[2] 後、弘報館に入社。吉田勝彦の弟子となり、1983年[2]姫路競馬場で実況アナウンサーとしての活動を開始。この当時、吉田から受けたアドバイスが現在の実況スタイルの原点となっている。その後は会社側から笠松名古屋で実況をやって欲しいと言われ、10ヶ月間にわたり担当。

1989年に行われた第1回全日本サラブレッドカップの実況を最後に上京、耳目社に移って南関東4場、新潟県競馬[1]、金沢競馬場の実況などを担当するようになる。

1990年代始めからは、千葉テレビで放送されていた『船橋競馬ダイジェスト』で長らくアナウンスを担当していた。通常は声だけの出演であったが、重賞競走が行われる前日には競馬専門紙の記者をゲストにレース展望を行い、司会進行を担当していた。顔を出してのテレビ出演は、このときが最初だと思われる。その後、船橋競馬実況中継にも出演し、実況をのぞくすべての進行を一人で行った。

1996年の4月から6月までは東京MXテレビ制作の『東京シティ競馬中継』の司会を担当した(その後小森谷徹と交代)。

1990年代終盤あたりから、郷里である岩手エリアで行われるダートグレード競走のときには場外向け放送のレース実況を担当していた(当時の岩手エリアでは岩手競馬の専任実況者の小倉秀夫が実況)が、2002年11月4日盛岡競馬場で行われたJBCでは岩手エリア内での放送を含むメイン実況者として故郷に錦を飾った。また、岩手朝日テレビみちのくレースけいばステーションでも実況を担当した。

2009年旭川刑務所にて競馬実況漫談を行う。

2010年にフリー[2] となり、2011年にはグッチ裕三より競馬実況漫談ネームである「ぐちいうぞう」の使用許可を得る[2]。2010年9月には佐賀競馬場でゲストとしてレース実況を担当している[3]

連載[編集]

出演番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

ラジオドラマ[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『ハロン』1991年8月号、p.44
  2. ^ a b c d e ぐちいうぞうプロフィール” (日本語). 講演依頼.com. ペルソン. 2013年5月29日閲覧。
  3. ^ 佐賀競馬の実況に及川アナウンサーが登場!!” (日本語). 佐賀県競馬組合 (2010年8月). 2010年11月3日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年4月21日閲覧。
  4. ^ CONTENTS 1月5・6日号” (日本語). 競馬ブックコーナー. インターグロー (2012年12月). 2013年5月29日閲覧。
  5. ^ シアター130 競馬鹿親父” (日本語). バーディ企画 (2012年). 2012年8月18日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]