コスモサンビーム

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コスモサンビーム
品種 サラブレッド
性別
毛色 青鹿毛
生誕 2001年3月28日
死没 2006年2月26日(5歳没)
ザグレブ
ロビースレインボウ
母の父 Rainbow Quest
生国 日本の旗 日本北海道新冠町
生産 ヤマオカ牧場
馬主 岡田美佐子
調教師 佐々木晶三栗東
競走成績
生涯成績 16戦5勝
獲得賞金 2億6061万4000円
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コスモサンビームとは日本競走馬である。2003年朝日杯フューチュリティステークスに優勝した。そのほかの勝鞍に京王杯2歳ステークススワンステークスがある。

戦績[編集]

2歳時[編集]

デビュー戦は2003年6月28日阪神ダートの新馬戦で2番人気の5着に敗れた。その後、阪神芝の未勝利戦1番人気2着の後、小倉遠征で武豊を背に初勝利。続く小倉2歳ステークスでは圧倒的人気のメイショウボーラーに5馬身差の2着に敗れた。その後、阪神に戻り武豊とのコンビでききょうステークスで2勝目を上げる。続く京王杯2歳ステークス重賞初勝利。武豊がグレイトジャーニーを選択したためダリオ・バルジューとの新コンビで迎えた朝日杯フューチュリティステークスでは単勝11.3倍の4番人気であったが、1番人気のメイショウボーラーをクビ差で差しきり優勝した。

3歳時[編集]

3歳の始動戦はスプリングステークス。2歳王者の実績から1番人気におされるものの中団から伸びきれず、5着と人気を裏切った。一叩きして迎えた皐月賞ホッカイドウ競馬所属の地方馬であり同父同馬主のコスモバルク、前走で敗れたブラックタイドに次ぐ3番人気であったが、先行したダイワメジャーを捕らえることが出来ず4着。続くNHKマイルカップ四位洋文に乗り替わり差のない4番人気で迎えたが、中団からいい伸びを見せたもののキングカメハメハの2着に終わった。東京優駿(日本ダービー)は7番人気で12着に敗れた。そして、レース後に左第一指節種子骨折という競走能力喪失の可能性も高い重傷を負った。そのため3歳シーズンはこのレース後に長期の休養に入った。

4~5歳時[編集]

再起不能とも言われたダービー後の骨折から1年以上たち、スタッフの努力もあって関屋記念で復帰し7番人気ながら5着となった。2番人気に推された京成杯AHは10着と惨敗。続く富士ステークスでも9着に敗れた。「痛みを気にしてるかも」というジョッキーのコメントを参考に、逆療法として連闘で迎えたスワンステークス。スタッフの賭けが的中し、実に朝日杯以来約2年ぶりの勝利を挙げた。

その後は休養を挟み、明け5歳で迎えた阪急杯オレハマッテルゼに次ぐ2番人気におされたが、4コーナー付近で競走中止となった後、転倒しそのまま死亡した。死因は急性心不全であった。

血統表[編集]

コスモサンビーム血統ヌレイエフ系ノーザンダンサー系)/Northern Dancer4×4=12.50%) (血統表の出典)[§ 1]
父系

*ザグレブ
Zagreb 1993
黒鹿毛
父の父
Theatrical 1982
鹿毛
Nureyev Northern Dancer
Special
*ツリーオブノレッジ
Tree of Knowledge
Sassafras
Sensibility
父の母
Sophonisbe 1981
黒鹿毛
*ウォロー
Wollow
Wolver Hollow
Wichuraiana
Southern Seas *ジムフレンチ
Schonbrunn

*ロビースレインボウ
Robbies Rainbow 1991
鹿毛
Rainbow Quest
1981 鹿毛
Blushing Groom Red God
Runaway Bride
I Will Follow Herbager
Where You Lead
母の母
Mary Martin
1983 栗毛
Be My Guest Northern Dancer
What a Treat
Centre Piecee *トンピオン
Table Rose
母系(F-No.) 1号族(FN:1-h) [§ 2]
5代内の近親交配 Northern Dancer4×4 [§ 3]
出典
  1. ^ JBIS コスモサンビーム5代血統表2016年6月10日閲覧。
  2. ^ JBIS コスモサンビーム5代血統表2016年6月10日閲覧。
  3. ^ JBIS コスモサンビーム5代血統表2016年6月10日閲覧。

外部リンク[編集]