下村青

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しもむら あお
下村 青
本名 下村 尊則
別名義 下村 尊則(旧芸名)
生年月日 (1964-01-19) 1964年1月19日(53歳)
出生地 青森県の旗青森県三戸町
国籍 日本の旗 日本
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル ミュージカル
活動期間 1984年 -
所属劇団 株式会社ブルーエール
事務所 アランブルー株式会社
備考
劇団四季

下村 青(しもむら あお、1964年1月19日 -)は、日本俳優青森県三戸町生まれ。血液型B型。ブルーエール所属(業務提携先:エイベックス・ヴァンガード)。本名および旧芸名は下村 尊則(しもむら たかのり)。


来歴・人物[ソースを編集]

元々バトントワリングの選手で、世界選手権第3位、1983年全米オープンバトン優勝という実績がある。

小学生時代、三戸小学校ブラスバンド部でトランペットからテナーサックスへ移行。六年生のとき東京体育館の「全日本マーチングバンド・バトントワリング・全国大会にて小学生部門で優勝な成績を納め、翌年デンマーク・コペンハーゲンの「世界青少年音楽祭」で銀賞を受賞。この時見たアメリカのマーチングバンドのドラムメジャー(指揮者)の毛皮の帽子とくるくる回しながら、高く投げあげた指揮杖に圧倒され、帰国後、ドラムメジャーに転身。技術習得のために学んだバトントワリングの教則本が運命を変えた。 高校からバトントワリングが盛んな大阪や奈良への進学を希望したが、まわりの反対で断念。高校一年の秋、PL学園で行われたバトントワリング全日本選手権を見て、《自分は井の中の蛙》にはならないと上京を決意。高校一年の三学期から日体荏原高校へ転入が認められ、将来はバトントワリングをスポーツに高める指導者となるため日体大への進学を決めていた) 転入後、すぐ第一回バトントワリング選手権の日本予選にギリギリ通過したのが最初のターニングポイント。 バトントワリングの初仕事は、フジテレビ「スターかくし芸大会」の堺正章の指導であった。午後3時にはフジテレビの黒塗りの車が高校に迎えにきて、ほとんど毎日、堺氏の指導、と振り付けを担当。 番組で見事最優秀個人賞を受賞した堺氏は、ギャラ以外の賞金をそのまま下村に渡したそうだ。 17歳のとき、所属していた〈高山アイコ・バトンスタジオ〉の発表会でインタビューをされる下村の声がいい、とマナセプロダクションの曲直瀬正雄氏が、第2の坂本九にする!、と 中村八大、永六輔両氏のもとで、歌手にするために特訓された。しかし当時の本人はバトントワリング一筋で音痴と自認していたのでレッスンは苦痛でしかなく、その後、劇団四季で、ミュージカルに出るようになるとは夢にも思わなかった。さすがに多くの歌手を世に送り出したマナセ氏の耳と直感はすごかった、と後に思い至った由である。

世界を駆け回る十代。 アメリカのシアトルやマイアミに短期留学。 全米選手権では、デンバー、ミネアポリス、ヒューストンなど。世界選手権ではトロントからニース、ミラノ、フランクフルトなどのヨーロッパ。JALのCAに「イクスキューズミー?」と言われるほど 真っ黒に日焼けしていた。 第三回の世界選手権が東京に決まると、何としても日の丸を上げるべく推薦が内定していた日体大を辞退し、練習にあけくれた。その結果、東京オリンピックセンターで大会初のメダリストとして銅メダルを獲得。チームとしても出場して同じく3位銅メダル。2つのメダルを手にした後、一週間眠り続けた、という逸話もある。 翌年夏、全米オープンでアジア人 初のグランドチャンピオンとなる。その後、USTAは オープンを廃止し、グランドナショナルズに変わり、外国人は参加できなくなった。 ここで《燃え尽き感》を感じた下村はバトントワリングのために習っていたバレエ教室の「コーラスライン全国オーディション」のポスターを見て劇団四季受験を決意したものの、課題の歌と台詞に自信がなく投函をためらい、〆切ギリギリに、あざみ野の劇団四季に直接持って行ったという。 オーディションでは 課題のバレエコンビネーションのグランジュッテ(空中で足を開脚するジャンプ)で190度以上開脚し審査員を驚かせ、浅利慶太氏が一つだけオーディションでした質問は、「何歳の時、東京にでてきたんだ?」「15です」 身体の柔軟性と、やりたいことに迷いがないことだけで準合格となった。数年後下村は「もし、あの時、オーディションに落ちていたら役者をやろうとは二度と思わなかった」と語っている。 入団後しばらく浅利氏から「オイ!190度!」と呼ばれた。 舞台デビューは日生劇場、19歳の時に「コーラスライン」の落ち組だったが(開幕して五分で落ちるダンサーの役)初日にデビューをかざった。

