入曽駅

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入曽駅
東口駅舎(2007年9月)
東口駅舎(2007年9月)
いりそ
Iriso
SS24 新所沢 (3.9km)
(3.0km) 狭山市 SS26
所在地 埼玉県狭山市大字南入曽字堂ノ前原567
駅番号 SS 25
所属事業者 SeibuRailway mark.svg 西武鉄道
所属路線 SS 新宿線
キロ程 35.6km(西武新宿起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
18,945[1]人/日
-2011年-
開業年月日 1895年明治28年)3月21日
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西口(2009年8月)
西口(2009年8月)
ホーム(2009年8月)
ホーム(2009年8月)

入曽駅(いりそえき)は、埼玉県狭山市大字南入曽にある、西武鉄道新宿線である。駅番号はSS25

歴史[編集]

  • 1895年明治28年)3月21日 - 開業[2]。元は川越鉄道の駅で、西武鉄道全駅の中で国分寺駅、小川駅、東村山駅(旧久米川仮駅)に次いで古い。同時に開業した駅には所沢駅、入間川駅(現・狭山市駅)、川越駅(現・本川越駅)がある。
  • 1964年昭和39年)7月30日 - 4両編成から6両編成対応のホーム有効長延伸工事終了。
  • 1969年(昭和44年)9月26日 - 新所沢駅 - 当駅間複線化完成。
  • 1973年(昭和48年)6月2日 - 新駅舎完成、移転開業。
  • 1975年(昭和50年)11月26日 - 当駅 - 入間川駅間複線運転開始。
  • 1980年(昭和55年)2月28日 - 跨線橋完成。
    • これ以前は、ホームの狭山市駅方向の端にあった構内踏切を利用していた。ホーム延長箇所付近にその名残りがある。
    • ホーム有効長も延伸され、同年3月17日実施のダイヤ改正で10両編成車両が停車するようになる。
  • 1994年平成6年)5月23日 - ホームエスカレーター供用開始。
  • 1996年(平成8年)2月29日 - 西口開設。
  • 2009年(平成21年)7月21日 - 東口にTOMONY入曽駅店開店。
  • 2010年(平成22年)3月31日 - 西口の営業時間を6:30 - 22:30から始発 - 終電に変更。
  • 2013年(平成25年)2月15日 - トイレ移設工事終了。多機能トイレ供用開始。
  • 2016年(平成28年)3月1日 - 構内エレベーター供用開始。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。下りホーム側駅舎が西口、上りホーム側駅舎が東口である[3]。各ホーム間は跨線橋により連絡しており、下りホーム所沢寄りの階段にはエスカレーターが併設されている[3]

トイレは1番ホーム側に立地する。古くからトイレは1番ホーム駅舎側にあり、1980年の跨線橋供用開始時にあわせて跨線橋階段下に新たにトイレが設置された。跨線橋階段下のトイレは設置後30年以上が経過し老朽化したことから、2012年11月より1番ホーム東側の東口駅舎裏南側に多機能トイレを含むトイレを新設する工事を行い、跨線橋階段下の旧トイレは撤去された。新設トイレは2013年2月より供用開始。これに伴い、新所沢寄りから分岐し1番ホーム東側の駅舎裏南側に至る留置線の一部が新設トイレの敷地に転用されたため、一部の線路を撤去し車止を新所沢寄りに移設した。2015年度よりバリアフリー化及び耐震補強工事を実施、構内エレベーターなどを設置した。

のりば[編集]

ホーム 路線 方向 行先
1 SS 新宿線 上り 所沢高田馬場西武新宿方面
2 下り 狭山市本川越方面
  • 新所沢寄りから分岐し1番ホーム東側の東口駅舎裏南側に至る留置線があり、保線用機器などが留置されている。2012年11月、駅舎裏南側に隣接してトイレを新設するため留置線が短縮され、トイレの敷地となった。
  • 1996年に2番ホーム側に西口駅舎が開設される以前は3番ホームがあった。古くは2番ホームと同様に「3番線 本川越方面」として案内看板があったが、優等列車の待避などもない駅であるため、旅客用にはほとんど使用されない状態が続いた。長らく定期列車の入線はなかったため、看板も更新されず撤去された。3番ホームには保線用機器が留置され、回送試運転列車の入線も稀であった。事実上廃止同然の状態であったが、1994年にエスカレーターが設置された際に一部がその用地となり、ホームに柵が設けられたため使用不能となった。さらに西口開設時に一部が駅舎用地に転用され、線路は分断された。西口駅舎開設後は本川越側のレールが撤去され新所沢寄りのみ留置線として残した。その後も保線用機器などが留置されていることがあったが、次第に使用されなくなり、2013年7月、新所沢寄りのレールもすべて撤去された。以後資材置き場・工事用車両駐車場等として使用されている。
  • 開設時期の古い駅であり、かつては貨物輸送も行われていたことから、駅敷地は比較的広く取られており、レールや資材などが置かれている。大規模な駅改良や再開発がなかったため、路線開通時に建設された大谷石のプラットホーム土台が残存し、現在まで使用されているほか、ホーム裏手の敷地には木造の物置小屋や西武鉄道社紋入りの石の水桶など古い設備も残っている。

