ゴールデンハーフ

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ゴールデンハーフ(Golden Half)は、1970年代前半に活動したメンバーの全員がハーフ女性アイドルグループ渡辺プロダクション所属。

1970年9月、スリー・キャッツの「黄色いさくらんぼ」をカバーしてデビュー。結成当時は5人だったが、すぐエリーが抜けて4人組に。4人時代が人気絶頂期だった。最終的には1973年の「アダムとイヴ」でメンバーのリーダーだった小林ユミが抜けて3人となり、翌1974年に「メロンの気持」を最後に解散。

本項では後に結成されたゴールデンハーフ・スペシャルについても記述する。

メンバー[編集]

スペイン人(父)と日本人(母)のハーフ。解散後は「ほほにかかる涙」(1975年・東芝レコード) でソロ・デビューしたが成功しなかった。その後はタレントとして『お笑いマンガ道場』『笑って笑って60分』『霊感ヤマカン第六感』などにレギュラー出演。元祖バラドル
札幌生まれ、アメリカ育ち。アメリカ人(父)と日本人(母)のハーフ。父は当時FBI職員だった。ゴールデンハーフ解散後、森マリアの芸名で女優として活動。90年代半頃に芸能界を引退。
神戸市生まれ。ドイツ人(父)と日本人(母)のハーフ。ゴールデンハーフ解散後、本名の高村ルナで女優として活動。日活ロマンポルノ「修道女ルナの告白」「ルナの告白 私に群がった男たち」に主演。ソロとして高村ルナ名義で「天使の朝」(1975年・クラウンレコード) もリリース。2004年3月6日、癌のためホノルル市内の病院で死去。
イタリア人(父)と日本人(母)のハーフと称していたが、後に自身が「両親とも日本人」と公表。ゴールデン・ハーフのリーダー。1973年に脱退。

脱退メンバー[編集]

タイ人(父)と日本人(母)のハーフ。「黄色いサクランボ」をリリース後まもなく脱退。

主な出演作品[編集]

映画[編集]

テレビ[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 黄色いサクランボ c/w 恋人がほしいの(1970.08.05)
    A面はスリー・キャッツのカバー
  2. ケ・セラ・セラ c/w おんなの弱点教えます(1970.12.21)
    A面はドリス・デイのカバー
  3. ゴールデン・ハーフのバナナボート c/w レモンのキッス(1971.05.05)
    A面はハリー・ベラフォンテが歌ってヒットしたジャマイカ民謡の、B面はナンシー・シナトラのカバー
  4. ゴールデン・ハーフのマンボ・バカン c/w 可愛いベイビー(1971.09.25)
    A面はソフィア・ローレンの、B面はコニー・フランシスのカバー。
  5. ゴールデン・ハーフのチョット・マッテ・クダサイ c/w ボタンとリボン(1971.12.01)
    A面はサム・カプー「ちょっと待って下さい」の、B面はダイナ・ショアのカバー。
  6. ゴールデン・ハーフの太陽の彼方 c/w カム・カム・ハワイ(1972.05.25)
    A面はアストロノウツ「太陽の彼方に」の、B面はザ・ピーナッツ「ヘイ・キャプテン」(「二人の恋人は?」B面曲)のカバー。
  7. 24,000回のキッス c/w カレンダーガール(1972.10.05)
    A面はアドリアーノ・チェレンターノの、B面はニール・セダカのカバー。
  8. ゴールデン・ハーフのロコモーション c/w ゴールデン・ハーフの電話でキッス(1973.02.20)
    A面はリトル・エヴァの、B面はポール・アンカのカバー。
  9. ゴールデン・ハーフのアダムとイヴ c/w エヴリナイト(1973.08.05)
    A面はポール・アンカ「アダムとイヴの物語」の、B面も同じくポール・アンカのカバー。
  10. メロンの気持 c/w 私のベビー(1974.01.20)
    A面はカルロス・リグアルが作詞・作曲しアメリカでローズマリー・クルーニーがヒットさせた曲の、B面はザ・ロネッツのカバー。

アルバム[編集]

  • ゴールデンハーフでーす(1971年)
  • ゴールデン・ハーフ2(1972年)
  • アダムとイヴ(1973年)
  • ベスト・セレクション・オリジナルシリーズ(ゴールデンハーフ)

ゴールデンハーフ・スペシャル[編集]

ゴールデンハーフの派生グループとして結成された4人組(途中で1人脱退)。本家グループと同じ渡辺プロダクションから、1976年にレコードデビューした。 しかし、本家グループに比べて人気が振るう事なく消滅してしまった。 尚、メンバーのリンダは当時、ジャニーズ事務所所属のバンドマンだった村田勝美と交際していた。

メンバー[編集]

  • エミリー
  • リンダ
  • ナンシー ナンシー・メイアール、1960年9月26日生、神奈川県横浜市出身
  • トミー  トミー砂川、1956年9月14日生、沖縄県出身。後に“トミー・ジュン”に改名し、1982年6月21日に「倖せの黄色いティッシュ」という曲でソロデビュー。富井淳の名前で『新ど根性ガエル』でヒロイン役の声優、『カックラキン大放送!!』にレギュラー出演などのタレント活動も行った。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

「ゴールデン・ハーフ・スペシャルのキューティ・パイ」から「嘘みたい!?」までは東宝レコード、「プリズムカラーの夏ざかり」から「ギラ!」までは日本コロムビアから発売。

  1. ゴールデン・ハーフ・スペシャルのキューティ・パイ c/w 恋の売り込み(1976年7月)
    A面はジョニー・ティロットソンの、B面はアイズレー・ブラザーズエディ・ホッジスらのカバー
  2. 恋のチアガール c/w ワタシ宵の口(1976年11月)
  3. 月影のドンチュッチュ c/w ラブNo.4 (1977年4月25日)
    『月影のドンチュッチュ』は最も売れたシングル
  4. 嘘みたい!? c/w ノッポとチビ・デブ(1977年11月)
  5. プリズムカラーの夏ざかり c/w バスツアー(1978年8月)
    このシングルから3人体制に
  6. ハーレム・ノック・アウト c/w 狙撃者(1979年2月)
    B面はロス・ブラボーズ「ブラック・イズ・ブラック」のカバー
  7. ギラ! c/w Y.M.C.A.(1979年6月)
    B面はヴィレッジ・ピープルのカバー

CD[編集]

  • ゴールデンハーフスペシャル『月影のドンチュッチュ』CD

備考[編集]

田村正和が演じたTVドラマ「古畑任三郎」の主人公、古畑任三郎とその部下の今泉慎太郎も、ゴールデンハーフのファンクラブに入っていたと設定されている。ちなみに古畑はルナ、今泉はエバが好きだったらしい。科研の桑原はユミが好きだった。今泉と桑原はそれぞれおっかけもやっていたらしい。