ポール・アンカ

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ポール・アンカ
Paul Anka
PaulAnka07.jpg
基本情報
出生名 Paul Albert Anka
出生 1941年7月30日(74歳)
出身地 カナダの旗カナダオンタリオ州オタワ
ジャンル ポップ、ジャズ、ロック
職業 シンガー、ソングライター
担当楽器 ボーカル、ピアノ
活動期間 1955年 -

ポール・アンカ(Paul Anka, 1941年7月30日 - )は、カナダ出身のシンガーソングライターマイケル・ジャクソンの遺作「THIS IS IT」の共作者として知られる。

人物・来歴[編集]

レバノン正教徒移民の子としてオタワで生まれた。1990年にアメリカ市民権を得ている。ニール・セダカデル・シャノンと共に、ポップスの草創期を代表するシンガーソングライターであり、その草分け的存在でもある。

1957年に自分の弟のベビーシッターへの片思いを綴った自作曲「ダイアナ」"Diana"でデビューする。この曲はいきなりビルボードの1位にランクインした。その後、「君は我が運命」"You Are My Destiny"、「ロンリー・ボーイ」"Lonely Boy"などのヒットを飛ばす。

1960年代半ばからはヒット曲に恵まれず低迷するが、70年代にはトム・ジョーンズに「シーズ・ア・レイディ」を提供した。また1968年にフランク・シナトラにスタンダード「マイ・ウェイ」を提供する。これは、アンカがとあるシャンソンの曲(Comme d'habitude)の歌詞を英詞で書き直したものである。また、自身も1974年にオディア・コーツとのデュエット曲である「二人のきずな」"(You're)Having My Baby"をビルボードチャートの1位にチャートインさせ、復活した。

2002年にはドラマ「ゴールデンボウル」の主題歌に「君は我が運命」が起用され、劇中でもアンカの楽曲が何曲も使用された。

2005年、ハードロックグランジソウルなどの曲をジャズのアレンジでカヴァーしたCD『ロック・スウィングス』をヒットさせた。

現在はラスベガスを代表するスターとして活躍している。

田原俊彦が歌ってヒットし、日本歌謡大賞を受賞した「さらば‥夏」はポール・アンカの書き下ろし作品である。

エピソード[編集]

  • アンカにはAmelia、Anthea、Alicia、Amanda、Alexandra の5人の娘がいる。娘達のイニシャルはすべてA.A.である。
  • 2008年9月26日朝、『とくダネ!』(フジテレビ系)のコーナー「小倉智昭の週刊!エンタ☆マイスター」に生出演し、「ダイアナ」他2曲を50'sメドレーとして歌った。その際、「ダイアナ」のサビの部分を小倉に歌わせるサービスを行った。

マイケル・ジャクソンとの共作[編集]

1983年に楽曲を共同制作していたが、『スリラー』の大ヒットでマイケルが多忙になりレコーディングは中止になった。その時に制作されていたのが、マイケルの遺作となる「THIS IS IT」である。アルバム『Xscape』に収録される「Love Never Felt So Good」も同時期に制作されていた。

主な作品[編集]

関連項目[編集]