丸谷拓也

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丸谷 拓也 Football pictogram.svg
名前
愛称 マル
カタカナ マルタニ タクヤ
ラテン文字 MARUTANI Takuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-05-30) 1989年5月30日(28歳)
出身地 日本の旗 鳥取県西伯郡南部町
(旧西伯町
身長 179cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 サンフレッチェ広島
ポジション MF / DF / FW
背番号 28
利き足 右足
ユース
鳥取セリオFCジュニア
2002-2004 鳥取セリオFCジュニアユース
2002 西伯町立法勝寺中学校
2005-2007 鳥取県立境高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008- サンフレッチェ広島 52 (2)
2012-2013 大分トリニータ (loan) 30 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

丸谷 拓也(まるたに たくや、1989年5月30日 - )は、日本プロサッカー選手鳥取県西伯郡南部町(旧西伯町)出身。ポジションMF鳥取県立境高等学校卒業

Jリーグサンフレッチェ広島所属。

来歴[編集]

兄の影響で小学2年生からサッカーを始める[1]。小学校時代に全国大会に出場するなど、小さいころから地元鳥取では有名な選手であったが、高校2年まで全国的には無名な存在だった。西伯町立法勝寺中学校では鳥取教員団などで活躍した伊豆賀憲一が監督を務めていた1年時のみ選手登録しており、県中学校総合体育大会でベスト4に進出している。

高校は鳥取県立境高等学校に入学、一つ後輩に住田貴彦重成俊弥。主にトップ下、ボランチでプレー、中心選手として活躍。高校2年次の2006年および3年次の2007年と2年連続で高校選手権に出場。ただし07年12月に右足甲を骨折したため、同年の高校選手権では試合に出ていない。高校3年次の2007年、U-18日本代表に選ばれフォワードとしてプレーした。[2][3]

2008年、サンフレッチェ広島とプロ契約。同期は内田健太篠原聖横竹翔清水航平。1年目は怪我による出遅れもありトップチームには絡めず、サテライトではFWだけではなくトップ下やボランチとしてプレーした[4][5]。翌2009年6月、FWとしてナビスコカップでプロデビュー[6]、同年7月にはリーグ戦デビューを果たした。

2010年より、本格的にボランチへ転向[1]。主力選手が負傷離脱する中で[1]、若手が起用されたAFCチャンピオンズリーグの消化試合で好プレーを見せたのをきっかけにリーグ戦でも先発起用されるようになり、怪我人の復帰後もシーズン終了までコンスタントにベンチ入り、16試合に出場した。同年途中にプロA契約に移行。ただ、2012年森保一に監督が代わると、出場機会が与えられず[7] ベンチ入りすらままならなかった。

2012年8月、大分トリニータ期限付き移籍。ボランチとして守備強化を期待され[8]、主力として活躍。同年末のJ1昇格プレーオフにも2試合出場し、大分のJ1昇格に貢献した[9]。翌2013年も期限付き移籍を延長し大分に在籍[9]、同年5月YNC予選第7節サガン鳥栖戦では公式戦初のハットトリックを達成し、チームの公式戦2連勝の立役者となった[10]

2014年、広島に復帰[11]。2016年、第17節のヴァンフォーレ甲府戦で青山の負傷に変わって、3-1-4-2のアンカーに入り存在感を見せた。

人物[編集]

鳥取県出身では塚野真樹以来2人目、高卒としては初のプロサッカー選手。[2][3][4][1]

現在の主ポジションはボランチだが、攻撃的なポジションやCBなど様々なポジションを経験している[2][1][5]

所属クラブ[編集]

ユース時代

プロ時代

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2008 広島 28 J2 0 0 - 0 0 0 0
2009 J1 1 0 1 0 0 0 2 0
2010 16 0 4 0 1 0 21 0
2011 6 0 0 0 0 0 6 0
2012 0 0 1 0 - 1 0
大分 33 J2 14 0 - 1 2 15 2
2013 J1 16 1 3 4 1 0 20 5
2014 広島 28 1 0 0 0 2 0 3 0
2015 7 0 4 0 3 0 14 0
2016 21 2 2 0 2 0 35 2
2017
通算 日本 J1 68 3 15 4 9 0 102 7
日本 J2 14 0 - 1 2 15 2
総通算 82 3 15 4 10 2 117 9
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2010 広島 28 2 0 -
2014 3 0 -
2015 - 2 0
2016 6 0 -
通算 AFC 11 0 2 0
その他公式戦

出場歴[編集]

代表歴[編集]

  • U-18日本代表(2007年)
  • U-21日本代表(2010年)

タイトル[編集]

サンフレッチェ広島

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 飛躍への扉”. サンフレッチェ広島公式 (2010年11月25日). 2014年1月11日閲覧。
  2. ^ a b c 飛躍へサンフレ新人 FW丸谷拓也”. 中国新聞 (2008年2月27日). 2014年1月11日閲覧。
  3. ^ a b 境高の丸谷、Jリーグ・サンフレッチェ入団内定”. さかいみなとポータル (2007年11月27日). 2014年1月11日閲覧。
  4. ^ a b 境高出身のFW丸谷「プロ2年目巻き返し誓う」”. 山陰中央新報 (2009年4月22日). 2014年1月11日閲覧。
  5. ^ a b MF・DFの適性も探る FW丸谷拓也”. 中国新聞 (2009年4月16日). 2014年1月11日閲覧。
  6. ^ 若手パワー爆発だ ナビスコ杯、3日大分戦”. 中国新聞 (2009年6月3日). 2014年1月11日閲覧。
  7. ^ 丸谷が大分へ期限付き移籍”. 中国新聞 (2012年8月14日). 2014年1月11日閲覧。
  8. ^ 【トリニータ】広島の丸谷を期限付き獲得”. 大分合同新聞 (2012年8月14日). 2014年1月11日閲覧。
  9. ^ a b 【トリニータ】木村が加入、丸谷は1年延長”. 大分合同新聞 (2012年12月28日). 2014年1月11日閲覧。
  10. ^ 【トリニータ】丸谷会心ハット”. 大分合同新聞 (2013年5月23日). 2014年1月11日閲覧。
  11. ^ 丸谷拓也選手 期限付き移籍より復帰のお知らせ”. J's GOAL (2014年1月7日). 2014年1月11日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]