利用状況[編集]

一日平均乗降人員は以下の通りである。

  • 2006年度:21,268人[4](西武鉄道全92駅中50位[5]
  • 2007年度:20,804人[1](西武鉄道全92駅中52位[6]
  • 2008年度:20,664人[1](西武鉄道全92駅中52位[7]
  • 2009年度:20,215人[1](西武鉄道全92駅中52位[8]
  • 2010年度:19,507人[1](西武鉄道全92駅中53位[9]
  • 2011年度:18,945人[1](西武鉄道全92駅中54位[10]

駅周辺[編集]

駅周辺は1960年代から急速に宅地化が進み、狭山市南部の拠点となっている。

東口[編集]

東口駅前通り(狭山市南入曽)

東口前には昔ながらの店舗が軒を連ねている。

西口[編集]

西口前には狭山茶の茶畑が広がっている。

バス路線[編集]

バス停留所は東口側にあり、西武バスにより運行される以下の路線が発着する。

このほか、狭山ヶ丘高等学校日々輝学園高等学校東京校(所在地はともに入間市)へのスクールバスも発着する。

駅周辺地区整備事業[編集]

駅周辺は商店や住宅が密集し、人や車の通行も多い一方で、駅前に通じる道路はいずれも狭隘であり、歩道も整備されていない。駅前は開業時以来の極めて狭い空間を有するのみであり、ロータリーや駅前広場がないことから、路線バスの進入も危険な状態となっている。また、駅西口には武蔵野の面影を残す農地や雑木林が広がっていたが、駐車場や資材置き場に転用されるようになり、駅前にふさわしくない無秩序な土地利用が懸念されている。このため入曽駅東口地区整備事業および入曽駅周辺地区区画整理事業が計画された。狭山市は1995年に狭山市立入間小学校(当時)の校地の一部を割いて「入曽駅周辺開発事務所」を設置し、地権者・住民との合意形成に努めたものの、一部地権者の反対が強く、具体的な進展は見られなかった。2008年10月には入曽駅東口地区約6万9千平方メートルを土地区画整理事業の手法で開発する基本構想を決定したが、その後も地権者との合意形成が進まなかったため、土地買収方式で事業を進める方針に転換。2011年3月には事業地内の狭山市立入間小学校を廃校とし、学校敷地(1万3千平方メートル)を再開発に伴う移転・代替用地に当て、再開発事業開始への準備を進めた。同年8月から11月にかけて全地権者に意向確認調査を実施。東口地区北側が南側に比して事業開始に賛同する意見が多かったことから、北側約4ヘクタールについて先行整備する方針を立てた。しかし事業地内の駅前大手地権者(1法人2個人)と土地買収金額などの面でなおも折り合わず、駅前大手地権者が事業反対の意向を示したため、ついに2013年5月、狭山市は地権者の協力が得られず今後の見通しが立たないことなどを理由に両計画の実施を断念する方針を明らかにした[12]。同年10月、「入曽駅周辺開発事務所」も閉鎖され、狭山市役所内に移された。翌2014年3月31日をもって入曽駅周辺開発事務所は廃止となった。

付記[編集]

  • 駅所在地である南入曽の由来は、古典の終助詞「な〜そ」で表される「禁止」の意から、「入ってはいけない」を意味するとする説があるが、少数説である。
  • 当駅の南にさやまモータースクールが経営する「武蔵野狭山林間コース入曽フィールドアスレチック」があり、多くの子供達が遠足などで訪れていたが、2001年に廃園となっている(開園は1976年9月)。現在、その跡地の一部は「ロッジ水野の森」(経営者は同じ)として、各種野外イベントなどの会場として利用されている。跡地全域が同施設用地となっており、今後拡張整備される予定。

隣の駅[編集]

SeibuRailway mark.svg 西武鉄道
SS 新宿線
通勤急行
通過
急行・準急・各駅停車
新所沢駅 (SS24) - (南入曽信号場) - 入曽駅 (SS25) - 狭山市駅 (SS26)
  • なお、新所沢駅との間には南入曽信号場が設けられており、南入曽車両基地へ分岐している。

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]