トニー・ラゼリ

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トニー・ラゼリ
Tony Lazzeri
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンフランシスコ
生年月日 1903年12月6日
没年月日 1946年8月6日(満42歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
初出場 1926年4月13日
最終出場 1939年6月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1991年
選出方法 ベテランズ委員会選出

アンソニー・マイケル・"トニー"・ラゼリAnthony Michael "Tony" Lazzeri, 1903年12月6日 - 1946年8月6日)は、1920年代 - 1930年代に活躍したアメリカメジャーリーグの選手。主なポジションは二塁手カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。右投げ右打ち。ニックネームは"Poosh'Em Up"。ニックネームの由来は、「かっ飛ばせ」の意味のイタリア語が誤訳されたもの。

経歴[編集]

1925年にパシフィック・コーストリーグのソルトレイクシティ球団からヤンキースに入団。この年、ラゼリはマイナーリーグで60本の本塁打と222打点という脅威的な活躍を見せていた。翌1926年にメジャーデビューし1年目からフルシーズンの出場を果たし、打率.275、18本塁打、114打点の成績を残す。同年はワールドシリーズにも出場した。

ヤンキースには1937年まで12年間在籍し、1920年代のベーブ・ルースルー・ゲーリッグらを擁する「マーダラーズ・ロー(殺人打線)」の一角を担った。この間、1929年に打率.354を挙げたのをはじめ、打率3割以上を5シーズン、100打点以上を7シーズン記録し、計6回のワールドシリーズ出場を果たしている。また1936年5月24日の試合では、満塁ホームラン2本を含む1試合11打点のリーグ記録を打ち立てた。

1937年にヤンキースはラゼリを放出、翌1938年にカブスへ移籍するが、出場は54試合にとどまる。この年カブスはナショナルリーグを制し、ラゼリも自身7回目のワールドシリーズ出場となったが、2打数ヒットなしに終わった。翌1939年に現役を引退する。

1946年、カリフォルニア州の自宅で心臓発作のため42歳で死去。なお伝えられるところでは、ラゼリは生涯ずっと癲癇(てんかん)を患っていたという。1991年にベテランズ委員会がアメリカ野球殿堂入り選手に選出した。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1926 NYY 155 665 589 79 162 28 14 18 272 114 16 7 20 -- 54 -- 2 96 -- .275 .338 .462 .800
1927 153 660 570 92 176 29 8 18 275 102 22 14 21 -- 69 -- 0 82 -- .309 .383 .482 .866
1928 116 463 404 62 134 30 11 10 216 82 15 5 15 -- 43 -- 1 50 -- .332 .397 .535 .932
1929 147 635 545 101 193 37 11 18 306 106 9 10 18 -- 68 -- 4 45 -- .354 .429 .561 .991
1930 143 650 571 109 173 34 15 9 264 121 4 4 16 -- 60 -- 3 62 -- .303 .372 .462 .835
1931 135 568 484 67 129 27 7 8 194 83 18 9 4 -- 79 -- 1 80 -- .267 .371 .401 .771
1932 142 601 510 79 153 28 16 15 258 113 11 11 7 -- 82 -- 2 64 -- .300 .399 .506 .905
1933 139 602 523 94 154 22 12 18 254 104 15 7 4 -- 73 -- 2 62 -- .294 .383 .486 .869
1934 123 514 438 59 117 24 6 14 195 67 11 1 5 -- 71 -- 0 64 -- .267 .369 .445 .815
1935 130 544 477 72 130 18 6 13 199 83 11 5 1 -- 63 -- 3 75 -- .273 .361 .417 .778
1936 150 638 537 82 154 29 6 14 237 109 8 5 3 -- 97 -- 1 65 -- .287 .397 .441 .838
1937 126 518 446 56 109 21 3 14 178 70 7 1 1 -- 71 -- 0 76 -- .244 .348 .399 .747
1938 CHC 54 143 120 21 32 5 0 5 52 23 0 -- 1 -- 22 -- 0 30 5 .267 .380 .433 .814
1939 BRO 14 51 39 6 11 2 0 3 22 6 1 -- 0 -- 10 -- 2 7 1 .282 .451 .564 1.015
NYG 13 51 44 7 13 0 0 1 16 8 0 -- 0 -- 7 -- 0 6 3 .295 .392 .364 .756
'39計 27 102 83 13 24 2 0 4 38 14 1 -- 0 -- 17 -- 2 13 3 .289 .422 .458 .879
通算:14年 1740 7303 6297 986 1840 334 115 178 2938 1191 148 79 116 -- 869 -- 21 864 8 .292 .380 .467 .846
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録[編集]

  • ワールドシリーズ出場:7回(1926年 - 1928年、1932年、1936年 - 1938年)
  • スポーティングニューズ誌オールスターチーム選出:1932年
  • 1試合2本の満塁ホームラン、および1試合最多打点11 (1936年5月24日:アメリカンリーグ記録)
  • 連続2試合での合計打点:15(1936年5月23日、24日:メジャーリーグ記録)
  • サイクル安打:1932年6月3日

出典・外部リンク[編集]