1984年劇団四季入団。初舞台の『コーラスライン』や『キャッツ』『エビータ』等では複数の役を演じる。『美女と野獣』ルミエール、『ライオンキング』スカーは日本初演キャストを務め、『ジーザス・クライスト・スーパースター』ロンドン公演のヘロデ王は高く評価された。『ユタと不思議な仲間たち』『ドリーミング』等のオリジナルミュージカルで個性的で華やかな役柄を演じる一方、ストレートプレイでは『ハムレット』タイトルロール等を演じる。2007年、退団後は『ブラッド・ブラザーズ』ナレーター、『サイド・ショウ』テリー(日本初演)、「ビクター・ビクトリア」トディ、映画『魚介類山岡マイコ』等に出演。

2010年 1月 第一回ファンの集い「甘美の宴」をロアラブッシュで開催。メインフロアで開催予定が、人数が大幅に増加したため一階個室全てを使った。

2010年10月11日に公式ブログを開設。

2012年12月 クリスマススペシャル「第一回 下村尊則の会」 東京會舘ローズルームでディナーショーを開催。 ショータイムは歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」をもとにした『道成寺夢幻』(監修・振付け 藤間藤太郎 台本 葛西聖司)所作台も拵え、鬘と本衣装で行った。白拍子花子とナレーションの二役を演じ、(トークショーのゲストは襲名したばかりの四代目猿之助が駆けつけたため、会場の盛り上がりは最高潮に達した)

2013年 四谷婦人会(四谷シモン、コシノジュンコ等)の金子國義の舞台名、二代目四谷桃子を襲名。

2015年2月 法人個人事務所「アランブルー株式会社」設立。名前を本名・下村尊則 から芸名・下村 青(しもむら あお)に改名。同年3月「株式会社ブルーエール」に所属。

同年5月1日 エイベックス・ヴァンガード株式会社と業務提携開始。

2015年9月 国立劇場大劇場の舞踊の会において、歌舞伎「本朝廿四考」~奥庭の段~《狐火》の八重垣姫をつとめる(八重垣姫は、いわゆる歌舞伎の三姫の中で最も難しい役と言われている)

2016年9月 フジテレビ放送『営業部長吉良奈津子』の後半に、大クライアント《シティドリンク》の宣伝部長、野村翔一というドラマのキーマンとなる役でテレビドラマに初出演。最終回までの三回のみだったが、フジテレビのホームページやヤフーニュース、スポーツ紙で取り上げられた。

2016年11月 NHK FM 「歌舞伎俳優 中村隼人の邦楽ジョッキー」に2週にわたりゲスト出演(番組内で玉三郎さんの母・勘紫恵先生の日本舞踊のお稽古場で、小学生の頃の隼人さんがご一緒だったと放送中にわかり意気投合)

2017年1月31 日放送開始のNHK BSプレミアム「幕末グルメ ブシメシ!」に家老・渡辺役で全8話中の第4、第5、第6話に出演する。年末にロケを含み撮影済み。

出演作品[ソースを編集]

舞台[ソースを編集]

劇団四季公演[ソースを編集]

1985年

1986年

1987年

 「キャッツ」1月3日から5月31日-マンゴジェリー役

1988年

 「ブレイキンク・゙サ・゙コードは全国公演も 1989年

1990年

  • キャッツ ( 福岡キャッツシアター) - マンゴジェリー 役
  • ユタと不思議な仲間たち (全国公演) - ヒノデロ 役  1月青山劇場も出演
  • コーラスライン (全国公演、日生劇場) - ポール 役

1991年

 「ジーザス・クライスト・スーパースター」ジャポネスクバージョン、青山劇場ロンドン凱旋公演

 札幌「キャッツ」はマンゴジェリーのみ

1992年

 札幌「キャッツ」2月 スキンブルシャンクス役

1993年  ガラコンサート (大阪 福岡)

  • コーラスライン - ポール・グレッグ 役(全国公演からその後、日生劇場3ヶ月)
  • 思い出を売る男 (パルコ劇場、近鉄小劇場) - 広告屋 役
  • 女房学校 (1993年 テレビアホール) - オラース 役
  • 夢から醒めた夢 (青山劇場) - 夢の配達人 役(暮れに近鉄劇場でも)
  • ユタと不思議な仲間たち (青山劇場) - ヒノデロ 役

1994年

  • 夢から醒めた夢 (青山劇場) - 夢の配達人 役
  • ユタと不思議な仲間たち (青山劇場) - ヒノデロ 役
  • ジーザス・クライスト・スーパースター (日生劇場、近鉄劇場、韓国国立中央劇場) - ヘロデ王 役
  • 魔法をすてたマジョリン (日生劇場) - ニラミンコ 役
  • ドリーミング (青山劇場 愛知芸術劇場大ホール) - 夜の女王/ベリリューヌ/ベランゴー 役

1995年

1996年

  • 美女と野獣 (赤坂ミュージカル劇場、MBS劇場) - ルミエール 役
  • ユタと不思議な仲間たち (JRシアター) - ヒノデロ 役
  • ドリーミング (JRシアター) - 夜の女王/ベリリューヌ/ベランゴー 役
  • エビータ (日生劇場) - マガルディ 役

1997年

  • 美女と野獣 (赤坂ミュージカル劇場) - ルミエール 役
  • ユタと不思議な仲間たち (MBS劇場) - ヒノデロ 役
  • 夢から醒めた夢 (MBS劇場) - 夢の配達人 役
  • エビータ (全国公演、福岡シティ劇場、日生劇場) - マガルディ 役

1998年

  • 美女と野獣 (福岡シティ劇場、名古屋ミュージカル劇場、JRシアター ) - ルミエール 役
  • エビータ (MBS劇場) - マガルディ 役
  • エビータ (JRシアター) - ペロン大佐 役
  • ドリーミング (MBS劇場) - 夜の女王/ベリリューヌ/ベランゴー 役
  • ジーザス・クライスト・スーパースター(ジャポネスク) (四季劇場[秋]) - ヘロデ王 役
  • ライオンキング (四季劇場[春]、MBS劇場) - スカー

 長野冬季五輪記念公演 「ソング&バレエ」司会と歌

1999年

  • ライオンキング (四季劇場[春]、MBS劇場) - スカー 役
  • ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム) (福岡シティ劇場) - ヘロデ王 役
  • スルース (探偵) (四季劇場[秋]) - ミロ 役

 ディズニーミュージカル 「ノートルダムの鐘」 ドイツ公演世界初日パーティーにライオンキング日本初演キャスト代表として参加

2000年

  • ライオンキング (四季劇場[春]、MBS劇場) - スカー 役
  • スルース (探偵) (福岡シティ劇場、近鉄劇場、テレピアホール) - ミロ 役
  • 夢から醒めた夢 (福岡シティ劇場、四季劇場[秋]) - 夢の配達人 役

2001年

  • ハムレット (四季劇場[秋]、新名古屋ミュージカル劇場、近鉄劇場) - ハムレット役(Wキャスト)
  • ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム) (四季劇場[秋]、新名古屋ミュージカル劇場) - ヘロデ王 役
  • ユタと不思議な仲間たち (全国公演) - ヒノデロ 役

2002年

  • アンドロマック (四季劇場[秋]) - ピリュス 役
  • ライオンキング (四季劇場[春]) - スカー 役
  • コンタクト (四季劇場[秋]) - マイケル・ワイリー 役
  • 壁抜け男 (全国公演)- デュティユル役

2003年

  • コンタクト (大阪MBS劇場)
  • ハムレット (全国公演) - ハムレット 役

2004年

  • スルース (探偵) (自由劇場) - ミロ 役
  • ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム) () - ヘロデ王 役

2005年

  • エビータ (四季劇場[秋])-ペロン大佐役
  • 思い出を売る男 () - 広告屋 役
  • ライオンキング () - スカー 役
  • 異国の丘 (四季劇場[秋]) - 九重秀隆 役

2006年

  • エビータ (四季劇場[秋]) - ペロン大佐 役
  • 異国の丘(地方公演) - 九重秀隆 役

2007年

2010年

  • ライオンキング (四季劇場[春]) - スカー 役
  • スルース (探偵) (自由劇場) - ミロ 役

2012年

  • ライオンキング (四季劇場[春]) - スカー 役
  • 夢から醒めた夢 (大阪四季劇場、四季劇場[秋]) - 夢の配達人 役
  • 青い鳥 (ミュージカル) (四季劇場[秋]) - 夜の女王/ベリリューヌ/ベランゴー 役
  • ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム)(ジャポネスク) - ヘロデ王 役

2014年

  • ジーザス・クライスト・スーパースター(エルサレム)(自由劇場) - ヘロデ王 役 (8月~12月まで全国ツアー)

劇団四季以外[ソースを編集]

  • アニー1986『アニー』(青山劇場) - アンサンブル
  • PLAYZONE1986『MYSTERY』(青山劇場) - サンデー 役

2009年

2010年

2011年

2013年

  • 魔劇「今日からマ王!」魔王誕生編 (2013年4月25日 -5月 6日、博品館劇場) - フォングランツ・アーダルベルト
  • WORLD(2013年10月18日 - 27日、東京・シアター1010) - 柳原正輝

2014年 「下村尊則の会~道成寺夢幻~」東京會舘90周年記念ディナー・ショー inローズルーム

2015年

藤彩会 歌舞伎「本朝廿四考」~奥庭の段~『狐火』(2015年9月13日、国立大劇場―八重垣姫 「座・花御代コンチェルト」11月6日~19日 (渋谷・シブゲキ)―カリスマ芸奴・ひな菊役

テレビドラマ[ソースを編集]

バトントワリング競技での実績[ソースを編集]

  • 1980年 第1回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 5位入賞[2]
  • 1981年 第2回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 5位入賞[3]
  • 1982年 第3回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 銅メダル[4]
  • 1982年 第3回世界バトントワリング選手権大会 団体 銅メダル(高山アイコバトンスタジオ)[5]
  • 1983年 第4回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 銅メダル[6]
  • 1983年7月 USTA全米バトンオープン選手権ボーイズ グランドチャンピオン(日本人初)[7]
  • 1984年 第5回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 5位入賞[8]
  • 1985年 第6回世界バトントワリング選手権大会 個人男子 4位入賞[9]

脚注[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]